Opportunity knocks
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2002年10月31日(木) 今日1日のこと

五時を少し回った頃、ばたばたする物音で目が覚めた。
どうやらもうコドモが起きているらしい。
欠伸をかみころしながら起床。

「もう、なんでこんな早く起きるのー?」
と、コドモに文句をいう。
「だって目がさめちゃったんだもーん」とコドモ。
やれやれ。

簡単な朝食をつくって食べさせる。
コドモはお茶碗まで食べそうな勢いであっというまに食べ終え、
6時半すぎ、連れ合いと一緒に元気良くでかけていった。

ふう。台風が去った後みたい。
そんなことを思いながらゆっくり新聞を読みながら朝ご飯を食べる。
早く起きたせいで頭がまだぼんやりする。
よっぽどニ度寝しようかと思ったのだけど、せっかくの休みだし、いろいろやりたいこともあったので、我慢。眠気覚ましに熱めのシャワーをあびたら、少しはすっきりした。

ひととおり家事を済ませた頃、某ディーラーの人が車をとりにくる。
わたしが普段乗っている車ではなく、連れ合いが使っている車。
小さな欠陥が見つかったとかでリコールになったらしい。
もちろん無料で直してもらう。
夕方くらいに持ってきてもらうようお願いする。

いつも乗ってる車で、図書館へ行く。
今度の試験のための資料として「短歌の世界」という本と「作品で読む近代詩史」という本をかりた。
あと(試験が終わるまでは読めないけど)「女たちの遠い夏」カズオ・イシグロ、「死をポケットに入れて」チャールズ・ブコウスキー、も一緒に借りる。
カズオ・イシグロは先日「日の名残り」を読み終わったばかり。
「日の名残り」が彼にとっての母国であるイギリスへのオマージュのような小説だとすると、「女たちの遠い夏」は、自分のルーツである日本という国への思いを小説という形で封印したような小説。
カズオ・イシグロは5歳の時に日本を離れて以来ずっと英国暮らしで、教育も英国で受けたため、日本語はほとんど読み書きできないらしい。比較文学に興味のあるわたしとしてはかなり惹かれる作家である。前回の「日の名残り」と比べてどんな感想を持つのか、すごく楽しみ。
チャールズ・ブコウスキーは、ページをめくった時点で読んでみたくなった。
これも読むのが楽しみ。
パキラさんじゃないけど読みたい本がいっぱい。ザクロさんにすすめてもらった本も読みたいし・・・あーすらすら本を読めるほどタフな頭脳だったらなあ。。
なんてことを考えながら図書館をあとにする。

モスバーガーでご飯をたべたあと、映画館へ。先週見逃してしまった「Dolls」を
見る。北野映画はみたことがなかった。暴力的なイメージがあったからというのもあるのだけど、なんで敬遠していたのか自分でもよくわからない。
「Dolls」、すごく良かった。死生観みたいなものがくまなく表現されていたし、
溜息がでるほど映像が美しかった。ふたりが歩き続けるところは、最初少し戸惑ったけど、現実を忘れてからは無心に見ることができたように思う。
最後のシーンが今だ目に焼きついている。
わたしたちはしょせん、想念で操られる人形みたいな存在なのかもしれない。想念がなくなれば、動くことができなくなる。最後に人を突き動かすものはいったいなんなんだろう・・・そんなこを考えた。
映画を見終わった後買い物にいったのだけど、そうとうぼんやりしていたらしく
買ったものをレジにおいたまま行こうとして店員さんに、「おきゃくさーん・・」なんて呼びとめられ、なおかつ車を止めた場所を忘れて、しばらくうろうろ歩き回ることになってしまった。
それくらい後をひく映画だった。

