Opportunity knocks
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相変わらず雨の1日。 衣替えをしたばかりだったのに、ここ数日気温が下がって肌寒い。 押入れの中から薄い長袖のシャツをだしてきてはおる。
今日は午前中は音楽を聴きながら家事をして、午後からはピッツァの生地を作ったり、トマトソースを仕込んだり、合間に本を読んだりして過ごした。
夕方になって早めに夕食の準備。 発酵を終えたピッツァの生地を薄く延ばしてトマトソースをぬり、 モツァレラチーズとバジルとトマトをのせてオーブンで焼く。 ピッツァ・マルゲリータのできあがり。 あときのこのクリームソースのタリアテッレも作る。
夕食をたべながら(ビールも飲みながら)サッカー観戦。 ロベルト・カルロスはクールだとか、ロナウドの顔っておもしろいね、だとか 荒野の七人の中にカーンに似た人いなかったっけ?だとか、クローゼは女の子を泣かしそうなタイプだだとか、リヴァウドはおっさんくさいだとか、3人で結構好きなこといいながらみた。
でも、やっぱり世界最高の技の数々には言葉もなかった。 ロベルト・カルロスからのクロスのロングパスが、ゴール前にいたロナウド(リヴァウドだったかな)の目の前に通ったときはほんとうに感動した。
W杯も今日で終わりなんだなぁ。 何がいちばん心に残っているかというと、やっぱり日本戦の鈴木の初ゴール。 まさにもぎとったっていう感じのゴールだったし、前へ前へという激しいまでの 気迫を感じたゴールだったから。
今月はあまり本も読まなかったし、映画も観なかったし、レポートも進まなかったけど、でもサッカーの試合を見て、いろいろ感化されることがあった。 そういう意味で有意義な1ヶ月だったのかもしれない。
さー、明日からまたがんばろ。
| 2002年06月29日(土) |
とうとう明日で終わり |
3位決定戦が終わった。
トルコが試合巧者なのか、韓国の集中力が途切れてしまったのか、 結局、韓国はベスト4で終わった。 人は無意識のうちに自分の力の限界に対してラインをひいてるのかもしれない。 日本チームは決勝リーグ出場まで、韓国チームは準決勝まで(北朝鮮を上回る成績)という感じに。 それを越えてしまうと、人は途端に集中力をなくすのかもしれない。 そしてそれがそのチームの総合的な力なのかもしれない、そう思った。
明日はとうとう決勝戦。 ロベルト・カルロス、ロナウド、リヴァウド、ロナウジーニョのオフェンス対 ドイツのキーパー、カーンのディフェンスがとてもたのしみ。 ピッツァでも齧りながら見ることにする。
レポートで悩む。 自分の文章が拙いことがよくわかっている。 だからなかなか先へ進めない。
すごくもどかしい。 喉の奥にものがつかえて飲みこめない感じによくにてる。 あるいはかゆいところに手が届かない感じ。
フラストレーションがたまる。
いっしょうけんめい、考える考える考える・・ けれども同じ所をぐるぐるまわってるだけで、ちっとも まえへ進んでいかない。
ためいきがでる。
また本読みに逃避。
| 2002年06月27日(木) |
訳すことって、おもしろくてむずかしいものだね |
このまえ買った「佐藤君と柴田君」の中で面白い話しがあった。
ある男の話
ある男に2人の妻がいて、一人は若く一人は年をとっていた。若い方の妻と一緒に寝ると、妻は夫も自分と同じように若く見えるよう、夫の白髪を抜いた。年取った妻と寝ると、妻は夫も自分と同じように歳とって見えるよう、夫の黒髪を抜いた。おかげで男はまもなく禿げてしまった。
柴田君はこの英文を学生達に3回読んで聴かせ、日本語で内容を書いてもらうという 試験を行ったそう。 1度読んだだけで何人かの学生がニンマリし、2度目でわかった学生は得意そうにくっくと笑ったが、3度目を聴いても何がおかしいのかわからない学生は顔を引きつらせていたそうだ。
その試験の答案がいくつか書かれていて、柴田君のコメントがそえられてるのだけど、それがむちゃくちゃおもしろいのでまた抜粋してみる。
「ある男に2人の妻がいて、若い妻は、白髪の年寄りの妻と違い、髪が黒いので一緒に寝ると暗闇で髪が目立たないので退屈する」
・・・夫婦というものが暗闇で一緒に何をするものなのか、どうもよくわかってないらしい。。
「人は『若い』と『老い』という2つの言葉を持っているが、たとえば白髪であれば年寄りで、黒髪であれば若いということはなく、それは、心の持ちようによって決まるのである」
・・・とにかく何でも教訓に還元すれば許されると思っている学生が結構いるものである。。
「ある男は2人の妻がいて、若い方の妻は黒髪で歳をとった方は白い髪で、ある日若い妻の方に頭を向けて寝たら、黒い髪がかかって目をさましたら真っ暗だった
・・・それがどうした!
