Opportunity knocks
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ディーゼル車の規制とかで、今わたしが乗っている車の次回の車検が受けられなくなった。次回の車検は今年の12月、・・つまり今年の12月までしか乗れないということ。これを知らされたときはかなりショックだった。税金は高いし燃費は悪いし、小回りはきかないし、ハンドルは重いしあまり良いところのない車だけど、それなりに結構気に入って大事に乗っていたのだ。それがなんだか訳のわからない間に合わせのような規制のおかげで手放さなきゃいけなくなった。 文句を言えばきりがない。 排ガスが問題だとしたら、もっとほかにやるべきことがあるだろうと思う。ハイブリッド車や低排ガス車の開発援助をもっと積極的にやればいいし、我が物顔で走りまわってる大型トラックを何とかすればいいのにと思う。
とにかく、今年の12月までになんとか新しい車を購入しなくてはいけない。 頭が痛いことである。
「ピアニスト」を観た。 終始、イザベル・ユペールの横顔にみとれる。 強さと弱さ、卑屈さと高慢、美しさと醜さを併せ持ったような何ともいえない横顔。素晴らしい演技だったと思う。
誰かを慈しんだり、愛したいと思うことは、たぶん先天的に人間に与えられているものなのだろう。でも、愛される、愛するということがどういうことなのか知らずに育った人間は、自分がもとから持っているその感情をどう扱えばいいのかわからないに違いない。愛したい、愛されたいという欲求を持っていても、それをどうやって形にすればいいのかわからないのだ。それはすごく不幸なことなのではないだろうか。
久しぶりに胸の奥がずきずきと痛む映画だった。
| 2003年01月29日(水) |
「レッド・ドラゴン」 |
実をいうとレクターファン。ということで「レッドドラゴン」の公開をかなりたのしみにしている。前作の「ハンニバル」がただ表面的に観る人を怖がらせる(あるいは気持ち悪くさせる)だけのスプラッタムービーだったので若干の心配はあるが、なんといっても今回は、エドワード・ノートンにレイフ・ファインズ、ハーベイ・カイテルにエミリー・ワトソンというかなりの顔ぶれなので、前作のようなことはないだろうと期待している。
ダラハイド役にレイフ・ファインズはちょっとなあ・・という懸念はあるが、エドワード・ノートンはイメージどおりでうれしかった。ダラハイドに対して鍵を握っている(どこかできいたことある話)盲目の女性にエミリーワトソンというのはちょっと意外だけど、何となく彼女ならうまく演じるだろうなという気がする。肝心のレクター博士は原作を読む限り前作ほど動きはない感じ。でもレクター博士はじっとひとところにいながら恐怖のオーラをじわじわ出しつづけるほうが(個人的に)いいのではないかと思う。それに今回は殺人鬼のダラハイドをはじめ、グレアム、J・クロフォード、ブライス、フレディ・ラウンズなど存在感のある人物がかなりいるので、それぞれのキャラクターの人物像をしっかりと映画の中で反映してもらいたいなぁと思う。J・クロフォードとチルトン博士は同じ役者だったらいいなあ。とくにチルトン博士はあの人しかいない、という気がする(あくまで個人的に) とにかく公開がたのしみ。
今日は連れ合いが代休だったので、(わたしの)仕事を午前中で切り上げて(というかさぼって)ふたりで映画を観に行った。何を見たかというと「ギャング・オブ・ニューヨーク」
セットはすごいし、雰囲気も19世紀初頭のニューヨークをよく表現していたのだけど、観ていてこの映画の核となるものがなんなのか、いまいちよく伝わってこなかった。復讐劇としても弱いし、恋愛ものとしてもなんだか中途半端。役者が悪いというわけではなくて、むしろ演出とか脚本が今一歩という感じ。
でもまあ久しぶりにふたりで一緒に観ることができたし、おいしい昼ご飯をたべることもできたし、ちょっと特別な感じのする楽しい午後だった。
| 2003年01月26日(日) |