なんとか車を運転して自宅に戻る。
さて、夕食をつくろうか、としたくにとりかかろうとしたら、連れ合いからメールが入った。コドモもいないし今日は外でメシを食おう、とのこと。
7時ごろ帰宅した連れ合いと一緒に、天麩羅がおいしい懐石料理の店に行く。
食べながら連れ合いは今日の出来事や、学校のこと生徒の事など話す。わたしはいつものごとく(時々はコメントを返すが)相槌を打つ。わたしと連れ合いはいつもこうだ。連れ合いが怒涛のごとくしゃべり、わたしがそれを聴く。こうやって話をきいてあげることで、わたしは連れ合いに必要とされてるんだなということを感じるわけだけど、喋る相手(つまりわたし)がいなかったらこの人はいったいどうなってしまうのだろう、と思う。結構たいへんなことになるのに違いない。
もっとわたしという存在に感謝しなさいよね、と内心思いながら夕食をたべた。

夕食後、ちょっと気のきいたBARへいく。
連れ合いはオールド・セントニック(バーボン)をソーダでわったもの、わたしはカシスをソーダでわったものを頼む。なかなか正統的なBARであるらしく、ウィスキーの種類もかなりある。シングル・モルトだけでも30くらいの種類があり、5年もの、8年もの、15年ものといった感じでよく揃っている。アイラとかマッカランとかタリスカーとか、愛好者が好みそうな銘柄もひととおりある。磯の香りがするというウィスキー、思わず飲んでみたくなったけど、酔っ払うのはまずいので次の機会にすることにした。

酔ってないけど、調べれば当然アルコールが検出されるだろうということで、パトカーの入れないような脇道をゆっくり走って家に帰る。
自宅にもどってゆっくりお風呂に入り、体をあたためる。
お風呂からあがると連れ合いはもうすでに寝ていた。
少し勉強をしてから眠りにつく。
布団に入る前に、なんとなくコドモの部屋にいってみた。
静かだった。明日には帰ってくるというのがあるから、今日1日静かな時間をたのしめた。もしそうじゃなかったら、寂しくてたぶんたえられないだろうと思う。

今頃はぐっすり眠ってるんだろうか、それとも友達と遅くまで好きな女の子の話しだとかしてるんだろうか、枕投げなんかして先生に起こられるんじゃないだろうか、そんなことを考えながら眠った。



2002年10月30日(水) 修学旅行

明日からコドモは一泊2日の修学旅行にでかける。
奈良・京都。
1、2週間前から話すことといえば修学旅行のことばかり。
かなりたのしみにしているらしい。


話をきくと、わたしたちの頃の修学旅行とはずいぶん違う。
タクシーをグループごとに貸しきって、自分たちの計画したコースを回る。
ひとグループはだいたい4人から5人。お昼ご飯もグループで決めた場所で好きなものを食べる。蕎麦が食べたければ蕎麦。湯豆腐が食べたければ湯豆腐といった感じで自由に決めることができる。旅館の夕食は各自部屋でたべる。つまり広間で一斉に食べるのではなく、仲居さんが一般客と同じように部屋まで運んでくれる。夜にはお買い物ツアーなんてものまである。(夕食後、近くの土産物屋が建ち並んでいる場所にいくらしい)
びっくりしたでしょう・・。え?わたしだけ?


とにかく何ごとも無く無事に終わってほしいと思う。
そして楽しんできてほしいなと思う。






2002年10月29日(火) 寒い1日

秋をとびこえてしまったかのような寒い1日。
珈琲(カフェインレスのドリップコーヒーを見つけて以来しばしば飲んでいる)
を飲みながら、動きの早い雲なんかをのんびり眺める。
完璧な冬空。
北の大地では白いものがはらはら落ちてきてるんだろうな。


2002年10月28日(月) 無題

今度の日曜日は日本文学概論の科目最終試験。
過去の出題傾向を見ると、江戸時代の俳諧(貞門、談林、蕉風)についての問題や
二葉亭四迷の文学活動についての問題などが多く出題されている。
今月あたり、近代詩とか明治あたりのものがでそうな気がするのだけど、
ヤマをはって当たったためしがないので、ひととおり勉強していくことにする。
合格しますよーに。