「ある男は、若い妻と休む時に白いベッドに寝て頭を黒く見せ、年とった妻と休む時は黒いベッドに寝て頭を白く見せた。まもなくその男ははげた」
・・・シマウマかお前は!
そして極め付き。
「年寄りと若いのと、2人の妻がいる男がいた。若い方は白い服で、男が黒髪で若いように見せ、年寄りは黒い服で白髪で年寄りのように見せたら、男は発狂してしまった」
・・・こんな答案ばかりだったら僕だって発狂してしまう。。
読みながらくくくっと笑ってしまった。 でも、記述されたものを読むのではなくて、口述された英文を聴きとって訳すところが、さすが東大の試験だなあと感心する。 わたしだったらもっと途方もない訳を堂々と答案用紙に書いてしまうだろうな、 と思う。
因みにこの話しは柴田氏の創作ではなく、シリアの民話なのだそうである。
| 2002年06月26日(水) |
誕生日の日のひとりごと |
今日はコドモの12回目の誕生日。 あっというまだったような気もするし、長かったような気もする。 誕生日ケーキを作りながら、いろんなことに想いを馳せた。
12年前の今日、あの子は生まれてきたんだなあ。 予定日より3週間も早く生まれてきたんだよね。 (それはなぜかというと、まえの晩、無性にかきごおりが食べたくなって、 夜遅くファミレスに走ったからだと今でも確信している) 夜中の3時、布団が冷たくて目が覚めたら破水してて、 どうなることかとすごくこわかったよ。
お昼近くになって猛烈に御腹がいたくなって、腰も頭も手も足も皮膚も爪も、 なにもかも痛みだして。ちょっと離れたところから「笑っていいとも」のオープニングが流れてきたのが異常に腹ただしくて。ひとがこんなに苦しんでるのに、いいともおおおーなんていってんじゃねーよ、とか想って。
そのうちわけがわからなくなって、あたまの中が真っ白になって、 なにもきこえなくなって。 そしたらあの子が泣く声がきこえたんだよね。 ふぎゃーふぎゃーと。
生むって決意して、わたしの意思でこの世に生まれてきた子ども。 最近、こにくたらしいことばかりいうようになってきたけど、それでも、 この世の中でいちばん大切なものは何かときかれたら、間違いなくきみだっていえるよ。 お誕生日、おめでとう。
ビレッジ・ヴァンガードが近所にできたのでいってみた。
こまごまと並べられている雑貨コーナーは素通りしてブック・コーナーへいく。 置かれている本の量は普通の本屋より明かに少ないのだけど、 置いてある本の内容はかなり充実(ある種の人にとっては、かもしれないけど) していた。 NARA NOTE、河合隼雄さんと吉本ばななさんの対談集、レクレク、 ユリイカなどなど、手を伸ばした本や雑誌がかなりあった。(ウチまで持って帰れないというのが悲しかった)
文庫の方も読みたい作家のものがほとんど置かれてあった。 (オースターなんか文庫になっているものはすべて揃ってたし)
さんざん迷った挙句、文庫を2冊買った。 「佐藤君と柴田くん」佐藤良明、柴田元幸氏著と、「椰子・椰子」川上弘美著 「佐藤君と柴田君」は流石、日本最高峰の英文学者のお二人ということで、英語に関するさまざまな話、東大の講義に関する話などなど興味深い話ばかり。 ちらっと各項のタイトルをあげてみると・・・ 京浜工業地帯のターナー、Junking in the USA、発生の政治学、やさしさへのきびしい眼ざし、progressとproceed などなど。 英辞書とミルキーを傍らにおいてじっくり読むことにする。
「椰子・椰子」の方は・・・何といっていいかわからない、不思議な本。 日記形式になっているのだけど、書いてあることは非日常というか、非現実。 感性だけで文章を書くとこんな感じになるのかもしれない。 山口マオという人の挿絵がすごく良い感じで文章にとけこんでいる。 とにかく想像力が刺激される本。
読書ってほんと素晴らしいなあ、と思う今日この頃。
久しぶりに朝から雨降り。 糸のように細い雨が雲間から真直ぐに落ちて、 辺り一面を灰色にしていた。
何もすることがない日の雨降りがすき。 雨の音を聞きながら本を読んだり、誰かのことを思ったりするのがすきだ。
薄暗い部屋の中で、あたたかいお茶を飲みながら 「頼むから〜」の続きを読む。 どの短編も好きだけど、中でも ”ダイエット騒動””ジェリーとモリーとサム”が印象に残っている。
彼は声にならない呪いの言葉を吐いた。俺はなんて主体性のない男なんだ。
ずしっときた。
| 2002年06月23日(日) |
