ふつうっぽい日記
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2002年11月26日(火) ちまちまと自己嫌悪

ちまちまとしたところで、ちまちまとしたミスを連発していて、それがちまちまと自分に伝わり、ちまちまと自己嫌悪になって、ちまちまと前向きになってきている。という、感じの日だった。ため息ついてばかりじゃ、前には進まない。ペースは崩さず、初心を忘れずに頑張ろう。おー。(←気勢?)そうだった、月末が近付いているんだった。工場は月末と月初めがハードだったんだ。周りがピリピリしているのは、当たり前だ。今週も乗り切るぞ!!(o^∇^o)ノ


2002年11月23日(土) 懇親会、お寿司の感想

今週も日々に追われた。充実していた。21日にあった大学の同窓会懇親会もスゴイ展開(大袈裟)になり、私を刺激した。

スゴイ展開とは何か?コワイという意味ではない。懇親会は梅田の某ホテルで開催された。参加人数は18名という小規模なもので平均年齢は間違いなく45を超えていそうな感じだ。しかし、同じ同窓、同じ主婦ということもあって雰囲気は次第に和んでいった。20代というか30代は私一人で、食事目的の参加とはいえ、不安はあった。

食事はフランス料理のちょっとしたコースで飲み物はビール1杯で、テーブルにはボジョレーの瓶が飾りのように置いてあった。中身は本物だが、本当に飾りとしての役目だった(笑)予算があれば出していたのだと幹事さんは言っていた。まあ、主婦が昼間っからボジョレーワインを堪能するなんぞは贅沢だろうな、しかも解禁日に。

前菜のサラダとパンで少しお腹が落ち着いたくらいに近況報告タイムが実施された。私の順番は16番目。先輩方は主に「子育ても一段落し」とか「子どもも上が29歳で来年3月に二人目出産で、私はもうおばあちゃんです」とか「いい歳の息子がいますが相手がいまだおらず…」なんていうのが多かった。また「更年期障害で…」や、「腰痛が出て…」や、「主人がリストラになってひきこもってしまって…」や、「抗がん剤6回もして、なんとかこの1年生きることができました」なんていう方もいた。

40歳、50歳。美顔に関わっている私としては自然に彼女達のお肌の様子などを見てしまう。病と闘ってきたという女性はやはり、衰えが早いし、悩みを抱えている方の頬は落ち気味だし、仕事をバリバリやってますという方や孫のいる生活を堪能してますという方はハリがあって表情も明るく歳を感じさせないところがあった。

さて、私の近況報告の番になった。「結婚4年目ですが、まだ子どもはおりません。危機感もなく(笑)好きなことをやっているという感じです。」というところまで言うと「いいじゃない〜(o^∇^o)ノ好きなことやるといいのよ〜子どもに振り回されると大変ヨぉ〜」的な声などが自然と聞こえた。さらりと聞き流し続けて「お昼の仕事としては、今流行りの(笑)ホームエステというのをやってます。」というと、お姉様方はざわざわとしてきた。その中から「それは、なんていうところの?」なんていう声が飛んできて「○リス化粧品のグループなんですけど」というと、再び会場はどよめきが。まるで、テレビショッピングの【あいの手】のような感じだった。そこにはわざとらしさはなかったと思えるのは同郷による親近感があったからなのだと思う。思った以上の反応に私はちょっとばかり驚きとそして小さな期待が生まれた。私の順番の二つ前の方はご主人が急に「自分の店を持ちたい!」と言い出し、神戸三宮に店を出したと言い、奥さんも週1だけ店を手伝っているらしい。食事会が落ち着いて解散近い時に店の名刺を配っていたので私もどさくさにまぎれて大きく反応していた何人か(1時間くらいで行けそうな人)に名刺を渡した。でも、はっきりどなたに渡したのか把握してなかったりする(そんなんでエエのんか?)「エステはあなたの家に行けばいいの?来てくれるの?ウチ遠いわよ〜」とか。昼間のビールも手伝って私ときたら「出張させていただきます!!」なんてデカイ声で叫んでいた。家に帰って振り返り、ちょっとばかり調子に乗り過ぎたかな?と反省した。

