Opportunity knocks
DiaryINDEX|past|will


2002年09月30日(月) 「海辺のカフカ」(ほとんど中身が書いてあるので未読の人は読まないで下さい)

お風呂に入りながら「海辺のカフカ」のつづきを読む。
実はお風呂に入りながら本を読むのが好きだ。
「ねえちょっと爪切りだして」だとか、
「あのさー、あれどこやった?あの机の上に置いてあったやつ・・」
なんて声に読書を邪魔されることもない。

のぼせないように少しぬるめにして、ゆっくり本を読む。
しばらくそうやって読書に集中する。

第12章を読みながら、岡持節子というひとりの女性のことを考える。
彼女の人生について考える。彼女が失ったものについて考える。
そして彼女の中ですさまじいばかりに増幅してしまった悪(暴力)について考える。それは彼女にはどうしようもないことだった。彼女には関係のないところでおこってしまった出来事だった。でもその出来事は彼女に大きな打撃を与え、大切な何かを奪い去ってしまった。
ねじまき鳥〜の間宮中尉のことを考える。彼もまた岡持節子さんのように、抗いようもなく大きい何かによって、大切なものを失ってしまう。そして残りの人生を抜け殻のようにして生きていく。
何でかれらはそんな目にあわなくてはいけなかったんだろう。
救いのない人生。理不尽な世界。
わたしたちはそういう世界に住んでいるんだよ、とジョニー・ウォーカーは言った。

村上さんの小説を読むと、自分の中で形を持たずぼんやりと存在していたものが、少しずつ輪郭をおびて具体的な形になっていくような感覚をおぼえる。そしてはっきりとした形になって浮かび上がってきたものがいったい何であるかを考えずにはいられなくなる。今回も読みながら、それがいったい何であるかを考えている。それがはっきりと解き明かされるまで読みつづけるのだと思う。ずっと。



2002年09月29日(日) 走るということ

運動会。
てるてるぼうずのおかげかどうかはわからないけど、雨がやんだ。
小学校最後の運動会、ということで早くからお弁当を持って学校へ行く。
ひらひらとはためく万国旗、綺麗に並べられた小さい椅子、くっきりとした白線、
そして子供達の元気な声。何とかはじまってよかった。

入場行進がはじまる。6年生から始まって、5年生、4年生と続いていく。体の大きさもそれに合わせてだんだん小さくなるのが可愛い。周りの大人の存在を気にしながら、どこか誇らしげな顔をしているのもまた可愛い。
コドモの姿をさがしてきょろきょろしていたら、こっちを見ていたみたいでちょうど目が合った。一瞬うれしそうな顔をしたあと、すぐまじめな顔に戻ったのが可愛かった。

コドモの学校は30人学級で各年3クラスずつある。それが青(1組)赤(2組)黄(3組)に分かれて点数を競う。コドモは2組なので赤組。
それぞれ一生懸命になっているのが面白くてほほえましくて、こっちも応援に力が入る。特に徒競走なんかはかなり見ごたえがあった。足の速い子のフォームに思わずみとれたりする。力強く地面をとらえ、手を大きく真直ぐに振り、真剣な顔をして走っていく。良いものだなと思った。

でウチのコドモはというと、自慢じゃないけど運動神経はかなり鈍い。
とてもわたしのおなかの中からでてきたとは思えないくらい鈍い。(自慢じゃないけどわたしは体育だけは例外的に成績が良かった)
運動神経が鈍い上に、彼には競争心というものがない。人を押しのけてまで勝とうとする気持がまったくない。いつもマイペース。こんなことでこれからの競争社会を生き抜いていけるのかと今から危惧しているのだけど、これは持って生まれたものなのである程度仕方ないと諦めている。

結果は7人中4位。はじめは3位だったのだけど、残り10mのところで追い抜かれてしまった。(そのときも彼は慌てず焦らずマイペースに走っていた)
でも、少なくともコドモは真剣に走っていた。真直ぐ前を見て、何も考えずに無心に走っていた。それだけで十分な気がした

走り終えたコドモに、「がんばったね」と声をかけた。
コドモは「うん。4位だったけどね。がんばったよ」と笑顔で答えた。

小学校最後の運動会、とても良い運動会だった。
これからもずっとずっと覚えていようと思う。


2002年09月28日(土) てるてるぼうずなんかを作ってみる

明日はコドモの学校の運動会!
なのだけど、あいにくの雨模様・・・

雨が降ったら通常の授業、そして運動会は順延になるそう。
どちらにしても明日はお弁当持ち。

夜のうちにお弁当の下ごしらえをしておく。

お弁当の中身はというと、椎茸と手羽先とうずら卵(茹でたもの)を炒め煮にしたのとひじき入りのだしまきたまご。赤ピーマンとブロッコリーとにんじんを、レンジでしんなりさせたキャベツとロースハムで巻いたもの(オレンジページ参照)
たこのウインナーに、たらこ(ほぐさずに軽くごま油で炒める)と野沢菜と鮭のおにぎり。あと果物は柿と青切り蜜柑。 
うーん完璧。

コドモの学校の運動会は区民の運動会もかねているので、大人も子供も結構盛りあがる。朝は場所取りのために早くからいっぱい人がくるし、お昼は友人知人みんな集まってお弁当を食べるので、お弁当を用意するシュフは結構大変なのだ。(お昼ご飯というより宴会みたいな感じになる)

小学校の最後の運動会、
晴れてくれるといいなあ・・・。



2002年09月27日(金) ちょっと変更

今はもう秋、誰もいない海・・・
ということでちょっと色を変えてみました。
変かな?

もっと知識があればいろんな感じにカスタマイズできるんだけど、
悲しいかな、わたしの頭は純文科系なので、この程度が関の山です。
牛の歩みです。

もっとちゃんとしたHPを作ろう、なんて思ってからはや数ヶ月・・・
当分このままだろうなあ、たぶん。


2002年09月26日(木) 無力感

人に何かを主張したり、自分の意見を伝えたりすることが昔から苦手だった。
意識的に人の目を自分に向けさせようとすることも同じように苦手。

親の勝手でかなり振りまわされた子ども時代を送ったので、何を言っても何を伝え様としても、所詮わたしは無力なんだ(わたしの親は子どもの意見をきちんときいてくれたり子供のことを第一に考えてくれるような人ではなかった)という思いが根付いてしまい、自然と人とのコミュニケーションに対して一歩線を引いてしまうようになったのではないかと自分では分析している。
要するに何もしゃべらない、何も説明しない、自分は自分他人は他人、そんな部分がわたしにはある。今でもある。もちろんいつも、すべてがそうなわけではない。
誰かに何かを伝えたいと思うこともあるし、わかってほしいと思うこともある。
実際に、わかってもらおうと下手な言葉をひねりだし汗をかきながら説明したりすることもある。でもそれでも、たいていの場合、わたしは自分の殻にとじこもり、
都合の良い時だけ殻から這い出、何か面倒なことが起きるとすぐ殻の中へ入りこんでしまう。
20代の終わりになってようやくそんな自分の傾向を自覚するようになってきた。自分を客観視できるような余裕ができてきたからかもしれない。
しかし、それで(自分のことを客観視できるようになって)自分は良い方向に進むようになったかというと、必ずしもそうではない。良い方向に進めようとはしているものの、あまりうまくいっていないことがほとんどであるような気がする。
自覚しているぶんだけ、自己嫌悪に陥る時間が多くなっただけのような気もする。