The answer is blowin’ in the wind |
久しぶりにPPM(ピーター、ポール&マリー)なんかを聴いてみる。 「風に吹かれて」はボブ・ディランよりもジョーン・バエズよりも さらりとしたPPMの方が好き。 あの曲にはそっちの方が合っているような気がするんだけど、個人的に。
とにかく、今の時期には意外とおすすめです、PPM。
余談。 7月に出るCDの新譜、結構買いたいのがいっぱいあって悩んでいる。 エゴラッピン、パリス・マッチ、あと、某HPで教えていただいたレッチリの新譜(試聴してみたらかなり良かった、夏っぽくて熱そうで)などなど。
うーん、悩む。
心地良い風が吹いていた夕方、 早めにご飯をすませたあとぼんやりお茶を飲んでいたら、 東の空に月が浮かんでいるのが見えた。
薄暮のなか、白く輝いていく月をずっとみてた。 刻一刻とかわっていく空の色も。
何をみてるの? とコドモにきかれた。
月と空。 とわたし。
ふうん。とつまらなそうなコドモの声。
そりゃそうだろうな。 月と空なんて。
でも、そんなふうに何かをぼんやりと眺めたくなるような気持、 大人になったらよくわかるようになるよ、きっとね。
先日友達に本を貸した。 村上春樹さんの「国境の南 太陽の西」 読み終わったよ、と電話があった。
「どうだった?」 とわたし。 「なんていったらいいのか・・・」と友達。
「読み終わったんだけど、まだ読み終わってない気がするような・・・とにかくむちゃくちゃあとひく小説だね、これ。読んでも読んでもわからないところもあるし、で、わからなきゃいいって思うかというとそうでもなくて、何となくそのわかんないとこがずっと気になってさ、・・・そんな感じ」 とのこと。
うんうん。わかるよその気持。 最初読んだときそう思うんだよね。 なにこれ?って。 そんでもって、その、なにこれ?っていう部分が頭のどこかに残ってしまうんだよね。ずっと。
それがなんであるかがわかるまで、ずっと気になって、 ずっと心にひっかかって・・・
解明されることなんてないんだろうな。 ずっと気になり続けるんだろう、きっと。
1ヶ月に何度か、山の岩清水のように文章がわきでてくるときがある。 あ、きたな、と思うといっきに文章を書く。 レポートもたいがいその時期に集中して書いている。
それ以外の時期にはあまり書かない(というか書けない) 本やテキストを読んだり、何かを見たり感じたりということに集中している。 そういうものがある一定の限度に達すると、書こう、という衝動になってでてくるわけだ。
たぶん、自分の中でもやもやぐるぐるふわふわむにゅむにゅしているものを きちんと系統立てて整理するのに時間がかかる方なのだと思う。 入ってくるものが多かったときなどは特にそう。 咀嚼して消化するまでに時間がかかってしまう。 何かを体験して強烈なものを感じても、いったん自分というフィルターにかけないと、文章という形にできないのだと思う。
それってやっぱり自分の傾向のひとつなのだろうか。 ただたんに文章の構築力、物事に対する理解力のなさからくるものなのだろうか。 たぶん両方なのだろうな。
梔子が咲いたからとりにおいで、とお義母さんから電話があったので さっそく頂きにいった。 いつもながらすごく良い匂い。 あまくて、でも、すがすがしくてちょっと高貴な香り。
水盤に生けていたら、連れ合いが帰ってきた。 「梔子、咲いたんだ。」 とうっとりしたような顔で梔子を見る。
うちの連れ合いは梔子の匂いが好きだ。 梔子の匂いのような女性が理想なのだそう。 とすると、わたしは梔子の香りのような女性ということになるわけか。
ん?・・・どうも違うらしい。 おまえは花にたとえると・・・そうだな、・・・うーんなんだろう。 ・・・うーん、でもとにかく梔子じゃないことだけは確かだな、うん。 とのこと。
ねえ、それってどういう意味なのかしら。 理想の女性はほかにいるっていうこと?
ふん。
どうせ梔子とは程遠いキャラですよ、わたしは。 どうせ、たんぽぽとか、ぺんぺん草だとかの雑草系ですよーだ。
なんてことを日記にかくつもりではなかったのだけど、 何となく書いてしまった。
何となくついでに、今日発見したものをみなさんに紹介することにする。
何週間か分の新聞を整理していたら、こんな記事があった。 「金鯱号、再び!」 何々?と思って読んでみた。
名古屋港で活躍していた遊覧船、金シャチ号はそのつとめを終えた後、 再び人々のために日夜活躍!