2002年10月26日(土) 秋のたべもの

仕事が終わってから、久しぶりに会う友達とご飯を食べに行った。
パスタとピッツァのお店。ズッキーニと茄子のクリームベースのピッツァとトマトソースとアンチョビのパスタをそれぞれわけて食べる。ピッツァは粗く挽いた黒胡椒がきいててとてもおいしかった。
帰り道、夕飯の買い物をして帰宅。何となく普段と違った匂いがするなと思って、ふとテーブルの上を見てみると、松茸が置いてあった。それに、炭と七厘も。
連れ合いにこれどうしたの?と聞くと、にこにこしながら、「買った」の一言。
連れ合いは時々、こんな風に突然何かを買ってくる。
チーズフォンデュセットとか、エスプレッソマシンだとか、太陽光線を蓄えて夜に発光するライトだとか、アウトドア用品だとか、かき氷器だとか・・(きりがない)
またこんなもの買ってきて、まったく・・というわたしの冷ややかな視線をもろともせず、連れ合いは張りきって炭を起こし始めた。
始めはなかなか火つきが悪くて火力が弱かったのだけど、根気よくぱたぱた仰いでいるうちに赤々と燃えてきた。
夕ご飯に買ってきた鰻をひつまぶしにして、味噌汁、大根とセロリの千切りサラダも作る。松茸とエリンギと椎茸を縦に薄めに切って準備万端。結構豪華な食事になった。
わたしは松茸にあまり興味がないので、松茸はほとんど連れ合いとコドモが食べ、わたしはおもにエリンギやしいたけを食べた。酢橘をぎゅっとしぼって軽く塩をふって食べたのだけど、シンプルで素朴な味がしておいしかった。
食べているうちに日本酒が飲みたくなったので、冷蔵庫に眠っていた富山の銘酒、銀嶺立山(富山に帰ったとき買っておいた)をあける。生酒なのでそのまま飲んだ。おいしかった。きのこ類がなくなったので、フランスパンを焼いて食べたり、お餅を焼いて食べたりした。おいしかった。
七厘、結構やみつきになるかもしれない。




2002年10月25日(金) 衣替え

水道の水が冷たく感じられる季節にようやくなってきた。
押入れの中のものを全部出して、日向に出す。
冬用の布団、毛布、セーター、ジャケット、コート、マフラー、などなど。
季節が変るんだな、と実感する。

冬物のあれこれを部屋の中にとりこむと、出したばかりのときに気になった防虫剤の匂いのかわりに、柔らかい日向の匂いがした。



2002年10月22日(火) ジョニー・ウォーカー

連れ合いに頼まれたものを買いに酒屋へ行った。
なにを頼まれたかというとジンビームのRYE。
ついでにウィルキンソンのジンジャエールも3本買う。

ふと思いついてジョニー・ウォーカーを手に取ってみる。
以前は何とも思わなかったジョニー・ウォーカー氏だけど、
カフカを読んだ今となっては、かなり雰囲気が違うように感じられる。
「私が有名な猫殺しのジョニー・ウォーカーだ。」
といっても不思議じゃないような気がした。
我ながら影響されやすい性格だと思うけど。


2002年10月20日(日) 湯谷温泉というところにいく

湯谷温泉というところにいってきた。
愛知県と長野県の県境あたりにあって、場所的には結構近場の温泉。
JR東海道線で豊橋というところまで行き、そこでJR飯田線に乗りかえる。
鈍行列車でもいけるのだけど、コドモの強硬な要望をききいれて特急にのることになった。ワイドビュー伊那。
自宅を出て約2時間弱ののち、湯谷温泉に到着した。
空はあいにくの曇り空で、少し肌寒いくらい。
電車を降りて空気を吸い込むと、山の匂いがした。
木の匂い。川の水の匂い。キャンプの朝の匂い。

旅館に入れるのは3時からなので、しばらく辺りを散策する。
雰囲気的にはかなり鄙びた温泉街といった感じ。
土曜日だというのに人の数もまばらだった。

宇連川(板敷川だったかな?)という川が流れていて、その両岸にいくつかの旅館が建っている。川のそばまで降りていくと、ささやきの小道という案内板があったので歩いてみた。どんな理由からささやきの小道という名前がつけられたのかわからないけれど、とても若い恋人たちがあまいささやきを交わしながら歩くといった道には見えなかった。川の音がすごく大きく響いている(大小いくつかの滝がある)ので大きな声をださないと聞こえないし、道自体きちんと整備されてないのですごく歩きにくい。にもかかわらず、結構楽しみながら歩いた。昔、こういう山道をよく歩いたっけ。
そんなことを思い出しながらしばらく歩いた。