アルコールにまつわる思い出 |
昨日、友達の家にあつまって鍋パーティをしたのはいいのだけど、ワインに焼酎、ビールに日本酒といろんな酒を飲んだため、今日はすこぶる調子が悪かった。俗にいう二日酔い。たぶんアルコールが体に合わない体質なのだろうと思う。
最初に本格的にアルコールを飲んだのは高校一年生の時。かなりの山奥に住んでいたため、冬は学校の寮に寄宿していたのだけど(週末だけ家に帰る)そこにいた寮生が高校生のくせに酒豪ぞろいで、しょっちゅう先生に隠れては(先生が泊まりこみで宿直する)ひとつの部屋に集まって酒盛りしていた。はじめて寮に入ったわたしは早々と洗礼を受けたわけなのだけど、調子に乗って飲んだ(飲まされた)結果、先輩のベッドの中でうぇーとやるはめになってしまい(先輩いわくしばらく意識がなかったらしい)大変なことになったという思い出がある。 宿直の先生によって見まわりが厳しかったり、いいかげんだったりしたため、決行は先生の当直表を見て決められた。消灯後、手にいっぱいビールやらポテトチップスやら剣先するめやらを抱え、忍び足で部屋に入る。ときたまふいうちで先生が見まわりにくるので、大きな音をたてないように気をつける。そして、誰々さんと誰々くんがあやしいだの、世界史のS先生は最悪だなどといった話で盛り上がるのだ。先輩の部屋でうぇーっとやってからはまわりはあまりわたしに飲ませないようになったが、それでも時々は一緒になって飲んだり食べたりした。
2年生になって超田舎からまあまあの田舎に引っ越しし、冬季に寮に寄宿する事はなくなったので、それ以来酒盛りすることはなくなったのだけど、その最初の体験はかなりその後のわたしに影響を与えたような気がする。
その後、酒をのんで前後不覚になるということはなくなったのだけど、それはやっぱりあのときの高校生の自分が頭にちらつくせいではないかと自分では思っている。たいへんなメに遭うぞ、と頭のどこかで警鐘をならしているのだ。
| 2003年01月25日(土) |
ふたりの作家の持つ風景 |
川上弘美の「あるようなないような」と小池昌代の「屋上への誘惑」読了。 日常のいろいろなことを作家独自の視点で考え、思い、綴った文章。素晴らしかった。
文章の雰囲気を風景にたとえると、川上さんは枯山水。静寂な中に様々な思想が反映された完成度の高い庭、そんな感じがした。 それにくらべて小池さんの方は、誰も足を踏み入れたことのない山奥の、ちょっと開けた場所にひっそりと咲いている水芭蕉の群生地、そんな感じ。川上さんの文章が静寂に満ちているのと反対に、小池さんの文章は様々な音がきこえるような気がした。鳥の声、風の音、水の音などなど。
どちらも時間を忘れて眺めていたい風景。 そんな風景を見るために本を読むのではないかと思う、今日この頃。
| 2003年01月24日(金) |
大人のオンナの条件に3項目追加 |
大人のオンナは、エレベータの溝に買ったばかりの靴のピンヒールを突っ込んで、著しく傷をつけてしまうという重大なミスを犯してはならない。
大人のオンナはスーパーで買った玉ねぎ3個入り中2個の中身が腐っていたからといって、店に対し不買運動を起こそうなどと考えてはいけない。
大人のオンナは腹がたつことがあったからといって、むやみやたらに連れ合いの性格を非難したり、コドモの学校での忘れ物を必要以上に咎めだてしたりしてはいけない。
大人のオンナへの道はやっぱり厳しいなあ・・。
「es」を、今さっき観終わった。
まだ心臓がどきどきしている。 身の毛が弥立つっていうけど、まさにそんな感じ。 手にじっとりと汗をかいている。
あーなんだか悪い夢をみそう。 かといって起きてるわけにもいかないしなぁ・・・。
寝る前にみるんじゃなかった。深く後悔。
よく通る道の一角が更地になっていた。 こじんまりした庭付きの建売住宅が4軒くらい並びそうな広さ。 まるで空間がごっそりと削り取られたみたいにぽっかりしている。
しばらくぼんやりみているうちにふと考えた。 ここにはいったい何が建っていたんだっけ?