端折って言うと、金鯱号というのは名古屋港で最近まで使われていた遊覧船である。金鯱号にのって名古屋港を一巡り、というのが売りだったらしいのだけど、あまりの不人気さと維持費の高さのため、とうとうその観光コース自体がなくなってしまったらしい。金鯱号はその後出番もなく港の倉庫で眠っていたのだけど、今度、愛知県常滑沖に建設中の新国際空港の建設関係の資材や、そこで働いている人達の運搬のために、再び出動することになったとのこと。 しかし、空港建設が順調にいって、運搬用の鉄道が作られればその時点で金シャチ号はまた無職状態になるらしい。
金シャチ号→http://www.geocities.co.jp/MotorCity/9254/GOLD_SHATI1.jpg
しかし、わたしにいわせると、大体がこんなものを作る事自体どうかしていると思う。誰がこんなものに乗りたいと思うだろうか。 何かひとつのものをやたらとありがたがって、それのみにつながっていこうとする このへんの人のやり方にはほんとにうんざりする。
金のシャチホコがそんなにえらいのかー。
と声を大にして言いたい。
・・・もう、今日は訳わかんない日記になっちゃったな。 明日はシゴト休みの日。 本でも読みながら、久しぶりにゆっくりしよう。
日本戦が終わった。 脱力感。 とにかく、よくここまで戦ったと思う。 そして、日本のレベルをここまで押し上げた選手のことを、 同じ日本人として誇りに思う。
それにしても最後の、対トルコ戦の布陣にはちょっとおどろいた。 鈴木と柳沢を下げて、西沢のワントップと三都主のスタメン出場・・・。 トルシエさんにはトルシエさんの考えがあったんだろうな、たぶん。 今期限りで退任ということで、何らかの課題を日本選手に残しておきたかったのかもしれない。
トルシエさんはしばしば「野心」という言葉を使う。 そして、トルシエさんをみてると、その言葉がかなりしっくりくる気がする。
「野心」という言葉を広辞苑でひいてみた。 �′肱気了劼録佑忙瑤錣譴討盪殻遒鯔困譴此�馴れ親しまないで、飼い主をも害しようとする荒々しい心を持つところから、人に馴れ服さないで、ともすれば害しようとする心をさす。 �⊃畔�不相応の大きな望み。 �B腓�な飛躍を望んで、新しいことに大胆に取り組もうとする気持。
今の時代、大きな望み、大胆なことに取り組もうとする気持、という点からいうと、野心を持つ人は結構多くいると思う。 でも、山野を忘れぬ山犬や狼みたいに、人の思惑をも省みず自分の望みのためには 何を犠牲にしても構わない、というくらいに荒々しい心を持った人はそう多くないのではないだろうか。人の和や協調性を重視する国民性を持っているだけに。
トルシエさんのいっている「野心」というのは、大きな望みを持てということもあるのだと思うけど、それ以上に、なにものにも左右されない自分個人の気持を持て、ということのような気がする。
スポーツで一流になるためには、そのくらいの強いモチベーションが必要なのかもしれない。ううん、スポーツに限らず何事もそうなのかもしれない。
その点、韓国の選手は野心を持っていたように思う。 試合を見ていても、どこか日本選手とは違うような気がした。 勝負にかける集中力が違っていた。
これから次のドイツ大会まで、トルシエさんのいうような「野心」を持ちつづけていけるかどうか、それがひとつの課題なのかもしれない。
とにかく、良いものをみせてもらえたと思う。 それで感じたこと、学んだことを自分の糧にしていきたいと思っている。
| 2002年06月17日(月) |
R・カーヴァーについておもうこと |
R・カーヴァーの「頼むから静かにしてくれ」を読む。 仕事がない飲んだくれ亭主、ぱっとしないレストランで働いているウェイトレス、 家庭崩壊している家の子供、ホワイトカラーを夢見るしがない夫婦、 そんな人たちが送っている、何気なくて少し切ない日常をカーヴァーは淡々と書いている。 物語的に何らかの飛躍があるわけでもない。 登場人物はどこへもいかない。 自分たちをとりまく世界の中で、限定された世界の中で生きている。 カーヴァーはそんな人たちのことを、ただ書きたかったのかもしれない。 そんな人たちの中に自分の一部を見ていたのかもしれない。 そんな率直さを文章のなかに感じた。