うーん。ようはあまり人前でうまく話すことができない、ということを書きたかったのに、何だかネガティブな方向へ流れていってしまったなあ・・・。

時間をかけて細かく積上げられたものは、なかなか崩す事ができない。
無力感がひたひたと頭の中を浸蝕していく、そんな1日だった。


2002年09月25日(水) 「海辺のカフカ」2回目

読むことと、書くことはわたしの中では微妙に方向性が違う。
読むこととは内側へと深く入りこむ行為であり、書くこととは何かを外に向けて解き放つような行為である気がする。


「海辺のカフカ」を繰り返し読んでいる。
15歳の佐伯さん、カフカ、少年だったナカタさん、森の中の影の世界、
そしてジョニー・ウォーカー・・・それらがどのようにして繋がっているのか、
を考えながら読んでいる。

「海辺のカフカ」がお芝居になるとしたら、
カラスと呼ばれる少年を演じてみたいなと思う。
もしくは大島さんのお兄さん。
絶対に無理だなと思うのが、大島さんとカーネル・サンダース。

ちなみにいちばんひかれた人物はジョニー・ウォーカー。
好感を持ったという意味ではもちろんなくて、ジョニー・ウォーカーの意味するものについて、考えずにはいられなかった。

いちばん好きになった人物は、ナカタさん。
理由はうまく説明できない。

この小説のことをもし誰かに好きか?ときかれれば、もちろん好きだと答えるだろうと思う。でも、今までの春樹さんの小説と比べて好きか?ときかれるとうまく答えられないような気がする。

読みこみ不足なだけなのだろうか?









2002年09月24日(火) 「叶えられた祈り」

カポーティーの「叶えられた祈り」読了。
何というか・・読めば読むほどかなしくなるようなそんな小説。
物語的にはオースターの「ミスター・ヴァーティゴ」に少し似ている。
自分がいつ生まれたのかも知らず、両親が誰なのかもわからない孤独な男が主人公。男は小説家になる野望を持っているのだけど、その野望の激しさ、貪欲さゆえに徐々に身を滅ぼしていく。

本の帯に、この小説を発表したカポーティーは社交界を追われ、破滅へと向かっていった・・と書かれてある。カポーティーはこの小説の中で数多くの友人(NYで名前の知られた人々)を実名で登場させ、彼らのゴシップを小説に書いた。そのためカポーティーは社交界から無視され、ほとんどのセレブレティから相手にされなくなってしまった。

カポーティーは自分自身を、または自分をちやほやしてくれる一見親身な友達たちを信じすぎた。人の心はある日突然、ほんのささいなことで180度変ってしまうこともあるのだ。それでも、わたしはカポーティーの小説を読んでいろんな面で共感を持つことができた。親(愛する人)の関心を得たいが為、必死に自分をアピールしようとする子どもの切ない祈り、そんな純粋な気持が本の中に感じられる。永久に失われてしまったものを執拗に追い求め再び自分の手に取り戻そうとする気持、何だかよくわかるような気がした。

カポーティーは「叶えられた祈り」の「ラ・コート・バスク(第3章)」を書いたあと、小説に対するあまりの酷評と、友人達の予想もしない仕打ちにうちひしがれて続きを書けなくなってしまう。「ラ・コート・バスク」には、「まだ汚れてない怪獣(第1章)」のような集中力はなく、セレブレティのゴシップ話がえんえんと書かれている。投げやりな感じと、自分自身どうにもできない苛立ちや迷いみたいなものが感じられる。
書けなくなったカポーティーは徐々にドラッグやアルコールに依存するようになり、彼の周りに残っていた(良心的で本当に親身になって彼のことを考えてくれる)友人も、彼の奇行、才能の浪費、自己欺瞞、を目にするにつれ徐々に離れていった。そうして彼は59歳の若さで急逝してしまう。


読めば読むほどかなしくなるような本だったけど、それでもこの本を読んでよかったと思う。そしてトルーマン・カポーティという一人の小説家に対してこれまで以上に親密さを感じた気がしている。
次は、だいぶ前に読んだ「冷血」を読み返してから、処女長編である「遠い声、遠い部屋」を読んでみたいと思う。






2002年09月23日(月) 左手の小指

栗の皮を包丁でむいている途中、あやまって小指を切ってしまった。
みるみるうちに血が赤くもりあがってきて、手のひらの方へすじになって流れた。
びびった。
ガーゼできつくおさえて止血したあと、マキロンで消毒して
バンドエイドを二重にまいた。
今も結構痛い。

指の中でいちばん役にたちそうにないから、という理由?で任侠の世界に生きていらっしゃる方々はしばしば指つめということをなさるらしいが、小指という指は結構大事な指である。少なくともキーボードを打つ時は人差し指についで使用頻度が高い指である。ということでしばらくキーが打てなかった。

不自由になってはじめていろんなもののありがたみというものがわかるのだな、と今更ながらに思う今日この頃。




2002年09月22日(日) さびしからずや道を説く君

与謝野晶子の「みだれ髪」を読んでいる。

心に残った句

人そぞろ宵の羽織の肩うらへかきしは歌か芙蓉といふ文字
人の歌をくちずさみつつ夕よる柱つめたき秋の雨かな
このあした君があげたるみどり子のやがて得む恋うつくしかれな
道を云はず後を思わず名を問はずここに恋ひ恋ふ君と我と見る
病みませるうなじに繊きかひな捲きて熱にかわける御口を吸はむ

これだけの熱情と素直さと才能がわたしにもあったら、と思わずためいきがでる。
能動的、ナルシズム、大胆、奔放、自己肯定意識、などなど明治の文人、知識人にさんざん批判された本だけど、その一方で人々はこの本のなかに新しいもの、今まで見たこともなかった世界を感じて惹きつけられていったのだろうな。