そうこうしているうちに3時近くになったので、予約している旅館へ向かった。
その旅館は、泊り客が自ら宿泊代金を決めて支払うという、かなり変った旅館で、温泉街の中では結構昔から建っている老舗旅館。本当はもっと気軽に泊まれるところが良かったのだけど、ほかに空きがなかったので結局そこになった。
料金を自分で決めてくれといわれても。…うーむ。何だか悩みそうな感じ。
外見は普通の旅館。中は和風建築の良さを取り入れた作りになっていて、こじんまりとした良い空間になっている。
川の音をまじかで聞きながら、旅館の人がたててくれたお抹茶を頂いた。コドモは眉をひそめて、にがい・・と一言。仲居さんが栗入りの落雁をだしてくれたので、一緒に頂く。苦味の中に素朴な甘味がひろがって、とても美味しかった。

仲居さんに連れられて部屋に入る。
5階にある部屋だった。目の前は山、眼下には川。
水音がたえまなくきこえる。
窓を開け放って外を眺めていたら、鳶の鳴く声がきこえてきた。
空を眺めるとかなりの数の鳶が上空を飛んでいる。
気流に乗って気持良さそうに(と勝手に想像する)飛んでいた。

部屋に入ってすぐ、連れ合いとコドモはお風呂にいくといってでかけていった。
かーさんと一緒にはいろうよ。とコドモにいったら顔を赤くしながら、
「一緒にはいれるわけないでしょっ!!」とおこられた。
ただの冗談なのに・・。
一抹の寂しさを覚えながら、一人で岡本太郎の「今日の芸術」を読む。
(話しはずれるけど)はっきりいってこの本はすごいと思う。何十年も前(正確に言うと・・えっと48年前)に書かれたとはとても思えないくらい示唆に富んでいる。
しばし文章に没頭した。

しばらくしてから連れ合いとコドモがにぎやかに帰ってくる。
露天風呂は目の前が川になっていて、すごく面白いのだそう。
岩で囲んだお風呂とか、総檜のお風呂とかいろいろあって面白かったとのこと。
夕食までまだ時間があったので、わたしもお風呂に入ることにした。
地下2階まで降りていくと露天風呂の入り口が表示してあった。
本当に川のすぐそばにあって、すごく眺めが良い。
川の流れる音や鳶の鳴く声を聴きながら、のんびりと浸かった。

とにかく、いつもの日常を忘れて思いっきりくつろぐのが目的だったので、
本を読んだり、ぼんやりしたり、景色を眺めたり、気まぐれにお風呂に入ったり、と何も考えずにリラックスした。

夕食は山のものを中心にした献立。あまごの塩焼きとか京芋の田楽とか、鴨肉を使った豆乳鍋などなど。とてもおいしかった。

夜は、川音を聞いてるうちにいつのまにか寝てしまった。ぐっすりと眠った。

次の日、コドモは6時前に目を覚ましたらしく一人でばたばたしていた。
ねえ、カーテンあけてもいい?・・ねえ、冷蔵庫のオレンジジュース飲んでもいい?・・
ねえねえ、朝風呂いってきてもいい?ねえねえかあさん、川の水っていくら流れてもなくならないねえ・・などなど。おかげで早めに目が覚めてしまった。
天気は相変わらず曇り空。でも結構こういう天気が好きだったりするので気にならない。
早めの朝ご飯を食べてから少し川ベリを散歩した。朝もやみたいに薄く霧がかかっていて
空気は少し冷たかったが、気持良い朝だった。

旅館に戻って、宿泊料金をどうするか話し合う。結局相場くらいの値段で落ちついた。
10時に旅館をでて、しばらく辺りを散策してからお昼ご飯を食べ、早めの電車に乗った。だんだん人家が増えてきて、山並みが街並みに変っていくのを、車窓からぼんやり眺める。
「山が見えなくなったね」とコドモが少し物足りなさそうに言う。
「そうだね」と相槌を打つ。
あっという間の週末だった。