わたしはカーヴァーの文章をそうやって客観的に読むことができなくて、 今まで結構遠ざかっていたのだけど、今になってやっとすんなり読めるようになってきたように思う。少しずつほかの作品も読んでいこうと思っている。
酷い夢をみて飛び起きた日曜日の朝。 夢だったんだ・・・と安堵の溜息。 内容は・・・あまりに酷い夢なので割愛。
ふと横を見ると、連れ合いがいない。 朝帰りとは、いい度胸してんじゃん、 と思いながら起きあがると、玄関から足音。
「こんな時間までどこほっつきあるいてんの、まったく」 (怒りのほどがわかる発言)と声をかける。 「え?あ、起きてたんだ、早いねえ、あはは」 「・・・・・」(N、しばらく無言) 「だから、どこをほっつき歩いてたかってきいてんのっ(怒)」 「えーっと、Kといつものとこ行って、4時くらいまで一緒にいて・・・ それからどうしたんだったかなぁ・・・そうだ、Kと別れてから眠くなって、車の中で寝ちゃって、気がついたら朝になってて・・・・(上目遣いにわたしを見る)」 「ふうん、そうなんだ。でもそうだとしても20代前半のワカモノじゃあるまいし、いい大人がやることでもないよね。そういうことって。」 「・・・・・」連れ合い、しばらく無言ののち、 「ごめん、ごめん、ごめーーんっ」と連呼ながら布団に直行。
その、子どもじみた振る舞いにすっかり戦意喪失してしまい、 何も言う気がしなくなった。やれやれ。
昼ご飯を食べてから、ぴくりとも動かずに眠りこけている連れ合いを放置して、 コドモと一緒に買い物にでかける。 前から気になっていたシャツを思いきって買う。うすいグリーンの柄物のシャツ。 無印良品に行ったら綺麗な色のネイルエナメルがあったので、それも買う。 ワインのロゼみたいな色した透明のエナメル。
帰りに図書館に寄って本をいくつか借りた。 「孤独な旅人」J・ケルアック、「頼むから静かにしてくれ」R・カーヴァー、 「蛇を踏む」川上弘美、「明暗」夏目漱石、「未亡人の一生」J・アーヴィング。 「ケンタウロス」J・アップダイク、などなど。 コドモは、「衣食住に見る日本の歴史」(平安時代編と江戸時代編)という本を借りていた。最近彼は歴史フリークで、日本史世界史問わずいろんな本を読んでいる。
帰宅後、洗濯物をとりこみ夕食を作り後片付けをしアイロンをかけお風呂に入り、といった感じで目まぐるしく時間が過ぎた。 そして、恒例になったかのようにサッカーを観る。スペイン対アイルランド。 絵にかいたようなセットプレイで先制したスペインがそのまま持っていくかにみえたのだけど、試合終了間近にアイルランドがPKで同点ゴール。延長戦で決着がつかずPKになる。アイルランドはプレッシャー負けで3人連続でキックをはずしてしまい、無難にきめたスペインがついに勝利。かなり見ごたえのある試合だった。
お昼にやっていたスウェーデン対セネガルは、なんとセネガルの勝利。 ヒールキックのパスからのシュートには、ちょっと感動。すごい。 ヨーロッパとも南米ともアジアとも違う、独特の雰囲気があるような気がする。 (シュミレーション行為でイエローカードをもらった選手が、悪びれもせず、ばれたか…みたいな感じでにこにこしてたのには笑えたけど) 日本対セネガルの試合、みてみたいなぁ。 とりあえず、トルコ戦。がんばってほしいと思う。
こうやって書いてみると、日記的な1日だったなぁとおもう、なんだか。 さあて、ねじまき鳥〜の続きを読みながら寝よう。 おやすみなさい。。
静かな土曜日の夜。 連れ合いは友達とでかけてしまったし、 コドモは9時過ぎに早々と寝てしまった。
何となくラベンダーの匂いがかぎたくなったので、 お気に入りのアロマポットに水を入れ、ラベンダーの エッセンシャルオイルをたらしてキャンドルをつける。
湿った空気の中に、少しずつラベンダーの匂いが広がっていった。 草っぽいような何ともいえないこの匂いが昔から好き。 今くらいの時期に山へいくと、ちょうどこんな感じの匂いがする。 むせかえるような草の匂い。
さあて、ねじまき鳥でも読みながら(夏が近づくとよみたくなるのだ、なぜか) 寝ちゃおうかな。
日本勝利!!! 負け無しで決勝リーグ進出!!! うれしー!!!!