2002年09月21日(土) むー。

ZさんのHPにあったP☆氏おすすめの性格診断サイトにいってみた。
結果はタイプ8。そうか、わたしはココロはCLOSE、社交性はCOOL、他者の関心度はLOWなのか・・・。あらためてそう言われると何だか言葉もでてこない。
でも、中にはなるほどと思えるようなことも書いてあった。
「たまの心遣いがプレミアム」
普段しないようなことをすると効果絶大、ということだろうか。
そういえばたまに連れ合いからの電話をとったとき、
「はい♪どうしたの?」なんて感じで出ると、「なんだか今日はすごく優しいね、声が♪」なんて言われたりする。たまたま気分がよかったりした時と重なっただけなのだけど、これからはそういうのも人生における貴重な技術として応用していかなければいけないのかもしれない。


+ + + + + + + + + + + + + + +

と、ここでひとつ電話が入った。
連れ合いの中学校の同僚の先生からである。

「あの、夜分遅くすみません。Y中学のSと言います。」
「あ、主人がいつもお世話になっております。」
「いえいえ、あのY先生なんですが、今日実は体育祭の打ち上げがありまして・・・
そこで先生、少しお酒を飲みすぎたみたいで今学校の保健室で寝てるんですよ。
それで、あの・・今夜は保健室でほかの先生と一緒に泊まられますので、どうかご心配なさらずに。明日の朝にはたぶん帰られると思いますので・・」
「あの、体調が悪くて、というのではなくて、お酒の飲みすぎでということでしょうか?」
「はい。体調は特に問題なかったように思いますよ。ただちょっとお酒の量が結構多かったみたいで・・・」
「わかりました・・。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。どうか宜しくお願い致します。」
「はい。それでは・・・失礼します・・」
「わざわざ、ありがとうございました。失礼致します・・・」

・・・・・。
いったい何を考えてるのだろうか?
いーや。何も考えてないのに違いない。
常に体調を心配している家族に対してこんな行動が許されていいものだろうか?
いーや。許されて良いわけがない。
ほんとうに腹がたつ。

帰ってきたら、どんな顔をしてやればいいだろうか。
ふむ。
いつもなら、冷たい目をして「どうなってもしらないからね、わたしは。後で苦しむのは自分なんだから」とかなんとかいうところだけど、ここはやはりさっきの性格診断テストの結果をふまえて、少し別のやり方をためしてみるべきだろうか。

例えば・・
「もう、すごく心配で夜も寝られなかったんだから・・これからは気をつけてね、お願い・・・」などと嘘八百を並べつつソフトに対応するのはどうだろう。
そちらの方が効果があるだろうか?

と、つらつら考えているうちにだんだんばかばかしくなってきた。

もう、なんでこんなわざわざ余計な心配をかけるんだろう。
腹がたってしかたない。



2002年09月20日(金) 無題

Kさんの卓上素描を真似てみる。

向かって正面に100×50のコルクボード。
自分で撮った写真や雑誌の切りぬき、
レポート提出のための計画表なんかがとめてある。

鉛筆削り 遥か昔友達にもらった猫の陶器の置物 梟の置物 
CD5,6枚(シェリル・クロウ、サラ・ヴォーン、トム・ウェイツなど)
MDケースと何枚かのMD 無印良品で買ったアクリルのフォトフレーム(今はマグリットと自分で撮ったモノクロの写真が入れてある) 手紙の束 樹氷の形をしたガラスのペーパーウェイト 電子辞書 ドライフラワー(紫のスターチスと黄色の小さいバラ)時計4つ 万年筆 鉛筆立て ポトスがさしてあるガラスのフラワーベース 読みかけの本(『カチアートを追跡して�機戞◆悒曠謄襦Ε縫紂璽魯鵐廛轡磧次戞◆愡笋魯船Д海咾い�』、『叶えられた祈り』) 教科書(国語学概論)
素焼きのアロマポット ラヴェンダーのエッセンシャルオイル メガネ ミスドのドーナツ(オールドファッション)と温かいプーアル茶

そんなモノタチに囲まれながらいつも文章を書いたり、日記を書いたり、大事な人に手紙を書いたりしている。自分だけの大切な場所。


2002年09月19日(木) Cut

髪を切りに行った。
前髪は長めで耳にかかるくらい、襟足は少し残して
横は多めにレイヤーをいれてもらう。
長さはちょうどあごのラインくらい。
襟足とサイドの毛先が少し外にはねている。
結構短くなってしまったけど、自分ではなかなか気に入っている。

ごきげんな1日だった。


2002年09月18日(水) 無題

このところ目がすごく疲れている。
原因は明らか過ぎるくらい明らか。
コンピューターの画面を見すぎる。(仕事でも家でも)
本読みのしすぎ。
コンタクトを長時間している。
あるいは年のせい。
などなど。

白内障とか緑内障になりたくないものなあ・・
目によくないことは控えるようにしようと思う。



2002年09月17日(火) 広辞苑

去年のクリスマス、連れ合いから電子辞書をプレゼントしてもらった。
それ以来、何かわからないことがあるとすぐ開いて検索している。言葉の意味がわからないとき、文章に使う言葉を捜すとき、漢字の読みがわからないとき、英文を訳す時、などなど。広辞苑とジーニアスの英和、和英辞典、漢和辞典、類語辞典が入っている。広辞苑自体買えば12000円くらいするのだから、電子辞書としては結構高い方なのではないかと思う。他に機能として、逆引きなんていうのもある。例えば、一つの言葉を捜したいとき、その言葉の語尾を入力すれば言葉の一覧が候補としてでてくる。(EX:りょく、と入力すると語尾がりょくとなっている言葉が候補として上がってくる。握力、圧力、遺言能力、意思能力・・・などなど)すごく便利である。そして便利な機能がもうひとつある。それはバックアップ機能。
一度検索した言葉がボタン一つですぐ戻って検索できる。前の前に検索した言葉をもう一度調べたいなあというときに便利。特に英文を訳すときなんかすごく重宝する。(30語くらい記憶できる)

で、本題。
少し前そのバックアップを使って言葉を調べているうちに気づいた事があった。
自分では検索した覚えのない言葉がしばしば出てくるのである。あれ?こんな言葉、調べたっけな?と首をひねりながら見ていると決定的な言葉がでてきた。
レースクイーン・・・。わたしが検索するはずないし、連れ合いが検索するわけない。コドモが検索したとしか考えられない。
少なからずショックである。控え目にいってすごくショックである。
コドモの名誉のために書いておくけれど、レースクイーン関係以外の言葉ももちろんある。一緒にテレビのニュースをみていたときに話題にしたこともいくつか調べている。例えばよど号事件、とか、赤軍、とか、刑法、とか、民法、とか。
いろんなことに好奇心を持っているのだなということがすごく感じられる。
でも・・・それでも・・・レースクイーン関係にはあくまで立ち入って欲しくないのである。これはたぶん叶えられない祈りなのだというのはわかっているのだけど、母親としてはかなり切実なのである。