昨日、まあ、行けないこともないかな?という二人の先輩の自宅にちょっとした資料を郵送しておいた。どういう反応が返ってくるかはまだナゾだ。

こんな感じで21日の日のイベントは終わり、昨日22日はバイトで歓迎会がある予定だったのだけど、加工所の都合で中止になった。でも、お寿司(アナゴ巻き2本、バッテラ1本)をいただいて帰った(o^∇^o)ノ社長の娘さんがお寿司屋さんに嫁いだとかでそのお店のだった。社長はニコニコしながら「評判なのでご主人と食べてみてな」と言っていた顔が可愛らしかった(爆)というのも、私がバイトを始めてから二人ほど新しいバイトさんが来たのだけど、一人は1週間ほどで一人は一月(ひとつき)で辞めたのだった。1週間の人は社長から「君はクビだ!」と言われて去っていったのだけど、もう一人の人は自己都合だったようだ。それがつい2日前だという事を聞かされ、私も少し驚いた。二人とも忙しい夕方のシフトだったので、ますます私の存在は重要のようだ。突然辞めるということだけはしないようにしようとココロに誓った私である。

最後にいただいたお寿司の感想を書いておく。アナゴ巻きは評判ということもあり、文句無しにうまかった。バッテラ…これがまた私の中ではアナゴ巻きよりも美味しかった♪主人は小学3年の頃に一度食べて「おいしくないヽ(;´Д`)ノ」というトラウマ(?)に縛られ、今回はあまり期待をせずにしょうがなく食べ始めたのだが…25年も経つと人の味覚は変わる。お気に入りになったらしい。最後の一切れも激しい争いになりそうだったので私が大人になって(爆)譲った。とても嬉しそうに食べていた。私がバイトを引き受けなかったら彼はバッテラの旨さを知らずに果てるのかと思うと(なんて妻だ)私の存在って大きいわっ(^ー^* )なんて陶酔せずにいられない。夫婦ってオモシロくて素敵ですね(ノロケ?)

来週は化粧品の支払いや(爆)英会話やエステや宝塚観劇やスケジュール満載。週末も楽しむぞ〜(≧∇≦)


2002年11月18日(月) けじめのついた1日

今日は、けじめのついた1日だった。9時半頃、ひとまず人に見せても変じゃない顔を作り上げ(爆)玄関で美顔のお客さまと少しやりとりをして11時あたりまで洗濯をし、脱水待ちの時間に「仮眠」をしてお昼ご飯を軽く食べ、2時から美顔のお仕事を2件こなし、4時過ぎにバイトのために気合をいれ、定刻4時45分に自転車で工場へ向かった。5日くらい間があいて、少し頭と身体が鈍りつつも、低姿勢に現場に溶け込もうと努力。休憩の7時半までが、今日は長く感じた。だいたい4時くらいに(つまり、家を出る前)軽く腹ごしらえをするのだけど、今日はバタバタしてしまってまったりタイムを取ることができなかった。それも関係しているのかもしれない。

というのは、美顔のお仕事は予定では1件だけだったのだけど見学をしている方が身を乗り出してきて、お手入れしてさしあげたくなってしまったのであった。バイトがなかったらもうひとりお手入れしていたかもしれない。(後からまた見学者が来たのだった)結局、後から見学に来られた方には今日は準備もできてないのでゴメンナサイということで、12月に予約をしてもらった。なんと、その後から来た見学者の人は「友達にも声をかけたいので私と二人お願いしたいのですが」と言ってくれたのであった。(T-T)←感動の泣き顔!

夕方からのバイトは優先としては2番目くらいなのだけど、バランスを取るためにも(経済的にも精神的にも)夕方バイトがあることが前提として少しの間(せめて年内)は動きたいと思ったのであった。
「やりがい」はお客さん相手の美顔の方にあるけど、なんていうか1日のしめくくりのひとときとして今のバイトは位置付けられそうなのであった。それは、社長夫人の温和さかもしれないし、お隣の奥さんの気遣いの絶妙さかもしれない。