どうも削り取られた風景と一緒に、わたしの中のその風景も全部消えてなくなってしまったようだ。まったく思い出せなかった。屋根の色も壁の色も形も。
何かがあった。でも今はない。そしてそこに何があったか、 わたしはもうすでに思い出せない。
また新しく何かがその空間を埋めるのだろう。 そしてまたどこかへ消えてしまうのだ。
また家電売り場で小1時間を過ごしてしまった。
家電売り場で何度も冷蔵庫の扉(電動式のボタンがついてるやつ)を開け閉めして意味も無くよろこんでいる女性がいたら、それはたぶんわたしです。たぶん。
ボタン一つで扉が開く冷蔵庫、ほしいなあ。 それがだめなら自動製氷機つきの冷蔵庫でもいい。
でも冷蔵庫ってなかなか壊れないんだよね。 あと5,6年は持つような気がする。
5,6年か・・・ながい。
幸福とは、自分が実はひとりだということをなるべく感じないですむ人生だ。
「キッチン」
日曜日の午後。レポート書きの合間に、ローランド・ズゾ・リヒター監督の「トンネル」を観た。 素晴らしい映画だった。歴史的な視点から見てもかなり見ごたえのあるものだったし、人間ドラマとしても非常によく練られた映画だったと思う。そしてやはりヨーロッパの映画という雰囲気が随所にみられた。美しい場面や心を打つ場面が多くあった。
「マーサの幸せレシピ」といい、「es」といい、ドイツは今何か特別なことが起こっているのだろうか。ドイツ映画を積極的に観るということは今までなかったのだけど、これからはちょっと注目して観ていきたいと思う。
| 2003年01月18日(土) |
「鬼が来た!」を観た |
チァン・ウェン監督の「鬼が来た!」を見た。 チァン・ウェンという人は今中国でいちばん人気があるというか、実力のある俳優として注目されている人らしい。「紅いコーリャン」という映画にも出ていて高い評価を受けている。俳優として有名な人なのかと思っていたら、監督までやっていてびっくりした。
映画が終わった後一緒に見ていた連れ合いと、この映画でいちばん言いたかったこと、表現したかったことってなんなのだろうという話をした。 連れ合いは、権力至上主義というか権力というものの前にでたとき、人間はいとも簡単にそれに平伏してしまうものなのではないか、そういうことを言いたかったんじゃないか、というようなことを言っていた。 確かに残虐な行為を行った人々の心は、強大な権力の前になすすべもなく従属した弱さからくるもののような気がした。弱いがゆえに人は残虐になれるのだ。その結果、中国人は悲惨な最後を遂げることになる。
でも、この映画が伝えたかったことというのは、それだけではない気がした。 中国人は日本人(香川照之ふんする日本軍人)を殺して知らぬふりをすることもできた。でもぎりぎりのところで殺せなかった。それは「私」と名乗る男に対する恐怖からなのかもしれない、なにかしらの打算が働いていたのかもしれない、でもそれ以外に何かがあったと思うのだ。人が人を殺すことに対する恐れ、または(ほかに良い言葉がみつからない)心の奥底にある良心(『何が善であり悪であるかを知らせ、善を命じ悪を斥ける個人の道徳意識』と広辞苑にはあった)みたいなもの。
結果的にそれらはすべて裏切られることになる。中国人マー(チァン・ウェン)は絶望し、すべてをあきらめ、破滅的な行動にでる。だからこそ、連れ合いのようにこの映画を否定的な気持ちで見てしまうのだけど、わたしは、結果的に裏切られたからこそ、殺さなかったという事実がより重みを持って表現されることになったのではないかと思うのだ。
うーん。自分で書いてて訳がわからなくなってきた・・。 つまり、この映画の中でいちばん表現されているのは、人が人を殺すということの重みではないかということ。人を殺す事が当たり前になってしまった軍人とごく普通の農民、それらを対比させ、戦争によって何が失われてしまったのかということを表したかったのではないだろうか。
とにかく重い映画だった。考えさせられる映画だった。
気が狂いそうなくらい盲目的に、 何かに夢中になったことってあるだろうか。