試合の前まではどうなるかわからない、と思ってた。 なんせ、ロスタイムでW杯の出場を逃した国だから。 終わるまで、勝つまでは安心できないって思ってた。 でも、終わってみれば2-0で圧勝。 すごすぎる・・・。
しかしなんでこんなに強くなっちゃったんだろう。 前回、予選3戦3敗でたった1点しかあげられなかったチームだよ? それがそれが、1位で予選通過なんて。
フィジカルな面ももちろんだけど、精神的な勝負強さみたいなものが 前回とは比べものにならないくらいすごい。1人1人の意識がすごく高い気がする。 これはやっぱりトルシエさんの指導力の賜物なんだろうか? 地の利ということを考えても、やっぱりすごいと思う。
韓国もなんと1位で予選通過。 共催国としてすごくうれしい。 2国が共催でワールドカップを行うというのはあまり例がないことなのかもしれないけど、今回韓国とこういう形でやれたということは、とても意義があることなのではないかと思う。 実際、ウチのコドモなんかもろ影響を受けて、韓国のことにすごく興味を持ちだしている。これを機会に2国間の距離もぐっと狭まるのではないだろうか。
アジアのサッカーはここまできたんだよ、ほんとすごい。 感動感動の1日だった。
ワールドカップの予選で番狂わせが続いている。 フランスに続いてアルゼンチンが1次リーグ敗退。 強者としての奢りがあったのか、それとも強者とよばれることのプレッシャーがあったのかわからないけど、勝負はみずものというか蓋をあけてみないとほんとうにわからないものだな、と思う。
順当に勝ちあがったブラジル、スペイン、あたりがやはり優勝候補なのかな。 調子があがってるドイツやデンマーク、イングランドあたりがそれに絡んできそうな感じ。
スポーツ観戦は好きな方だとおもう。 我を忘れて、ひとつの方向にむかって突き進んでいる人の姿をみるのが好き。 勝つか負けるかのどちらか、結果がはっきり出るのも好き。
明日は早めにいろんなことを片付けて、日本戦をみることにする。 あー、たのしみ。
今日も昨日にひきつづき眠い。。 眠いけど、書いておきたいことがあるので、 目をこすりこすり書く事にする。
今日の午後アイ・アム・サムをみにいった。 感傷的に観る事はやめよう、と思って見たのだけど それでも涙腺が刺激されてたいへんだった。
主人公のサムは知的障害者(7歳程度の知能の持ち主)とあったけど、 かなり自閉的傾向が強い感じに見えた。砂糖の袋の色分けにこだわったり(主人公のサムはスターバックスで働いている)いつもの習慣を乱されたり、自分が把握できない状況に陥ると、激しく感情を乱してしまう、これは自閉特有の症状である。そんな男性が子どもをたった1人で育てるということは、口でいうほど簡単なことではないとおもう。 自閉的なハンデをおった人間は、認知障害によっていろいろな事態を把握することが難しくなる。例えば、人が嬉しがったり悲しがったり怒ったりする状況がうまく理解できなかったり、人が当たり前に受け入れられることがうまく受け入れられない。言葉によるコミュニケーションがとりにくい。 人が当たり前のことを話していても、自閉的傾向の強い人間にとっては、状況や話してる内容によっては、ラテン語の文法を説明されているように聞こえてしまうのだ。 裁判のかけひきや、証人尋問の時など、特に訳のわからない状態のなかでは、言葉が不協和音となって彼の頭の中をこだましたに違いない。 そんなサムの内面を、ショーン・ペンはすごく忠実に演じていた。
障害者であっても人を愛したり、何かを慈しんだりすることは健常者と変らない。 でも、それだけじゃ子どもをそだてることはできない、と周りの社会は考える。 子どもに必要なものを与えられない者は養育不適格者とされてしまう。 では、こどもにとって必要なものっていったいなんなのだろう。 知識、知恵? お金?、それがあれば表向きはOKなのだ。 でも、そんなのは親じゃなくても与えられるものだ。お金はいるだろうけど、働いて最低限の収入があれば何とかなる。知識や知恵も、子どもは柔軟な吸収力で、周りの大人や書物などから得ていくことができる。 でも愛情は?無条件で与えられる愛情は誰があたえてくれるんだろう。 そういうものがない限り、いくら知恵や知識やお金があっても、子どもは幸せになれない。子どもにとっていちばん必要なのは、何があっても自分を愛してくれるという、何の見返りも要求しない無条件の愛情なのだとおもう。
障害者と健常者の間には確かに壁があるのかもしれない。 でも、歩み寄ろう、分かり合いたいという気持があれば乗り越えていけるものだと思う。そして根本的に、見た目や行動が普通と違っていたとしても、人間として備わっている基本的なことは健常者となんら変りない、ただ表面にでてくるものが少し違うだけなのだということが、多くの人に伝わってほしいとおもう。 そういう自分も、表面的なことに左右されたり迷ったりすることがほとんどなのだけど、それでも今日映画を観て思ったことは忘れずにいようと思っている。 そして、何らかの形で実践していきたいと思っている。