今週の金曜日はバイト先で歓迎会をしてくれるらしい。そう言ってきたのは、社長夫人(おばあちゃんと言いたいくらいの優しい方)で「娘が寿司屋しているのでささやかだけどアナゴ巻きとか取るねん。飲み物も少し用意するし、苦手な食べ物とかあるんだったら言って」というので「ほとんどありません。楽しみにしてます」と返事をした。こんな私でも歓迎してくれるのか〜と思うと、週末がとても楽しみである。今週は木曜日は、バイトを休み、大学の関西支部同窓会に参加することになっている。おそらく、昼間っからビールだかワインだかを飲むことになるだろう。ほとんど知っている人は来ないだろうけど、一流ホテルのランチにひかれて気楽に参加するのだ。テーブルマナーとか厳しかったらどうしよう〜まあ、なんとかなるか(^^;)


2002年11月15日(金) 頑張って踏ん張って。でも無理せずに

義母が鼻から出血し、救急車で運ばれたのは、火曜の深夜10時半くらいだったらしい。義妹から私の携帯に電話があり、そのことを伝えてきた。義妹からのメッセージといえば、まずはメールというのがお決まりだったので「何事?」と液晶の着信表示を見て、気合を入れて応対したのだった。このところ、実家に足を運んでなかったし、バイトのこともはっきり言ってなかったし何か企画モノ(旅行とかもしや、結婚?)などとも思ったりしたのだ。私はといえば、「こんばんわぁ〜」と間抜けな声を出したのだけど、電話の主の義妹の声は震え気味だった。ほんの何秒かで私の声も震え気味になった。主人にも連絡し、主人は義妹に電話をかけて詳細を聞き出し、ひとまず出血は止まったことを確認して思ったよりも穏やかな表情で早めにその日(火曜日)は帰ってきたのだった。深夜12時に再び義妹から今度は主人の携帯に電話があり、「血圧が上がるまで帰れそうにない」と途中報告をしてきた。上が80くらいで、身体は冷たいと言っていた。それから1時間半くらいしてから、また電話があり、なんとか落ち着き家に戻る事ができると伝えてきた。

水曜日はゆっくりと過ごしていたらしく義妹からは連絡はなかったが、私は一日中不安だった。そんな時にバイト先からの「今週の残り(つまり、水〜金は休んでください」という電話は救いの声に聞こえた。木曜日は、主人が風邪で欠勤した。午後2時からエステ予約していたお客さんも風邪をひいたので予約は来週ということを告げてきた。5時からの予約の友人は元気にやってきたので少し元気になってきた私だった。彼女は週末に東京で結婚式に参列するとかで9時の夜行バスに乗るからそれまで時間あるし、夕飯をご馳走(肉じゃがとささみと三つ葉の梅肉和え、すなずり炒め:KAZU作成)した。彼女がエステや食事をしている間、主人は大人しく寝室で風邪と闘っていた。彼女が「ぼちぼち出ようかな」と身支度を余裕持ってしている時に義父と義妹から電話があった(時間差10分くらいか?)父は家から、妹は病院の公衆電話からかけてきたようだった。父は多少(かなり?)酔いちくれていて、一部理解できないところがあったがメインで伝えたかった事(義母が木曜から検査入院することになった)はちゃんと聞き取れた。彼にしては珍しく我が妻(義母)のことを「おばちゃん」と言わずに「○子」と名前で呼んでいたのが印象的だった。

そして、今日の昼過ぎ、入院の保証人関係の書類記入も兼ねて軽いお見舞いのお菓子を持ち、迷いつつも義母の入院している病院に行った。そこは市民病院で、まだ新しい雰囲気があった(実際新しいのだと思う)義妹と3時過ぎに落ち合う予定だったのだけど私の方が先に着き、45分くらい適度な間を取りつつ義母と私は話をした。400mlほど出血したことや、急に出血して上着が赤色に染まって死ぬかと思ったことや、義父は爆睡していたことや、義父は血が嫌いらしいということや、検査は定期的にすべきだということや、元気だと思っていてもどこかで無理していたんだろうということや、義母は自分の母親の老後の世話をすればよかったと今も尚後悔いしてることや、私の田舎の両親も都会の大阪に呼べば老後の不安は減るだろうということなど。たしかに九州は大阪に比べると田舎だ。でも、病院に行くのに車で1時間かかるとか、バスが1時間に1本とか隣の家まで10キロ離れているとかそういうような感じではなく、田舎ゆえ、道路もさほど渋滞しないし、環境もいいし、物価も安いし、食べ物も新鮮だ。老後を過ごすのには最適な環境だと私は思っているのだ。そういうことは、義母には言わなかった。彼女の出身も九州でおそらく私の実家よりも「田舎」だろうと思う。彼女の中では同じ「田舎」の雰囲気としてくくられているのかもしれない。