ある人は恋愛って答えるかもしれない。 ある人は芸術って答えるかもしれない。
わたしには何があったのだろうか。 これから先何かがあるんだろうか。
そんなことをつらつら考えた1日。
朝。まだぼんやりしているコドモに「学校、行けそう?」ときいたところ、ぼんやりしながらも「行く」との返事。まだ咳はでるようだけど熱はひいているので、行かせることにした。それにしても強くなったものだと感心する。小さい頃はしょっちゅう風邪をひいたり、自家中毒になったりして結構ひ弱な子だったのだけど。
コドモを送り出した後、シェリル・クロウ聴きながらしばらく掃除。 そして綺麗になった部屋で、コーヒーを飲みながらレポートを書く。 勢いで書いてみたのだけど、何だかまとまりのない文章。要点だけ書き出してそれに肉付けしていく形で書きなおす。2,3時間やったら頭がくたくたになって思考能力が完全に停止してしまったので、気分転換に外へでかけることにした。
食料品などひととおり買い物したあと、よく服を買うお店にも立ち寄る。ちょうどセール中だったので7分袖のニットと黒のウールのカーディガンを買う(というか買ってしまう)。地味なデザインだったけど、はおってみたら思ったより形が良かった。しかもかなり安かった。小確幸。
うちに帰ってミスドのドーナツたべながら再度レポート書き。なかなか進まない。また頭が痛くなりそうだったので、とりあえず形になったきたというところで本日は終了する。 明日はどれだけ書けるだろうか。今回も何だか締切りぎりぎりになって速達(翌朝10時)で出すことになりそうな感じ。やれやれ。
朝。コドモが赤い顔をしていたので熱を測ってみたら、38.5度あった。とりあえず学校にお休みすることを伝え、氷枕を用意して布団に寝かせる。 ひとりでだいじょうぶだから、というので仕事にでかける。 11時。いつもより早く帰らせてもらって、コドモを医者につれていく。注射が大嫌いな(って好きな人はいない、と思うたぶん)コドモは「ねえねえ、注射打たれるかなぁ」とそればかり気になるらしい。 かかりつけの医院はかなりの人であふれかえっている。椅子に座れない人がいるくらい混みあっている。今愛知県ではインフルエンザ警報というのが発令されているので、どこの医者も大繁盛なのだ。待合室ではひっきりなしに咳の音や鼻のすする音がきこえてくる。1時間ほどしてやっと診察。インフルエンザではなく普通の風邪だとのこと。少し安心する。「注射打っておく?」とコドモの注射嫌いを知ってる先生が笑いながらコドモに訪ねる。コドモは真顔で首をぶんぶんと横に振る。「まあ今回は勘弁してあげようかな」と先生。その言葉にコドモはかなりほっとした様子だった。
会計をすませて病院をでる。「お昼ごはん、なにがたべたい?」と訊くと「うどんがたべたい」とコドモ。材料を買って家に帰り、鍋焼きうどんを作ってたべさせる。食後、もらってきた薬を飲ませ、あたたかくした部屋で寝かせた。薬が効いたのか、しばらくするうちに寝てしまう。
いつも以上に世話をやいたりするのが何となく楽しかったりする。まあ軽い病気だからこんなことをいってられるのだろうけど。
夕方にはだいぶ気分もよくなったみたいで、起きて蜜柑をたべたりした。食欲も普通に戻ったみたいで、夕食も残さずたべることができた。ひと安心。
昨日にもましてあたたかい朝。 昨日約束したNさんと朝ご飯をたべ、一緒に大学へいく。
今日は講義の最終日。 レポートの課題も発表された。「世界の教育」の方は”国境を超えた教育流動の問題について、授業のトピックから選んで論じなさい”というもの。国境を越えた教育流動というのはいろんな意味があって、留学生問題、帰国子女問題、宗教・民族による教育上の問題など、広い範囲にわたる。 その中から一つ選んで書くわけだけど、正直に言ってまだいろんなことが把握できていないので、ひとつにしぼりきれない。講義ノートをもう一度整理しながらゆっくり考えようと思う。