2002年10月18日(金) 無題

写真のページを作りたくて、密かにHPを作っているのだけど・・
難しいです。はっきりいって。

何も難しい事をやりたいわけじゃないんです。
TOPにコンテンツを並べて、リンクできるようにしたいだけなんです。
デザインも全然凝ったのじゃなくて、ものすごくシンプルなんです。
なのに、なんでこううまくいかないんだろう・・・。

もうあたまの中、アルファベットと記号だらけです。


2002年10月16日(水) 検査結果

連れ合いの肝臓の検査結果がでた。
肝臓に腫瘍らしきものがあるといわれてから2ヶ月あまり、
腹部のエコーを撮ったり造影剤を入れてMRIを撮ったりして、
結果がわかるまで結構時間がかかった。
結果は肝臓癌・・・ではなく血管腫というものだったらしい。
毛細血管から出血したものが固まってできたこぶのようなものだそう。
ようやく肩の力が抜けた。

肝臓は再生能力の高い臓器なので、健全な生活を送っていれば弱っている部分も自然に治癒していくらしい。今回も結果がでるまで時間はかかったけれど、薬による治療も特に必要なく、生活指導と半年ごとの経過観察だけでいいとのこと。

悪性のものではないと信じていたけど、実際に結果が知らされてようやく安心することができた。時に憎らしくて、もう絶海の孤島にでも流されてしまえばいいのになどと思うこともあるけれど(ほんのときたま)それでもこういうことがあって、あらためて自分にとって必要な人なのだということがよくわかった気がした。

ほんとによかった。



2002年10月15日(火) 男って

連れ合いと一緒にBS11でやっていた映画を見た。
「ニューヨーク・ストーリー」
マーティン・スコセッシ、フランシス・フォード・コッポラ、ウディ・アレンの3人が撮ったオムニバス映画。

最初のショートストーリー(マーティン・スコセッシが撮ったもの)を見ながら、男というものについて二人で話す。
ある著名な画家が関係の冷えてしまった恋人をいつまでも未練がましく追いかけまわすというありがちな内容なのだけど、その画家のあまりの未練がましさ、というか女に対する執着心が嫌になるくらいひしひしと伝わってくる。
社会的に認められた大人の男が、好きな女のまえでは実にあっけなく自分の弱さを露呈してしまう。いや、好きな女の前ではというのはちょっと違うな。自分の欲望の前ではといったほうが正しいのかもしれない。

「自分自身、おかしいとかみっともないとか思わないのかな・・・」と眉をひそめながらつぶやくわたしに連れ合いがいった。
「おまえ、まだ男というものがわかってないな。そういうとき何も考えてないのが男なの。とにかく手に入れることしか考えないんだよ。情けなかろうがみじめだろうが。手に入ればそれでいいの。」
「それじゃまるで、おもちゃをおねだりしてだだこねてる子どもと一緒じゃない」
とわたし。
「そう、それと一緒。そういうものなんだよ」

連れ合いに言わせると男はそんなものらしい。
そういう理不尽なまでに自分本意な欲望を持ちつづけるのが男というものだと。

ラストは、結局恋人に逃げられた画家が自分の個展にきていた女性に新たに目をつけ、声をかけるというところで終わっている。
はてしなく続いていくってわけ。

みんながみんなそうな訳じゃない。(みんなそうだったら大変なことになってしまう)でもそのショートストーリーをみていたら、多かれ少なかれ男というものはそういうものを持ちつつ生きているのだということが少しわかった。
何だかためいきがでた・・。


三つの短編の中でいちばん気に入ったのはやっぱりウデイ・アレンかな。
ウディ・アレンの映画をみるとなぜか気分が昂揚する。お気に入りの服を着て、
大事な人に会いに出かけるときみたいにどきどきしたりする。
もちろんすごくお洒落でセンスがよくて、洗練されている映像なのだけど、
それだけじゃない気がする。

とにかく、久しぶりに街の匂いのする映画を見た。
いろいろ勉強になったし。
良い映画だった。



2002年10月13日(日) 散歩道

 常滑市(愛知県)の焼き物散歩道フェスティバルにいってきた。
常滑市は、2008年くらい(うろおぼえ)に開港される中部新国際空港を現在建設している都市で、昔から焼き物で有名なところ。街のいたるところに工房があったり窯元があったりする。