コドモは電子辞書にバックアップ機能がついていることを知らない。自分が調べた言葉がわたしに筒抜けであることを知らない。自分で気がつくまでほおっておくべきだろうか?それとなく教えるべきだろうか?連れ合いが妙な含み笑いを口元に浮かべながら言う。
「もっと決定的な言葉を目にする前に教えたほうがいいんじゃない?お前のためを思っていうんだけどさ。」 もっと決定的な言葉・・・。

いつまでも子供のままでいてほしいと思うのはそんなにいけないことなんだろうか・・くすん。


2002年09月16日(月) 「海辺のカフカ」

結局昨夜はあまりよく眠れなかった。
16章のせいだと思う。
真っ暗で静かな夜に、あの文章はきつすぎた。

1日どこかぼんやりしたまま過ごす。
午後になって、連れ合いとコドモが出かけてしまったので、気合を入れて続きを読む。目も疲れたし、こめかみもかすかに痛むし、本当の事をいえば本読みはやめてぐっすり眠ってしまいたかったのだけど、どうしても読まないわけにはいかなかった。

夜、必要最低限の家事をすませた後、また続きを読む。
時間が流れるように過ぎていく。何にも乱されることなく本を読むことだけに集中する。そこにある意味なんて考えなかった。ただそこにある言葉を受け入れた。
小説の世界がするすると頭の中に構築されていった。
そんな風に本を読むのはほんとうに久しぶりのことだった。ほんとうに。

感想。
・・・まだうまく書けそうにない。
さっき、公式サイトにはじめて行ってみた。
感想を書かれている人も結構いて、すごいなあと思った。わたしはまだあんな風に書けない。さらに村上春樹さん本人が目を通すのかと思うと尚更書けない。それでもサイトが閉まるまでには何とか自分が感じたこと、書き手としての村上さんに伝えたいことを書きたいと思う。



2002年09月15日(日) 「海辺のカフカ」(殆どネタばれ日記です。未読の方は注意が必要です)

朝、早めに起きて家族のために食事を作る。
柔らかめのスクランブルエッグ、レタスと大根の千切りサラダ、昨日作ったぶり大根の残り、茗荷と豆腐の味噌汁。
食事が終わって後片付けをする。そして掃除。日曜日くらいしかまともに掃除をしないので、ゆっくり丁寧にする。念入りに掃除機をかけ、テーブルを片付けて磨く。窓を拭き、お風呂の内側を洗い、タイルの目地を擦る。洗濯物を干し、アイロンをかけ、綺麗に畳んでしまう。もう着ないと思われる夏服も仕舞う。トイレ掃除もする。何も考えずに家事に集中する。
そうこうしているうちにお昼になる。連れ合いは用事ででかけてしまったので、コドモと2人でパスタを作って(パスタの茹で方と包丁の持ち方を教えた)食べる。食事の後片付けをしたあと、ふたりでプールに行く。2時間近くしっかり泳ぐ。
コドモはだいぶフォームが綺麗になってきたのだけど、それでも時々頭が上がりすぎてスムーズに息継ぎができない。長めに泳ぐとだんだん泳いでいるというより、溺れているといった感じになる。もっと後を見るようにして頭を傾けるんだよ、とアドバイスする。
プールから上がった後、休憩室で最中アイスを半分ずつかじり、それを食べ終わってから、近所のスーパーマーケットで買い物をして帰る。
久しぶりにきちんと泳いだせいで、背骨がのびて真直ぐになったような気がする。
少し疲れたけど、悪くない疲労感。
夕食。サザエさんを見ながら二人で簡単なもの(鰹のたたき、ポテトサラダ、冷奴)を食べる。(連れ合いから帰りが遅くなるらしいと連絡がある)
後片付けをして、お風呂に入って、「利家とまつ」を見る。
側室ってなに?とコドモがきく。しどろもどろになりつつ説明する。
彼はいちおう理解したらしかった。

九時になって、もう今日1日するべきことが全部終わったことを確認して、「海辺のカフカ」の続きを読む。
はじめのうちは、部屋の中や外から聞えてくる様々な物音が耳に入ってなかなか集中できなかったのだけど、5ページくらい読んでるうちに全く気にならなくなる。気がつくと小説の中の世界に入りこんでいた。
年を取った黒猫と話すナカタさんについて思いを馳せ、甲村記念図書館の閲覧室で千夜一夜を、漱石の「坑夫」を孤独に読みつづける田村カフカについても思いを馳せる。心臓がことことと大きな音をたてる。
上巻の半ば過ぎ、ナカタさんが大きな黒犬に連れられて街を歩いていくところまで読み、とりあえず栞をはさんだ。誰かと無性に話したくなった。連れ合いはまだ帰ってこない。ふと気がついてコドモの様子を見にいく。コドモはわたしが本読みに集中しているので、仕方なく一人で勝手に寝てしまったらしい。おなかを冷やさないようにタオルケットを掛け直す。
冷蔵庫から冷たいお茶をだして飲む。そしてPCを起動させ、今こうやって文章を打っている。とりあえず今日1日のことを書いてしまったので、また「海辺のカフカ」に戻ろうと思う。眠気は全くない。上巻を読み終える前に眠気がくるだろうか。それとも夜が明けるまで読みつづけるのだろうか。


2002年09月14日(土) 「海辺のカフカ」

三十何回目の誕生日に、ということで連れ合いが
「海辺のカフカ」をプレゼントしてくれた。
しばらく本を手に取ってしげしげと眺める。上巻の表紙にある猫の後姿がいじらしくてかわゆい。
待ちに待った新刊。うれしい。

さて、今度はどんな世界を見せてくれるのだろうか。
ゆっくりとページを捲ってみる。



2002年09月13日(金) 暗い夜に響き渡る

夜11時40分頃、わたしは布団の中で小さな灯りをつけて本を読んでいた。

何かの気配を感じてふと頭を上げた瞬間、外でものすごく大きな音がした。
何ともいえない音だった。言葉にしようとすると嘘になってしまうようなそんな音だった。その時は分からなかったのだけど、それは人が(マンションの14階から飛び降りて)地面に激突した音だった。
30分ほどたってから、救急車やパトカーがサイレンを鳴らしてやってきた。
その時点で、人が飛び降りたのだということが反射的に分かった。

若い女の人だったそうだ。22歳。黒い喪服を着て14階の踊り場から飛び降り自殺した。踊り場には彼女が書いた遺書らしいものと靴が、並べて置かれてあったとのこと。これで、4人目である。わたしがここに住みはじめてから4人もの人が、最上階の踊り場から飛び降りた。正直言ってあんまり気持の良いものではない。地面に落ちた時のあの何とも言えない音がまだ耳に残っている。