「情報と社会」の方は”講義の中でいちばん関心を持った問題についてその内容を整理し、自分の考えを述べよ”というもの。 これもまたいろいろありすぎて自分の考えをまとめるまでに時間がかかりそうな気がする。レポートは講義終了日から10日以内に提出しなければいけないので、ゆっくり考える時間はあまりないのだけど、それでも可能な限り考えて納得がいくレポートを書きたいと思う。
共通科目もあともう少しで終わり、次はいよいよ専門科目の講義。購読や研究、演習など、さらに自分がやりたい分野に入る。文学以外のこと(例えば京都の歴史や文化、法然の生涯と思想、ブッダの教え、高齢化社会と福祉などなど)を勉強するのも面白いけど、やっぱりもっと文学について大学ならではの勉強がしたいという気持ちが強くある。やっとそれに入る事ができそうな感じ。がんばろうと思う。
講義終了後早めの新幹線に乗って、8時少し前に帰宅。 いつものように連れ合いが作った夕食の残りをたべる。留守していた間にふたりそろって風邪をひいたらしく、連れ合いとコドモはかわるがわる咳き込んだり、鼻をかんだりしていた。一人きりの時間から、さわがしくてせわしい時間に帰ってきちゃったなぁという実感がひしひしと伝わってくる。でもまあそんな時間もまた良いのだろう。 明日からまたがんばらなきゃ、素直にそう思った。
5時00分起床。 いつものように電車にのって京都までいく。 7時50分京都着。風の無い静かな朝。思ったより暖かくてほっとする。 市バスに乗って大学に向かう。
今回の講義は前回と同じ「世界の教育」と「情報と社会」 午前中は「世界の教育」についての講義。 前回と同じく興味深い講義だった。 アメリカにおけるマイノリティの教育問題、いろいろな文化が入りこんでいる社会のなかでいかに等しく教育を施していくか、などなど、普段あまり気がつくことのない問題をあらためて考える事ができた。 連れ合いが勤務している学校にも外国の子供が結構いて、その教育問題に頭を悩ませているらしいのだけど、外国人の流入はこれからさらに増えていくと考えられるだけにこのような問題はもっと深刻化していくような気がする。というか、今までそのような問題を抱えずにすんでいたというのが世界的に見れば特殊なことで、世界の各国は他国からやってきたさまざまな人々(留学生も含めて)の教育について、昔から考えてきたわけである。遅れ馳せながら日本もそのような問題に対してしっかり目を向ける時期にきたのではないかという気がした。
お昼。友達と一緒に学食を食べる。講義科目によってお昼休憩がまちまちなので、慌しく世間話&情報交換。試験の傾向や対策、この講義は面白かったのでとるといいよ、などなど学生らしい会話を交わす。
午後からは「情報と社会」 思うにメディア関係を専攻する先生というのは、どこか強引というか聞き手を無視して話す傾向があるように思う。(あくまで個人的に)この科目の先生も例外では無く、かなり話がわかりにくい。一つ一つ言っていることはよくわかるのだけど、それがどのように繋がっているのかがわからない。話の脈絡がつかみにくい。テキストとにらめっこしながらなんだかレポート書くの苦労しそうだな、と思う。
午後5時40分。やっと講義が終わって教室の外にでる。 お昼を一緒にたべた友達は早く講義が終わったらしく、一足先に帰るねとメールが入っていたので、とりあえず予約したホテルへ向かうことにした。 バスを待っている途中、去年のスクーリングで一緒だったNさんと偶然一緒になりしばらく世間話をする。Nさんとは同じ学部なので選択科目のことなどいろいろ話す。「今日どこにとまるん?」と訊かれたので「・・・ホテルだよ」というと、なんとそれが同じホテルでびっくり。Nさんは今から幾人かの人達と一緒にご飯をたべにいくところだったみたいで、一緒にいかないかと誘われたのだけど、ひとりできままにやりたいのもあって丁寧に辞退した。そのかわり明日は一緒に朝ご飯をたべる約束をする。
Nさんと別れた後、予約したホテルへとりあえず荷物を置きにいく。地下鉄の烏丸御池という駅から徒歩500mくらいのところ。ちょっと狭いけど、受付係の人が親切に応対してくれたので結構好印象。 荷物を整理した後、夕食をとりにでかける。地下鉄に乗って三条まで。 三条京阪の駅で降りて、五条大橋を渡り河原町方面へ歩く。連休というのもあってかなりの人出。いろんな人がいて、見てて飽きない。