 焼き物散歩道というのはその名のとおり、焼き物関係の場所をまわりながら歩く散歩道のことで3kmくらいのコースになっている。坂道が少し多いけれど、ぶらぶらと歩くにはちょうどいい感じの道のりである。今日はその散歩道で文字通りフェスティバルが行われていて、各々の工房で作った器や、焼き物をアレンジして作ったアクセサリーなどが即席のお店で売られていたり、お団子や綿菓子なんかが売られていたりしていた。
 
 歩きながらいろんなお店を覗いたりお団子を食べたりしていたら、遠くの方から音楽が聞こえてきた。歩いていくとジャズのアマチュアバンドが民家の庭先でライブをやっていて、ちょうどサッチモの「WHAT A WONDERFUL WORLD」を演奏してた。太陽はだいぶ西へ傾いていて、雲ひとつない空にも夕暮れの気配が少しずつ漂っていた。そんな中で親密な気持ちになって静かに音楽を聴いた。
音楽の音色があたりの空気にすっととけて広がって、その場にいた人たちみんなを包んでいくみたいだった。すごく良い時間だった。

住民が力を合わせて手作りで作った小さなフェスティバルだけど、すごく素朴で何より参加している人達みんなが楽しそうだった。こんなお祭りもすごく良いものだなと思った。
ちょっとおしゃれっぽい雑貨のお店とかセンスの良い和食のお店なんかも見つけたので、またでかけてみようと思う。


2002年10月12日(土) 音楽を聴く夜

友達と東儀秀樹さんのコンサートに行く。
雅楽と洋楽の折衷みたいな感じの音楽。
とても良かった。

しかし篳篥ってすごい楽器かもしれない。
というか篳篥であんな音がだせる東儀さんがすごいんだろうな。
アンコールのOVER THE RAINBOW(篳篥だけの演奏)はちょっと感動してしまった。

コンサートのあと、友達と久しぶりに飲みにいく。
お魚とお酒がおいしい日本料理屋。
つきだしがシラコのもみじおろしあえだった。
懐かしかった。富山ではシラコはごく一般的な食材で、スーパーにいけば大抵鮮度の良いものが買えるのだけど、こちら(愛知)ではあまり手に入らない。ときたま魚屋でみかけるけど、あまり美味しくない。艶がなくて生臭い。
でも今日食べたシラコは申し分なく美味しかった。
富山にいたときはよくお味噌汁の中に入れたりしていたっけ・・・。
懐かしい味だった。


久しぶりに酔っ払って帰宅。
「あー、酔っ払ってる・・」なんてコドモに言われてしまった。。

素敵な土曜日の夜、そして明日と明後日はニ連休。あー幸せ。



2002年10月10日(木) 映画、買い物。

「ピンポン」を見た。
久しぶりにあつくなってしまいましたです。

ドラゴン、最高。
「わたしは君と語り合いたいのだ、月本君・・・」
バタフライ・ジョーも最高。
アクマの変身ぶりも最高。
もちろんペコもスマイルも最高。
ついでに脇役のオオタも最高。

松本大洋は読んだ事がないので、あまり比較ができないのだけど、
映画ならではの良さっていうのがすごく感じられる内容だったと思う。
「GO」と同じ脚本家らしく、友達はしきりにその人の作品は素晴らしいと力説していたが、なるほどと頷けるような良い脚本だった。

今度は「Dolls」か「es」をみようかなと思う。


映画を見てから、まるで物欲の神が背中にとり憑いたかのように買い物をした。
こげ茶色でタートルネックのニット(5分袖くらい)同じように茶系で幾つかの色柄(からし色、深緑、黒)が入ったAラインのスカート(ファスナーではなく木でできた小さなボタンでとめるようになっている)、ベージュのレザーのブーツ、
そしてメガネ(表は深緑、裏はからし色、楕円形で小さい。セルフレーム)
思いきって買ったものだと自分のことながら感心する。
でもどれもひと目で気に入ったものばかり。
できるだけ長く使っていきたいと思う。
あー、小確幸・・・。


2002年10月09日(水) 何をしよう?

