文ツヅリ
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2005年06月17日(金)
★[ 02.足音]

 土方さんが見当たらなかった。

 空っぽの部屋はがらんどうになっていて、いやに広さを感じさせた。書類さえ散れてないテーブルの古びたニスが、暖かな光をそれでも強く照り返して目を刺激する。
 整然と編み込まれた畳の目はまるでパターンのようだった。
 受け身もろくに取らずに倒れると、藺の青臭い匂いがいっそう鼻孔に流れ込む。それを深く吸い込んで目を閉じた。
 無意識にアイマスクを取り出そうと、ポケットに手を伸ばした所で止めた。もともと暗闇が欲しい訳じゃない。
 開け放した障子の入口から時折、澱んだ風が入り込んでは温く纏わりついた。

(仕事をサボっているわけじゃない、土方さんの帰りを待ってるだけだ)

 誰とはなしに言い訳地味た台詞を浮かべる。
 いつ帰ってくるだろう。お人よしの貴方のことだ、通りすがりの誰かにでも捕まって用事が長引いているのだろうけど。

 今日買った駄菓子のこと、河原で見つけたがらくた、犬とガキの戯れ、それから明日のこと。
 話したい中身を思い出しながら考えていたら、いつの間にか眠り込んでいた。




 * * *





  ミシ、ミシ、


 微かに足音が聞こえてくるのがわかった。夢に浸ったまどろみの中で、人の近づいてくる気配が意識に混じる。

(土方さんだ、)

 わかるよ、
 土方さんのこと好きだから、足音ぐらいすぐわかるんだ。


  スタン、


「遅かったですねィ」
 障子が縁を走る音と同時に声をかけた。酷く抜けた声が出る。まだ目を開けられないでいた。

「え、そうですか? やる気でした、仕事?」

 返ってきた声は予想外のものだった。思わず瞼を開いたが、視界は朧だ。視線はさ迷ったが、口調は努めて平静を装った。
「待ちくたびれて寝ちまった」
「ハハ、じゃあ代わりにお願いしますね、」
 愛想笑いを絶やさずにテーブルに近づく気配、そしてその後、ある程度重量を感じさせる鈍い音は仕事だという紙の束を置いたのだろう。
 代わりという言葉の意味をぼんやり考えながら、緩やかな瞬きを交え、俺は天井を見ていた。
「副長は、」
 瞼の上がりきらないうろんな顔をそちらへ向けると、黒い目が静かに見下ろしていた。逆光が全体の黒い印象を更に付加する。
「局長と一緒にお上の接待、明日の昼まで戻らないそうですよ」
 暫く視線がかちあっていた。瞬きなどでは断ち切られない。──いや、ヤツは瞬きをしていないのではないだろうか。余程目を閉じるリズムがこちらと同じでない限りは。
(何が言いてェ、)
 見えない。
 光の影となったヤツは唯々立ち尽くした。待っているのだろう。

  ──何を?

 空白は続く。
 まるで全身の筋肉が弛緩してしまったようで、呼吸することさえ億劫だった。

  ──いや、

 本当は解っている。
 俺が訊くのを、問い質すのを待っている。

  ──何故知っている、
  ──何故欲しい言葉がわかった、

  ──何故、お前が言う。


<続>


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