ちょっと通りからはずれたところに、ギャラリーを兼ねたカフェレストランみたいなところがあったので、そこで夕食をとることにする。いろんな人たちが持ち寄った作品が店内のあちこちに展示されていて、すごく雰囲気が良い。アンチョビとオリーブのトマトソースパスタと胡桃のパン、ビールをグラスに一杯頼む。本格的なレストランではないのかもしれないけれど、とてもおいしかった。
夕飯をたべたあと、映画を観るつもりで京都朝日会館というところにいく。 なにが上映されているかと思ってみたら、「8人の女たち」という映画がやっていた。やっていたのはいいのだけど、すでに上映開始時間から20分ほど過ぎている。次の上映まで待つのは少し無理なので、結局映画はあきらめることにした。 「アイリス」か「マーサの幸せレシピ」だったら少しくらい待っても良かったのだけど。
お菓子を山ほど(不二家のケーキ、杏仁豆腐、プリングルス、チョコレートetc…)買ってホテルにもどる。思ったより体が冷えていたのですぐおふろに入る。トイレが一緒になっているせせこましいおふろだったけど、とにかく体は温まった。
お菓子をたべながらTVでやっていた「LAコンフィデンシャル」を観る。観るのは2,3度目だけど何回観ても良い映画だなあと思う。ラッセル・クロウやケビン・スペイシーの完璧な演技にみとれる。
映画が終わったので、TVを消し、丁寧に歯磨きをしてベットに入る。家から持ってきた川上弘美さんの「あるようなないような」を読む。この本は彼女のはじめてのエッセイ集なのだけど、何というかすごく良い。エッセイといえば向田邦子さんのエッセイに並ぶものはないと思っていたのだけど、これはそれに匹敵するような文章。ほわんとしたいい気分の中で眠りにおちる。
あさってから2日連続で大学のスクーリング。 やっと今日、泊まるところを確保できた。 烏丸御池という地下鉄の駅の近く。 ネットでさがしたところなのだけど、学校にも比較的近いし、 インターネットプランということで料金も結構安かった。 連休の中日でなかなか見つからなかったのでひと安心。 しっかり勉強してこようと思う。
仕事休みの1日。 朝、家事をてきとーにすませてから久しぶりに図書館へ。 未読の本がかなり家にあるのに、さらにまたいろいろ借りてきてしまった。
「黒猫フーディーニの生活と意見」 スーザン・フロンバーグ・シェーファー
「ずっと人間のことばかり考えていた」 コリン・ウィルソン
「フィッツジェラルドの午前三時」 ロジェ・グルニエ
「三つの小さな王国」 スティーブン・ミルハウザー
「これからはあるくのだ」 角田光代
「なるほどの対話」 河合隼雄 吉本ばなな
「屋上への誘惑」 小池昌代
ほんとうはもっと別の本をよまなきゃいけないんだ。ほんとうは。 田山花袋とか、有島武郎とか、山本有三とか、東洋文化史とか、中国文学史とか、 仏教文学概論とか(しかし仏教文学ってなんだ?)・・・。
やっぱりわたしにとって読書って娯楽なのかもしれない、と思う今日この頃。 勉強のための読書、もっとふやさなきゃと思うのだけど・・うう。
読み出すと面白いんだ、結構。研究書とかのテキストも。 でもそこまでいくのに時間がかかっちゃうんだよなぁ、わたしの場合。 で、めげちゃって結局自分が読みたい本の方へ流れてってしまう。
今年はもっと勉強メインの読書しなきゃ、と思う。 と思いながらも家に帰ってさっそく「なるほどの対話」を熟読しちゃってる。
あーもう。
Paris macthの「type�掘廚鯆阿い討い襦� このアルバムのジャケットデザイン、すごくわたし好み。 緑の雰囲気と、空の色。 こんな天気の日に誰かとどこかへでかけるのが好き。
去年の夏に出されたアルバムなので、夏の雰囲気がただよっているのだけど、 透明でふわっとした感じの彼女の声が相変わらず心地良くて聴いている。 とても良い。