いつも何気なくすれ違っていた人だったと思う。もしかしておはようございます、だとか、おやすみなさい、だとか、挨拶だって交わしていたかもしれない。

死を選ぶには選ぶなりの理由がその人にはあったのだろうと思う。
でも、それでも・・・・。何で死ななくてはいけなかったのだろう。

何とも言い難い気持がした。








2002年09月12日(木) 愛すべき俗物とそうでない俗物

 今日は1日家にこもってずっと本読み。
コンタクトも化粧もせず、はねまくった髪の毛のまま(洗顔と歯磨きくらいはした)ソファに寝転んで「フラニーとゾーイー」を読んだ。

結論、というか感想をさっきから書こうとしているのだけど、なかなか、というか全く言葉がでてこない。ようするに自分でもこの小説のことをどう思っているのかはっきりしないのだと思う。
ゾーイーが乗り越え、フラニーが乗り越えようとしているものの先にあるもの、それはある程度の高みなのだということはわかる。そこに到達することで、彼らはようやく心の平穏を手にする事ができるのだということもわかる気がする。ゾーイーは経験的にそれを知っているからこそ、フラニーをそこへ導こうとするのだ。それは確かに美しい兄弟愛なのかもしれない。そういうものをがすごく緻密に系統立てて書かれていると思う。

 フラニーもゾーイーももしかして可哀相な人なのかもしれない。多くの人が気付かずに素通りしていけるものを彼らは見過ごす事ができないのかもしれない。それはすごく多難な人生なのかもしれない。サリンジャーはそういう風にしか生きていけない人間のことを書きたかったのかもしれない。

読み終えてからも、自分がこの小説のことを好ましく思ってるのかどうかよくわからない。でも、それでも読む意味のある小説だとは思った。
今度出る村上春樹氏訳のライ麦畑〜を読んだら、少しはサリンジャーの世界をより理解できるようになるかもしれない。


2002年09月11日(水) 1年

NYのテロ事件から1年が経った。
1年というのはただの時間の区切りに過ぎないわけだけど、それでも、身近な人を亡くした多くの人達にとって毎年同じ日が巡ってくるということは、とても辛く悲しいことに違いない。

テロを起こした人間にとって、世界は望む方向へ向かったのだろうか?
それをしたことで何かを得る事ができたのだろうか?
3000人近くの人生と引き換えにして、得なければいけないものはいったいなんだったんだろう。わたしにはよくわからない。



2002年09月10日(火) 前回の創作の続き

 彼が死んで半年あまりが過ぎた。わたしは相変わらず救いのない生活を送っていた。仕事もせず、本も読まず、必要最低限のための買い物のためにしか外にでなかった。時間はただ過ぎていった。窓から洩れてくる光は徐々に存在感がなくなり、空気は透明度を増していき、まぎれもなく冬の到来を告げていた。しっかりしなければと何度自分を叱咤したことだろう。こんなわたしを見たら彼はきっと心を痛めるに違いない、もっとしっかり生きなければと何回自分に言い聞かせたことか。それでもだめだった。わたしの中の何かは動く事を拒否し、わたしをがんじがらめにしていた。

 わたしと彼は大学時代に知り合った。普通の人が普通に参加するサークル活動などには目もくれず、わたしはいつも自分の時間、自分の世界の中で行動していた。誰にも入って欲しくなかったし、そんなわたしの孤独な世界に勇気をだして入ってこようとするものもいなかった。そんなとき、彼と出会った。彼との付き合いは、わたしが落としたパスケースを彼が拾って届けてくれたことから始まった。初めて顔を合わせた日のことをわたしは今でもはっきり覚えている。彼は黒くてくっきりとした瞳でまっすぐにわたしを見ながら、パスケースをさしだした。
「これ君のでしょ。大学の途中にある坂道、…そうそう、あの大きな銀杏の木が立ってるあの坂の途中に落ちてた。学生証も入ってたからすぐ君だってわかったよ。いつも図書館で見かけてたから…。」
わたしはおずおずとそのパスケースを受け取り、ぼそぼそとお礼を言った。
「わざわざありがとう・・。困っていたので助かりました。」
「どういたしまして。そんなたいしたことでもないよ。じゃ、これで。」
彼はそういって歩いていってしまった。わたしは呆然とパスケースを手にしながら彼の後姿を見ていた。彼は話している間中、まっすぐな瞳でわたしをみていた。
わたしは、彼が立ち去ったあとも、彼の人を見通すようなまっすぐな目が頭から離れなかった。

 そんな風にわたしと彼は知り合った。もしあのとき、パスケースを落としたりしなければ、またはパスケースを拾ったのが彼でなかったとしたら、わたしの人生は大きく変っていただろう、いやそれよりも、あの出来事があってわたしの人生は大きく変えられたのだといったほうが正しいのかもしれない。わたしはそのことを思い出すたびに、人の人生の不確定要素がもたらすものについて、あらためて感じ入ってしまう。人と人が出会う事の不思議さ、そして怖さについて。
 わたしと彼はその後、ちょくちょく顔を合わせるようになり、少しずつ話をするようになった。彼とわたしはほぼ似たような境遇にあった。両親とすでに死別しており、自分一人の力で生きていた。自分と同じ境遇、そんな人がこんな身近に、同じ大学にいるということが驚きだった。同じ境遇、同じ思いを共有しあい、理解しあっていくうちに、わたしたちは深くお互いを受け入れ、愛し合うようになった。

 大学を卒業した年にわたしたちは結婚した。ほんの近しい人達に祝ってもらっただけの簡素な結婚式だったけれど、わたしはしあわせだった。彼と出会う前の自分の孤独を思うと、あらゆる神に感謝したい気持だった。もうひとりじゃない。もう孤独じゃない。そう思う事がどれだけわたしの救いになったかしれない。
 わたしの父親は、わたしが生まれたときからすでにいなかった。話した事はおろか今だ顔さえも見たことがない。母親はわたしが17の年に病気で死んだ。死んだ人のことをとやかくいうのは良くない事だけれど、わたしの母親はろくでもない人だった。おまえのことを見ていると父親のことを思い出す、といって、まともに顔も見てもらえなかった。しょっちゅう家をあけて余所の、これまたろくでもない男と遊びまわる、そんな人間だった。そんな生活の中で、わたしは強くなること、ひとりでも生きていけるような強い人間になること、それだけを目指して自分なりに頑張ってきたのだ。母親の死後、彼女が持っていた少しばかりの預貯金と、ありったけの身の回りのものをお金にかえて、わたしは大学へ進んだ。
 自分では強い人間になれたつもりだった。必要以上に関係を求めず、誰にも何も求めない、そういう生活をずっと送ってきた。そんな自分に嫌気がさすこともあったが、仕方のないことだと諦めていた。でも、彼と出会って、彼と一緒の時間を過ごすうちに、わたしはあっという間にそれまでの孤独を忘れた。暗くて救い様がない孤独が、一瞬にして輝くばかりの幸福にとってかわった。それがどうだろう。ずっとそばにいると信じていた彼を突然失い、再びわたしはひとりになってしまったのだ。そして再び絶望的な孤独に包み込まれている。わたしはコンパスを失った航海士だった。どこに向けて船を動かせばいいのか、どこに向かって進んでいるのか何もわからない、自分の座標軸を失ってしまった航海士。それまでは強くなること、ひとりでも生きられるような人間になることがわたしのすべてだった。でも彼を得、そして失った後では、そんなことはもう何の意味も持たなかった。人はひとりでなんて生きていけないのだ、強くなることなんて、所詮何の意味もないのだ。事実、わたしは強い人間になれたようで、まったく強くなんかなっていなかった。わたしは克服したと思っていた弱さが、自分の中に依然として強固に存在することにただ呆然としていた。