日本文学概論のレポートを書き上げて、郵便局へ持っていった。
午後6時50分。ぎりぎり間に合った。

なんでもっと余裕を持って提出できないのだろうか、と思う・・・。
どうもわたしの持っている集中力というものは、
ぎりぎりにならないと発揮できないものらしい。

でもまあ、とにかく提出できたことはできた。安堵。

明日は休み。
久しぶりに映画でも見に行こうか。
「ピンポン」か「Dolls」か「チェルシーホテル」
グウィネスファンとしては「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」も気になる。
その日の気分で決めよう。
服を買いにいくのも良いなあ。

とにかく羽をのばして、楽しむことにする。




2002年10月08日(火) 最近肩こりがひどい

10月になって、仕事が普段の5倍強忙しくなった。
それというのも、老人医療の負担金が今までの定額制から定率制へ変ったからだ。
いちいち説明し出すと日記が終わらないくらい長くなってしまうので割愛するが、
保険点数や保険のきまりというものはすごく回りくどくて理解しにくい。
しかも、相手は老人である。保険制度が変ったということがよく理解できずに来院し、会計時にごたごたしたりもする。
今までの老人医療は1回につき上限が850円だったので、お金のかかる治療をしても850円ですんだ。が、しかし10月になって制度がかわり、老人(70歳以上)はほとんどが1割負担になった。今まで850円さえ払えばよかったのに、10月に入ったとたん、「今日は総義歯が上下入りましたので、12700円になります。」なんて言われたら、やっぱりびっくりするかもしれない。特に80歳以上でしかも独居暮らしというご老人にはなかなか伝わりにくいことだろうと思う。
でもそのたびに、大声を(耳が遠い方が多い)はりあげて一から説明するのはかなり疲れる。PC入力も、老人の分はとりあえず850円もらっておいて暇なときにまとめて入力できたのだけど、今はその時その時にきっちり入力しなければならなくなった。そしてわたしが働いてる歯科医院の全患者の四分の一は、70歳以上の老人である。
眼の端がぴくぴくする。もー疲れた。。

保険制度をそのときの都合でころころ変えるのはいいのだけど(今年の春に大きく変ったばかりだった)もう少しそれに影響される末端のことも考えて欲しいと思う。
とりあえずあと3年くらいはこのままいってほしいと思う。
・・・たぶん無理だろうな。





2002年10月06日(日) 秋の匂い

秋はいろんな匂いがする。
キンモクセイの匂い、干したイネの匂い、
落ち葉焚きの匂い。

何だかとても懐かしい気がした。




2002年10月05日(土) 無題

近頃、本屋へいくよりもブックオフにいく回数の方が多いような気がする。
今日は、村上春樹さんの「辺境・近境」川上弘美「蛇を踏む」、大橋歩「わたしの季節」、アゴタ・クリストフ「悪童日記」(全部ハードカバー)を買った。30%OFFのセール中だったので、全部で280円だった。安すぎ。

プーアル茶を飲みながら、ぱらぱらとページをめくる。あー幸せ。


2002年10月04日(金) 代償

某P氏の日記を読んで、今の中学生のことを考える。
そして、両村上氏が書かれた小説の中の中学生についても考える。

あるスポーツの指導のために、週1回くらい中学生と接するのだけど、やれやれと思うことが度々ある。常に受身というか、人から言われた事しかできない(あるいはやらない)そのくせ、ちゃんと人と向き合おうとしない。言われたことを素直に受け入れる事をしない(傍目には従順なようでもその実、言われた事を全くきいてない)
つまり社会的な自発行動があまり見られない。でも、自分自身の欲のためにはかなり能動的になる。社会的レベルは幼稚園児並なのだけど、自分の欲求を満たすものに対してはすごく貪欲になる。
自分の欲求を満たすという行為自体が悪いわけではないのだけど、歯止めがきかない世の中になっている。自分の携帯電話が欲しいといえばすぐ買い与えられ、帰宅時間も自由、娯楽は至るところに転がっている。