| 2003年01月07日(火) |
ロシアで『村上春樹現象』 |
朝日新聞の見出しにこういうものがあった。 「ロシアで『村上春樹現象』」 へえ、と思って読んでみると、今ロシアでは村上春樹さんの小説がかなり読まれているらしい。1998年に初の翻訳本が刊行され、その後4年間のうちに6作品が翻訳されたと書かれてある。モスクワの目抜き通りにある大手書店「ドムクニーギ」(日本でいう紀ノ国屋書店や三省堂みたいな書店)には特設コーナーが設置され、村上さんの翻訳本が平積みされているらしい。 「より内面的な新しい価値観を求める人々が、登場人物の抱く内面的な孤立感に共鳴している」という論評が少なくない、とあるのだけど、ロシア人も日本人と同じような(精神的)段階を経ているのだなと、何となく不思議な気がした。
ロシアでなぜ村上さんの小説が読まれるようになったかというと、日本で通訳の仕事をしていたあるロシア人が村上さんの小説を読んで感銘を受け、それを翻訳したことからはじまったらしい。 そういうことからはじまって徐々に関心の輪が広がっていくって素敵なことだなと、新聞を読みながらそう思った。
仕事はじめの朝。 カーテンをあけたら雪が降っていた。 一瞬我が目を疑い、わたしはまだ長野の温泉にいるのだろうか・・・ なんてことをぼんやり考えたがそんなはずがあるわけもなく、しばらくして一気に現実感が戻ってきた。連れ合いの学校は、自宅から車で1時間以上かかるところにある。わたしはわたしで仕事にいかなきゃいけない、ということでかなり慌しい朝になった。
連れ合いを送りだし、支度をして家をでる。路面はがちがちに凍り付いているので車に乗っていくのはあきらめ、歩いて仕事場までいくことにした。途中、タイヤがスリップして後輪が滑っている車を何台もみかける。交差点の手前で急ブレーキをかけたため車が横滑りし、あやうく電柱にぶつかりそうになった車も見かけた。用心深くあたりを見まわしながら歩いて、やっと仕事場に到着。
いつもどおりの仕事はじめの1日だった。入れ歯が壊れた、もちをたべていたら冠がとれた、歯がずきずきして痛む、歯茎が脹れて出血している・・などなどいろんな患者がひっきりなしに押し寄せて、かなり忙しかった。
家に帰って、今年一年の計画のようなものを立てる。 学業の方、生活のことあれこれ、去年より多く本を読むことなどなど、いろいろ考えた。
時間はあっというまに流れていってしまう。そして一度過ぎてしまったものは2度と戻ってこない。なので、できる限りのことをしていこうと思っている。 悔いが残らないように。
| 2003年01月05日(日) |
長野へいってきました |
旅行からやっと帰ってきた。。 冬型の気圧配置が強まった時期とちょうど重なってしまい、予定していたスキー・スノボは思うようにいかなかったけれど、雪がみたいという欲求はかなり満たされた(なにしろ雪だらけというか、すさまじい天気だった)
昨日は白骨温泉という知る人ぞしる秘湯に泊まって、こころゆくまで温泉を楽しんだ。 泊まった宿はかなり寂れたところで、なんとその晩の泊り客はわたしたちのほかにもうひと組だけだった。(ひと月まえに予約したのだけど、そこしか空きがなかった) コドモと連れ合いは静かでいいじゃん、などとノーテンキなことをいっていたが、この時期に泊り客が2組だけというのは、ちょっとただならぬものが感じられ、吉本ばななさんの小説にそんな話があったよなー・・・泊まってもいない客が部屋に訪ねてくるっていうやつ・・・とひそかに怯えていたのだが、とりあえず何事もなく時は過ぎた。 温泉は乳白色で、ゆで卵のような匂いのするお湯。露天風呂もあったので、雪が落ちてくるのを眺めながらゆっくり入った。なにしろ貸切風呂も同然だったので気兼ねすることなくとてものんびりできた。 食事はえっ?と思うくらい豪華で、しし鍋やらイワナの塩焼きやら、鮪や鯛の御作りやら山菜の天麩羅やら真薯やら、とにかくいろんなものがでてきた。あとでわかったのだが、料理はどこかほかの旅館から運ばれてきたもののようだった。人手不足とかいろんな理由があって、小さい旅館はその他の旅館の協力でなんとか運営しているみたいだった。(秘湯だけあって旅館の数も10軒くらいしかない) ほっぺたの赤いおかみさんと、年配の女性の二人しか見かけなかったのだけど、お正月からたいへんなことだなあと、少々申し訳なく思った。