あとつけくわえると、やっぱり音楽がすばらしかった。 ビートルズの曲を何人かの人(シェリル・クロウも歌っていた)がカバーしてたのだけど、すごく良かった。「ノルウェイの森」の中でレイコさんが、 「この人たちはたしかに人生の哀しみとか優しさというものをよく知ってるわね」 というくだりがあったと思うのだけど、今日の映画を観てそれがすごくよくわかった。たしかに、よくわかってるなぁ、って。 胸が熱くなった。
そんな感じですごく有意義な午後だった。
眠い。 風邪をひいた反動か、寝てばかりいる。
熱がでているときはあまりよく眠れなかった。 浅い眠りが断続的に続いて、熟睡できなかった。 眠った気がしなかった。 そんな感じがずっと続いていたのだけど、 昨日くらいからやっと普通に眠れるようになった。 やれやれと思ったら、今度は眠くて眠くてしかたない。
今日の午後も、ソファに寝転がって本を読んでいるうちに寝てしまった。 目が覚めたら5時すぎ。 一瞬自分が何をしていたのかわからなかった。 時計を見て、しばらくぼーっとしていたら、 ようやく昼寝をしていたことを思い出した。 まだ夢の中にいるような気がした。
コドモが外出先から帰ってきた。 夕飯をつくった。 魚の照り焼きとツナサラダ、白瓜の漬物、茄子のお味噌汁。 夕食後、台所で片付けをしたあと、お風呂に入って サッカーを観る。
昨日もぐっすり寝て、今日の午後も3時間以上熟睡して、 いくらなんでも眠くないと思うでしょう、普通。 でも眠たい、なぜか。 それだけカラダが眠りを求めているということなのかもしれない。 というわけで、寝ます。 ぐっすりと。こころゆくまで。
恋をしている友人が何人かいる。
幸せな恋をしている人もいれば、 八方塞で行き場のない恋をしている人もいる。 元気な人もいれば、疲れている人もいる。 それでも、恋を語るときの口調は皆同じ。 恋をしてるんだな、としみじみ思う。
恋は突然降ってくる、らしい。 たぶんそれは宿命的に逃れられないものなのだろう。 何だろう、と思うまもなく手を伸ばしてしまうのだ。 そしてとらわれてしまう。 とらわれたが最後、ひとは混乱の渦にまきこまれて 何もかもなくしてしまうのだ。 分別も、大切なものも、すべて。
いつか降ってくるのだろうか、そして何もかもなくしてしまうんだろうか。 それでも恋をするんだろうか。
初勝利!!!!!! うれしい。 柳沢のさりげなく鋭いパスも良かった。 DFの守備もよかったし、楢崎のセーブも抜群だった。
4点差の勝利だったら、北方領土を返還しても良い、なんていってたしょうもない 政治家がいたけど、ざまーみろ、とおもう。 だいたいそんなことを軽々しくいう事自体、品がなさすぎ。
とにかくこれで決勝Tへの可能性がかなり大きくなった。 さらに1位で突破できればベスト8も手が届きそうな感じ。
がんばってほしいと思う。
熱が下がった。 相変わらず咳はでるけれど、熱が下がっただけでだいぶらくだ。 だいぶ、日記さぼっちゃったな。
書けないあいだ、書きたいことがいろいろあった。 自分の中で、書きたい欲が高まってくるのがすごくわかった。 こんなにも書きたいと、自分が思うことが不思議だった。 半年近く書くことを続けてきて、ようやく書くことが自分の一部になったのかもしれない。 といっても相変わらずしょうもないことしか書けないのだけどね。。
>日記休んでるあいだ、心配してメール下さった方へ。
気にかけてくれたこと、すごくうれしかったです。 世の中のいろんな場所で、わたしのことをシンパイしてくれてる人が いるのだ、とそう思うとそれだけで元気になれるような気がしました。 ほんとにありがとう。
朝、熱が下がっていたのでシゴトにいった。 ほんとうは午後も仕事をしないといけないくらいだったのだけど、 ほかのスタッフにまかせて、早めに帰る。
夕方、また熱がでるかな、と思っていたら37度台のまま上がらなかった。 悪寒もない。咳は相変わらず出るんだけど。
夕食後、やっと書き上げたレポートをプリントアウトして、 封筒に入れる。
最後のほうなんか、もう省略しまくってどーでもいーみたいな雰囲気が漂ってる。 でも、それでもういっぱいいっぱいだった。。 比較文学の方はもう少し時間をかけたいので、来月提出になる予定。
これからはもうちょっと健康管理に気をつかわないといけないなぁ、ほんと。
明け方、頭が痛くてまた目が覚めた。 熱を測ると39度2分だった。 汗をかいていたのでパジャマを脱いで新しいものをだして着た。 解熱剤を飲んでそのまま眠る。
朝、連れ合いが、朝ご飯は自分が作って食べさせるからおまえは そのまま寝てろ、といってくれたので10時近くまで熟睡する。
目が覚めてから、レポートの続きを書く。 頭がぼんやりして、なかなか集中できない。
10時過ぎ、友達から電話。 体の方はどう?とシンパイしてくれてる様子。 話してるうちにだいぶ元気になった。
午後、熱がひいてるうちにまとめて買い物をしておこうと外にでる。 食料品を何日か分、まとめて買った。
外からもどると、郵便が届いていた。Mさんから。 paris matchのCDをわざわざコピーして送ってくれた。 さっそく聴いてみる。 ・・・なかなか良い感じ。明るくて少し感傷的で、透明感がある声。 今井美樹、もしくは小野リサの声に似てる。かなりわたし好みの声質。 そしてテンポが良くて、すっと耳になじむ。 初夏の日の午後に聴くとかなりはまってしまうんじゃないだろうか。