2002年09月09日(月) 無題

月曜日だということをすっかり忘れて図書館へ行った。
当然のことながら本日休館日のふだがかかっていた。
溜息がでた。(結構自宅から遠い。車で30分近くかかる)

仕方ないので本屋とブックオフに寄ってみた。
本屋はひととおり見るだけにした。(今月は春樹さんの新刊を買うので精一杯)
ブックオフでは読みたかった本が手に入った。
バリー・ユアグロー「一人の男が飛行機から飛び降りる」
カズオ・イシグロ「日の名残り」
ティム・オブライエン「カチアートを追跡して�機↓供�
ポール・オースター「最後の物たちの国で」

全部ハードカバーなのに、全部100円だった。
「日の名残り」は映画では見た事があるのだけど原作を読むのは初めて。
カズオ・イシグロの文章を読むのも初めて。楽しみ。
「最後の物たちの国で」は図書館で借りて読んだ本なので、今回ハードカバーが手に入ってすごーくうれしかった。(文庫になるまで辛抱強く待つつもりだったから尚更)
ティム・オブライエンは「ニュークリア・エイジ」をだいぶ前(たしか20代の前半)に読んだきり。ゆっくり読んでみようと思う。(「カチアート〜」の表紙を見て、何となくマグリットみたいな絵だなと思っていたら、本当にマグリットの絵だった。びっくりした)

図書館は休みだったけど、良い1日だった。小確幸♪


2002年09月08日(日) 美術館へ

コドモと一緒に「マグリット展」を見にいった。
午前中洗濯だのトイレ掃除だのやってたら、家をでたのがお昼近くになってしまったので、着いてすぐお昼ご飯を食べることにした。何が食べたい?と訊くと、和食が食べたい、というのでお気に入りの和食屋(もともとは鮮魚店だったところで、とても魚が美味しい)に行った。湯葉巻き豆腐、もずくの甘酢あえ、れんこんのはさみ揚げ、さわらの西京焼き、釜飯なんかが一緒にでてくる定食を頼んだ。
魚好きのコドモはとても気に入ったみたいだった。

お店を出てから美術館へ向かう。
「そういえば、かあさんと美術館へふたりでいくなんて初めてだね」
「うん、そういえばそうだね。良いでしょ、たまにはかあさんと行くのも。」
「うん。そーだね。」
天気の良い中、そんなような会話を交わしながら歩いた。

市美術館。
会場内はかなりの混雑ぶりで、マグリットって結構人気があるんだなとびっくり。
コドモは自分の気に入った絵はじっくり見て、ぱっと見気に入らない絵はさっさと素通りしていく。それでも時々、わたしのところに戻ってきては、あの絵が気に入っただの、あの絵は少し気持悪くて嫌だのと感想を言う。いろんな感想があって結構面白い。特に気に入った絵は、大きな岩がパステル色のブルーの空に浮遊している「現実の感覚」という絵と、「光りの帝国」という絵。
なんで岩が浮いてるの?何で鳥が空の色なの?何で部屋が石になってるの?なんで女の人の顔に花が咲いてるの?なんで鼻が伸びてるの?なんでなんで?・・・と何で?だらけだったらしいけど、とにかく面白かったとのこと。イメージを喚起できたかどうかはわからないけど、一緒にきて良かったなと思った。

わたしの感想はというと、正直いって思ったより楽しめた。抽象画とか現代アートとかに結構苦手意識があるのだけど、マグリットの絵はイメージそのものがすっと頭に入ってくるところがあって、全く違和感がなかった。
絵のわきにマグリットの言葉らしきプレートがつけられていて、その中でも、
「私の作品とは目に見える形の考えなのです。その考えは世界が私に与えてくれる像によってのみ形成されます。そしてその像はある秩序で集結され謎を呼び起こすのです」という言葉が印象的だった。
本来あるべきではない場所に対象を持ってくる(つまり岩が空中に浮いていたり魚が空を飛んでいたり)手法をデペイズマンというらしいのだけど、彼のそういう描きかたは彼なりの哲学というか考えに基づいたものだということが何となくわかった。顔の上に鳩が乗っていたり、女の人の顔に花が描いてあったりする絵をマグリットは多く描くのだけど、それは通常ではない描きかたで対象を隠すことによって見えてくる何かを描くためだったんじゃないだろうか。
隠すことによって、通常とは違うものを描くことによって、それまで見えなかった謎なり、違う面の世界を見せたかったような気がする。
そういうことを思いながら絵を見ていたら、ルネ・マグリットという人が、どんな人だったのかということが、よくイメージできるような気がした。

「マグリット展」を見終わってから常設展の方へ行った。
いつもと同じように、モジリアニの「お下げ髪の少女」とシャガールの「二重肖像」を見た。お下げ髪の少女は相変わらず何か問いたげな目でわたしを見つめ、
「二重肖像」はいつものようにどこか寂しげな雰囲気を漂わせていた。
「二重肖像」の感想を書こう、というコーナーがあって、コドモは二重肖像を見た感想を書いた。結婚式のドレスをきているのに何だか暗いね、このヒトタチ・・
とコドモは言った。

帰り際、大きな吹き抜けのホールでミュージアムコンサートがやっていた。ショスタコーヴィチの弦楽四重奏第8番ハ短調。チェロとビオラとバイオリンが2人、全員女の人だった。弦楽器の生の音をこれほど近くで聴いたのは初めてだったので、すごく感動した。楽器が作りだす音の震えが空間いっぱいに広がって、全体を覆っていた。素晴らしかった。