そんな感じで特に問題無く旅行を楽しんだのだけど、帰りのバス(今回の旅行はすべて公共機関の乗り物を使った)の道中でハプニングが起こった。(というかわたしたち家族には特に問題はなかったのだけど)後続のバスが雪崩に遭ってしまったのだ。 説明しておくと、このバスは白骨温泉と新島々という松本電鉄の駅を結ぶ路線バスで、通常1日に2本しか運行していない。今朝はお正月のピークということで観光客が多かったため、いつもは1台しか出さないバスを2台だすことになったらしい。わたしたちは1台目のバスに乗ったのだけど、乗りきれなかった観光客は2台目のバスに乗ることになった。 そしてその二台目のバスが雪崩の被害に遭った。 自宅に戻った後、TVのニュースを見ていたらそのことが報道されていてびっくりした。あの後断続的に雪崩が起きて、かなりの人が被害にあったらしい。死傷者のいないのが不思議なくらいの規模の雪崩だったようだ。表層雪崩といって、一度固まった雪の層の上を新雪が滑り落ちる雪崩だったので、雪の量が少なくてその分被害が少なくすんだらしいが、道幅の狭い道路だけに押し流されて沢に転落するという危険性もあったわけで、想像するとかなりおそろしい。一歩間違えば被害にあっていただけに、後になって怖くなってしまった。 ガープ流にいうと、ひきがえるがすぐそばまでしのびよっていた、というところだろうか。 幸いその姿をみることなくすんだわけだけど、なにが起こるかなんてほんとにわからないなぁとしみじみ思った。
夜は家に戻った安心感からかどっと疲れがでて、早めに布団に入った。 灰色猿にknock outされたみたいに深い眠りに落ちた。
| 2003年01月02日(木) |
年始の挨拶、百人一首、砂肝のペペロンチーノ、荷造り |
のんびりとしたお正月。 午前中は連れ合いの実家に年始の挨拶。 午後は弟がきて、一緒に御節料理をたべたり百人一首をしたりして過ごした。
夕方。約束があるからと早めに帰った弟を駅まで送った後、家に帰って夕食の準備。とむさんに教えていただいた「砂肝のペペロンチーノ」をつくってみた。
ポイントはオリーブオイルを多めに使うことと、にんにく・とうがらしの苦味がでないようにひたすら弱火でいためること。青葱は最後の方に入れること。
なんとかできあがって食卓にだす。で、味の方はどうだったかというと、我が家でいちばんのグルメであるコドモがおいしいおいしいと言ってたべていたので、かなり成功だったのではないかと思う。特にコドモはレバーとかの臓物系が大嫌いなので、それをたべさせることができたというのは結構すごいかもしれない。(これはなんの肉?ときいてきたのでただの鶏肉だと答えておいた…)とむさんに感謝。
夜は明日からでかける旅行の準備。 忘れ物がないようにしっかりチェックする。 前回保険証を忘れてひどいめにあったので、今度はしっかり持ち物の中に入れた。 でも、結構しっかりチェックしたつもりでも結局いつも何か忘れちゃうんだよなぁ。今回は何を忘れるんだろう。たいしたものじゃないといいんだけど。
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ということで4日間、雪の降る街へ出かけてきます。 雪をみたいという願いがかなってかなりごきげん。 楽しんできます。 ではではいってきます♪
新しい年がはじまった。 といっても特になにかが変ったわけでもないのだけど。 いつものように地元の神社にコドモと二人で初詣にいく。 静かな年越し。
帰ってから一人でカフカの「城」を読む。 話はまだまだはじまったばかり。 ゆっくり読もうと思う。
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