夕方、また熱があがってきたので早めに夕飯をたべて、薬を飲む。 コドモが結構気遣ってくれて、夕ご飯の片付けをしてくれたり 洗濯物をたたんでくれたりした。
早めに寝なさい、とコドモに言われておとなしく布団に入った。 あっというまに眠りにおちた。
夜中、咳と痛みで何度も目が覚めて全く熟睡できなかったが、 朝、熱を測ってみると、37度9分だった。 微妙なところ。 いちおう解熱剤を飲んで仕事にいくことにした。 忙しい時期だし、レセプトは主にわたしの仕事だから、 やっぱり休めない。
午前中にきりの良いところまでやれたので、お昼で帰ることにした。 うちに帰って蕎麦を茹でてたべる。口の中がざらざらして気持悪い。 昼ご飯のあと、10日提出期限のレポートを書く。 今月は比較文学のレポート2つと日本文学史のレポートをだすつもりだったのだけど、比較文学の方の2つめのレポートが完全に行き詰まったため、そちらはあきらめて日本文学史の方に集中する。
真ん中くらいまで書いたとき、また悪寒がきた。 いつもならそよそよと心地良い風が、真冬の北風のような感じ。 レポートは中断して布団にもぐりこむ。 それからのことはあまり記憶がない。 コドモにご飯をつくってあげたのはおぼえているのだけど、 何をつくって食べさせたのか、それからどうしたのかおぼえがない。 気がつくとアイスノンを抱きかかえながら布団で寝ていた。 夜中の3時。 しぼったらぽたぽたと水滴がおちるくらい汗をかいていた。 ぬれたパジャマをぬいで、新しいものをだして着た。 冷たい水を飲んで、しばしぼーっとする。 熱を測ってみたら、38度1分。 あまり下がってない。 ふらふらしながら布団に入って、また眠りについた。
仕事から帰ってきて、ぼんやりソファにすわっていたら なんだか寒気がした。 大抵の人は汗を流しているような良いお天気の午後に。 これはもしかして・・・・お燗? いや、悪寒?
薬箱から体温計をとりだして熱を測ってみると、38度5分あった。 嫌々ながら医者にいくことにした。 仕事はレセプトで忙しい時期だったし、今書いてるレポートの提出期限がせまっていたので、どうしても寝こむわけにはいかなかったのだ。
医者に行って、注射を打ってもらって(すごく嫌だったけどしかたなく) 薬貰って帰ってきたら、夕方の6時。
冷蔵庫には卵とホウレンソウとしめじしかない。 棚をごそごそさがしてみたらカニ缶があったので、ふらふらしながらも 天津飯もどきを作ってコドモにだす。 と、ここで映画「たんぽぽ」にでてくる、病気のお母さんが子どもと夫に最後の食事をつくったあと息絶えてしまう場面を思い出した。 お母さんて、そういうもんだよな、とぼんやり思った。
ご飯を作り終えたあと、そく布団にもぐりこんだ。 そのまま朝まで寝てしまうつもりだったが、何かがひっかかった。 ・・・サッカー。 そうだった、今日は日本が試合する日だったっけ・・・。 再度熱をはかったら39度1分。 TVの前に布団と毛布をずるずるひっぱって、サッカーを観る。 だいじょうぶか?わたし。
2時間後、日本チームの活躍ぶりが良かったのか、注射が効いたのか、 熱が37度8分までひいた。 でも、体の節々や背中や関節などがすごく痛い。 熱も一時ストップしただけで、またすぐにもあがりそうな感じ。
明日もこんな感じだろうか・・・と憂鬱になりながら眠りについた。
微熱、が続いている。 昨日の夜から。 胸の中から不穏な音もきこえる。 ごろごろごろ・・・。 風邪、かな。
早めに寝よう。。。
今日は夕食後、アイロンをかけながらサッカー観戦。 アイロンを振り上げながらおおっーとか、もーっとか、ふへえーとかさけぶので 連れ合いとコドモはかなり迷惑顔。 アイロンはアイロン、サッカーはサッカー、別々にやったら?なんて言われるんだけど、サッカーみてたらやらなきゃいけないことやれないし、やることやってたらサッカーなんてみれない。何てったってシュフはいそがしーのさ。
あさっては日本VSベルギー戦。 決勝Tは無理だろうという点でわたしと連れ合いの意見は一致しているのだけど、 なんとかその予想を覆してほしいとおもう。 少なくとも全力をだしきった良い試合をしてほしいな、とおもう。
| 2002年06月01日(土) |
ワールド・カップ観戦 |
コドモと一緒にわらび餅をたべながらワールド・カップ観戦。 ドイツVSサウジアラビアを観る。 技術の違いにただただ唖然。8点も入れられたサウジアラビアの選手は、いったいどんな気持ちだっただろう。 強いものが勝つ、そんな当たり前のことをつくづく思い知ったような試合だった。
それにしても空席がめだつなあ。 中にはチケットが間に合わず、目的をはたせぬまま帰国の途につく外国の方もいるそうだ。世界規模の大会でそんな事態になるなんて、お粗末としか言いようがない。訴えられても仕方ないね、これじゃ。
今のところ、こうやってわらび餅をたべながらのんびり観戦というのが いちばん平和で楽しい。 これから1ヶ月、そんな感じでワールド・カップ漬けになりそうだ。
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