美術館を出て、ちょっとLoftで寄り道をし、ハーゲンダッツでアイスクリームを食べた。コドモはフローズンヨーグルトのペア(わたしは知らなかったのだけど洋梨のアイスクリームらしい)わたしはメープルウォールナッツとオレンジ&クリームのダブルを頼んだ。

帰りは足が痛いーと騒ぐコドモを引っ張りながら駅まで歩き、JRに乗って帰った。駅に迎えにきた連れ合いが、「どうだった?かーさんとのデートは?」とにこにこしながらコドモにきくと、コドモは「デートじゃないもん」と言いながらも「楽しかったよ」と笑いながら言った。たのしい1日だった。


2002年09月07日(土) 無題

午後、部屋が急に暗くなったと思ったら、間もなく大粒の雨が落ちてきた。
空が白く光り、激しい雷鳴が轟いた。
突然停電などになってはたまらないので、それまでつけていたPCの電源を切る。
お湯をわかしてお茶を入れ、ぼんやり外を眺めながら飲んだ。
久しぶりの雨。久しぶりの雷。
そんな午後。


2002年09月05日(木) 煙草には興味無いけど

Yさんに会った。前から行こう行こうといっていたお店があって、今日やっといくことができた。通りすがりに偶然Yさんが見つけたところなのだけど、すごく面白いところだった。ポール・オースターの「スモーク」に出てくる、オーギー・レンの店にすごくよく似ている。食べ物屋なのだけど、壁一面に煙草の銘柄が並んでいる。奥のスペースには小さな小部屋があって、葉巻だとか見た事の無いパッケージの煙草が所狭しと置かれている。店の作りは余り広くなくてテーブルが2つと、4,5人座れそうなカウンターがあるだけ。交差点の角地にあるお店で、そこらへんも映画にでてくるお店と似ている。ここの店主も早朝、決まった時間に三脚をとりだして写真を撮ったりしてるのだろうか?
カウンターもテーブルも床も窓枠も木が使われている。大きな窓からは通りが良く見渡せて、すごく明るかった。こんなところが近所にあったらいいのにな、いっそのこと作っちゃおうか?なんて話す。ただし壁一面に置くのはタバコじゃなくて本かもしれない。
二人で昼食を食べながらいろいろ話した。スーツ姿の男ってどこか良いよね、というYさんに「どこが?」なんて突っ込みをいれたり、コーヒーを飲みながらわたしたちってさびしいもの同士だよね、「うんうん・・」なんて頷き合ったり。

帰り際、少しお店の人に話を聴いた。3年前からこのスタイルでやっているのだそう。その前はパン屋をやっていたらしい。「スモーク」という映画に影響されてこういうスタイルにしたんですか?と聴くと、そうではないとのこと。たまたま角地で、たまたま煙草とか葉巻とかを扱うのが好きだっただけでとその人は言った。

とにかくすごく感じの良いところだった。夜はBARになるらしく12時までやっているとのこと。またいってみようと思う。


2002年09月04日(水) 悪夢

このところ嫌な夢ばかりみる。
昨日は溺死体に池へ引きずり込まれる夢をみた。

池のほとりに立って、ぼんやりと池の水面を見ていた。そのうちゆらゆらと白い手が漂ってくるのが見えた。藻や水草に隠れて手だけしか見えなかった。すごく白くて華奢で間違いなく女の手だった。
なぜか夢の中のわたしは手を伸ばしてその女の手を握り、引っ張り上げようとする。引っ張るうちに腕が見え、頭らしきものが見え始めた。髪は肩までの長さで、
白い布が体に巻きついている。うつぶせの状態だったので顔が見えない。
上半身を引き上げたところでわたしはあることに気付く。握っていたはずの女の手に力がこもっている。それに気付いたわたしはびっくりして女の手を離そうとする。でも女は今度はとてつもなく力をこめてわたしの手を掴み、ぐいぐい引っ張る。女は顔を伏せたまま、わたしの手をしっかり握り水中に沈んでいく。
徐々に池の中に引きずり込まれる。足、膝、肩。
そしてもう少しで頭が水の中に入ろうとする瞬間に目が覚めた。
しばらく自分がどこにいるのかわからず、夢を見ていたと気付くまで少し時間がかかった。時計を見ると夜中の3時過ぎだった。
体が冷たくしびれていた。心臓がすごい早さで脈打っていた。
怖かった。
明日は悪夢を見ずに眠れるだろうか。


2002年09月02日(月) 明治の文芸世界について考える

近代日本文学史のレポートを書いている。(このまえ書いたのは近世日本文学史)
課題は、「没理想論争」「宣言一つ論争」「『話らしい話しのない小説』をめぐる論争について、各論争が行われた年代、当事者、論争に至るまでの経緯を述べ、それぞれの文学史上における意義を書け、というもの。

没理想論争?宣言一つ論争?なんじゃそれは、って感じで何も知らなかったため、その論争自体を把握するのにだいぶ時間がかかった。
没理想論争というのは坪内逍遥と森鴎外との間で行われた論争。没理想という言葉は坪内逍遥がシェークスピアの偉大さを評して用いた言葉で、作者の主観を排して無心に事象を描写することをいうらしい。(ようするに写実主義ということか?)それに対して森鴎外は、芸術(文学も含む)は美的な理想の具現であるとし、理想なくして芸術は成り立たないと批判、近代最初の文学論争となった…簡単に書くとこういうことなのだけど、いまいちよくわからない。テキストや文献の文章がすごく難解でまわりくどいため、噛み砕いて理解するのにすごく時間がかかるのだ。
(たんに物分りが悪いだけなのかもしれないんだけど・・というか実際そうなんだろうけど)それでも自分が全く知らない未知の世界が、徐々に明るく照らしだされていく感触というのは悪くない。腰をすえて勉強しようと思う。


2002年09月01日(日) 創作

そうやって読みかけの本を伏せる癖、やめたら?
肩を並べて、ふたりであてどもない読書をしているとき、彼はしばしばわたしにそう言った。彼は本をとても大事に読む人だった。そういうことに無頓着なわたしは、よく言われたものだ。
確かに本をふせるのはよくない。本が痛むというのもわかる。
よくないとわかっているのだけど、気がつくとまた読みかけの本をふせてしまう。
そうすると彼が言う。また、ふせてる。本は大事にしてあげなきゃ。
わたしは、不承不承本を拾い上げ、どこかに仕舞いこんであったしおりをひっぱりだし本の間にはさむ。それを見て、彼はにっこりと微笑む。