今の中学生に影響を与えるもの、それは少なくとも小説ではないと思う。
どうしてかというと、小説を読むということは自分の頭でものを考えるということだから。今の中学生は、とにかく次から次へと与えられるものをショウ化することで一生懸命で、自分の頭で何かを考える余裕がないのだ。
だから彼らは何も考えなくてすむものへと走る。
作られたようなアイドル、入ればそれなりに楽しくなれる場所(カラオケボックス、ゲームセンター)中身の薄い友達づきあい(プりクラ手帳、片時も手放せないケイタイ)


連れ合いが中学教師なので、いろんな話しを聴く(聴かされる)
ネグレストの親に育てられた子どものこと、虐待を受けていると思われる子どものこと。ネグレスト、虐待と一言でいうのは簡単だけど、それはかなり大変なことだと思う。ある意味、人格を破壊、つまり人として生きられないようなそんな人間になるということじゃないだろうか。
連れ合いが担任しているクラスにそういう子(♀)が一人いるらしい。親が育児放棄しているため、その子はかなりひどい生活を送っている。学校は来たり来なかったり。お風呂に入っていないせいか髪はぼさぼさでひどい匂いがする。何をいっても投げやりで無気力。自宅訪問しても誰もいない。電話もでない。友達(♂)のうちで寝泊まりしている。しょっちゅう警察沙汰を起こす。でも親と連絡がとれない。

連れ合いがその子についてこんなことをいった。「学業を怠けるだけならまだいい、だけどあの子は人として生きる事まで怠けてるんだよなぁ・・・どうしようもないよ。。」



何かを考えていかなければいけないのだと思う。そういう子ども達に対してできること。そして社会全体の枠組みも。今でさえ、そういう行動を起こさなかった代償みたいなものを社会は払わされているのだから。



2002年10月03日(木) 無題

今日は朝から文章書きとレポート書きに集中。
結構はかどった気がする。

お昼はホウレンソウとベーコンのトマトソースのパスタを作ってたべる。
最近粗びきの黒胡椒がお気にいり。サラダやパスタ、あらゆるものに振りかけている。ミルがあればいいな、と思うのだけどなかなかいいのが見つからない。
東急ハンズやLoftも見たけど、気に入ったのがあまりなかった。でもまあ、そういうのって日突然見つかったりするものなんだよね。気長に待とう。うん。

昼からはのんびり読書。
・・・しているうちにお昼寝。

日がだいぶ傾いたところで目が覚める。
「もーいつまで寝てんの?」と呆れ顔のコドモ。
慌てて買い物にいく。

今日の夕飯は海老のチリソースと大根とセロリのサラダと、
若芽&たまねぎのお味噌汁。海老のチリソースには海老のほかに赤ピーマンと青ねぎのみじん切りと椎茸とエリンギを入れた。ごま油で手早く炒め、少し甘めに味付けする。結構おいしくできた。

そんな感じで平和に過ぎた仕事休みの1日だった。



2002年10月02日(水) ひとりごと・・

春樹さんにメールを書いてしまった。
といってもまだ下書きトレイの中に入ってる。
みんななんであんなにすらすらメールが書けるんだろう?
すごい。

訳のわからないこといっぱい書いたからなあ・・・
どうしよう。
そのまま下書きトレイの中で埋もれてしまったりして。
送信ボタン、押せるかなあ・・。
とりあえずあともう一晩くらい寝かせてみよう。うん。


2002年10月01日(火) 10月になって

昨日で9月も終わり、今日から10月である。あたりまえだけど。
9月は結構本を読んだ。「誕生日の子どもたち」「海辺のカフカ」「叶えられた祈り」「みだれ髪」「私はチェコびいき」「フラニーとゾーイー」(と並べてみるとさほどでもないような気がするな)

で、10月読む予定の本。
「遠い声、遠い部屋」 トルーマン・カポーティ
「未亡人の一年」 J・アーヴィング
「今日の芸術」  岡本太郎
「マイライフ」  綾戸智絵
「カチアートを追跡して�機廖�T・オブライエン
「日の名残り」  カズオ・イシグロ

こんな感じ。
読めるかな?
たぶん、無理・・なんて誰かが言いそう。
はりきって読むぞお。


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