部屋には大きな本棚がふたつある。ひとつはわたしの本が入っていて、もう1つは彼の本が入っている。壁一面に隙間なく2つの本棚が並んでいる。部屋には本棚以外ほとんど何も置かれていない。わたしたちはよく反対の壁にもたれて本を読んだ。ひとりで読むこともあれば、ふたりのときもあった。言葉を交わすでもなく、意見を言うあうでもなく、わたしたちは別々の本を読み、別々の世界を自身の頭の中に構築していた。それはそれで満ち足りた時間だった。そういう時間を誰かと共有できることはこの上ない幸せと安堵感をわたしに与えていた。そう、わたしはしあわせだった。
わたしの本棚にはほとんど英米文学の本が並んでいる。スコット・フィッツジェラルド、ウィリアム・フォークナー、スウィフト、ポール・オースター、アーウィン・ショー・・。彼の本棚には、主に歴史小説や、古本屋などで集めた珍しい初版本などが彼の性格そのままに生真面目に並んでいる。わたしの本棚はそれに比べて乱雑きわまりない。本が横になったり縦になったりしてひしめきあい、ぱっとみただけではどこにどの作家のものが仕舞われてあるかわからない。本の表紙はすりきれ、ところどころ破れているものもある。
彼はよくそんなわたしの本棚をみて、感心とも呆然ともつかない溜息をつきながら言った。
「まったく、君そのものを表してるね、この本棚の中身・・。」
でも、わたしはわたしなりに本を愛していた。本それぞれに思い入れがあったし、
自分なりに大事にしていた。彼は一度読んだ本は読み返さず、大事に本棚に仕舞いこむ人だったが、わたしは気に入った本は何回も読み返した。表紙がすりきれるくらい、何回も読んだ。子供の頃から繰り返し読んでいる本もある。いつでも読めるように常にバックの中に入れて持ち歩いていた本もある。そんなふうにしていつも身近に置き、痛もうがすりきれようが構わずがむしゃらに読む、それがわたしのわたしなりの本への愛情だった。彼はそんなわたしなりの本へのアプローチを理解してくれていたと思う。もうちょっと大事にしてあげたら?とは言っても、決して非難がましいことは言わなかった。
その彼が今年の春、突然交通事故で死んだ。
信号のない交差点を渡ろうとしたところを、余所見をしていたトラックの運転手にひかれたのだった。うそみたいなほんとうの話だった。病院から電話があったときも、集中治療室でしだいに息が細くなっていく彼の姿を見ていたときも、わたしはそれが本当のことだとは思えなかった。現実が遠のき、何もかも虚構に見えた。
彼の体が焼かれ、ひとかたまりの灰と真っ白でからからに乾いた小さな骨だけになってしまったときも、わたしはうまくその現実と向き合うことができなかった。涙だって出なかったのだ。
わたしたちは身よりのないもの同士だったから、お葬式もほんのまわりの近しい人達だけですませた。何もかもがあっけなかった。
あっけなさすぎて、彼がこの世に存在しないということがよくわからなかった。
どこか遠くへ仕事か何かでいってるだけのような気がした。
彼の身のまわりのものは、ほとんどそのままにしておいた。服もはぶらしも茶碗もカップも、枕もスリッパも。そうしていれば、また彼がもどってくるような気がしたから。
そんなことはありえない、と、心のどこかで誰かがいっていた。彼は死んでしまったのだ、ひとかたまりの灰と、小さな骨だけになってしまったのだと。もうもどってはこないのだと。でもわたしはいつか彼はもどってくるのだ、と思うのをやめられなかった。そんな分裂した感情をわたしは持ちつづけ、そして疲れ果てていた。
じわじわとした暗い影はわたしを凌駕し、包み込み、どこか遠い場所へわたしを連れていこうとしていた。


初秋の穏やかな午後のことだった。
玄関のドアベルがなったので出てみると、宅配便の人が立っていた。
「お届け物です」
その人はそういって小さな紙包みをわたしにくれた。
宛名をみると、彼の名前が書いてある。小さな長方形の包み。ちょうどハードカバーの本くらいの大きさ・・。ハードカバー?、…本。
包みを破って中をみてみた。
中には1冊の本が入っていた。一緒にメモ用紙みたいなものが同封されている。
「…さま。先日ご注文の本がようやく入荷致しました。長い間お待たせして申し訳ありませんでした。今後もご注文、ご要望等ありましたら、いつでもお申しつけ下さい。・・書店」
それは彼がしばしば口に出して、手に入れたいといっていた本だった。
あちこちの古本屋へでかけ、ずっと探していた本だった。
わたしは彼の口から何度かその本のことをきいた覚えがあった。
「…すごく美しい本なんだよ。深い臙脂色の布張りの本でね。ずっと前に絶版になってしまって、数がすごく少ないんだ。うん?・・ああ君の興味を惹くような本じゃないよ。ある科学者のことを書いた本でね、1930年頃の話さ。僕はそんな本が好きなんだよ。世の中のあり方やその時生きていた人のことがありのままに書かれているような本。おとぎばなしや、とてつもない空想の世界なんか、僕にとってはあまり意味がないんだ。本当の話、事実、史実、ひとつなぎになっている歴史世界、そういうものに僕はひかれるんだな。君が、「ラスト・タイクーン」の古き良き30年代に惹かれるのと同じようにね…。」
彼はそんなふうにこの本のことを話していた。
しばらくしてわたしは送られてきたその本のページを捲った。
午後の柔らかい光が部屋の中に満ちて、そして少しずつその光を失っていくのを感じながら、ただ読みつづけた。
読みながら、ほんとうに久しぶりにわたしは泣いた。壊れた蛇口から流れる水のように、涙は後から後から頬を伝って流れ落ち、本のページを湿らせた。
何でわたしがこの本を読んでいるのだろうと思った。この本を読んでいるのはあの人のはずなのだ。わたしは、嬉しそうな笑みを口元に浮かべ、子供のように目を輝かせながらこの本を読む彼の姿を思い浮かべた。
でも、この本をずっと読みたがっていたあの人は、もうどこにも存在しない。ページを捲る指、文章を追って動く瞳、満足そうに微笑む口元、そのすべてはもう永遠に失われてしまったのだ。ようやくわたしは理解した。
彼はもうどこにも存在しない。

 わたしは結局3日かけて、その本を読み終えた。確かにわたしの興味のひくような本ではなかった。ところどころ読みづらいところがあったし、意味がよくわからない部分もあった。
でも、そんなことはどうでもよかった。ただ読むだけでよかった。わたしは読み終わったその本を、彼の本棚の中に仕舞った。
これからどうやって生きていけばいいのだろう。本を読み終えてわたしは思った。
彼はもういないのだということ、一人で生きていかなくてはならないのだということ、それらの事実をようやく受け入れたばかりだった。
壁一面の本たちを前にしてわたしは途方に暮れた。
そしてとてつもない孤独を感じていた。



n |MAIL