たしかに、同居といわないまでも身近に両親がいるというのは安心できるし、不安も減るとは思う。でも、田舎の匂いに癒されるというのって私の中では大きい。この先、どうなるか分からないけど、例え九州の両親を大阪で引き取ったとしても、自分の老後は九州に戻り、のんびりとほっそりと過ごしたいという夢は持っていたいなと思うのだった。

この先、どうなるか本当に分からない。
だから、そこにはそれぞれの生き方があるんだろう。
だから、病気もなるし、元気にもなれる。
幸い、今、生きて同じ時間を刻んでいる人、頑張って踏ん張って。でも無理せずに過ごしていきましょう。


2002年11月13日(水) 間違い電話、プチ大掃除気分

今日は、英会話だった。ほどよい緊張で1時間はあっという間に終わり、夕方のバイトに備えて豪快に昼寝するぞ!と気合を入れて、その前に買い物を済ませて〜…と、いろいろと思案している時にバイト先から電話があった。今週は、材料の関係もあって、休んでほしいということだった。つまり、人手は足りているということだった。たしかに、昨日も一昨日も9時までのところが1時間早い8時の上がりで物の流れも今は落ちついていそな気配は感じていたのだ。その電話を切った瞬間から緊張が解かれ、久々の解放感が私の中で踊った(笑)


そんな時に間違い電話が立続けに数回かかった。

電話間違い人間:□□さんのお宅ですか?
KAZU:違いますよ○○です。
電話間違い人間:スミマセン。(ガチャ)

KAZU:○○です。
電話間違い人間:(1秒間の後、無言でガチャ!)

KAZU:○○です(やや、イライラして)
電話間違い人間:あれ?(ガチャ!)

KAZU:○○です(イライラ噴火寸前)
電話間違い人間:ん?(ガチャ!)

KAZU:(鼻を膨らませ、わざと無言で対応)
電話間違い人間:…
KAZU:(やや不愉快そうに)もしもし!?○○ですが?
電話間違い人間:あれ?○○さんですよね?番号は「XXX-XXXXですよね?」KAZU:違いますよ
電話間違い人間:え?そうなんですか?スミマセン(ガチャ)

ちょいと、不愉快な間違い電話対応でせっかくのまったりタイムの無駄遣いをした気分ヽ(;´Д`)ノしかし、解放感はそんなことでは崩れなかった。

もう、目に付いたことを「気」にまかせてやったという感じだ。では、何をしたのか。洗面台付近の掃除をしたのだ。とくに蛇口近くの水あかの撤去。解放感にまかせて、ホームセンターに二度足を運び(一度目は英会話が終わっての直後、二度目はバイト休みの電話の後)プチ大掃除気分で、掃除関係のアイテムをチェック。いくつかのアイテム(お得な二双入りゴム手袋、風呂掃除スプレー、風呂掃除スプレー詰め替え用、水あか対策スポンジ2種類、ガスレンジ用洗剤付きタワシ、歯磨き粉)をたずさえ帰宅。

しかし、水あか対策の軽い研磨剤をほどこしたスポンジ(128円)の威力には感動した。調子に乗って、磨きまくり、気が付いたら9時近くになっていた( ̄○ ̄;)!なんという集中力!明日も掃除!と言いたいところだが、明日は午前中夕飯(肉じゃがと砂ズリ炒め)を作成し、午後からエステのお仕事を2件こなし、2件目のお客さま(友人)に夕食を食べさせることになっている。

主人はとうとう風邪をひいたが、当分私は風邪菌の入る隙間はなさそうだ(そう願いたい)


2002年11月11日(月) あっという間に1日終わった

今日も、あっという間に1日終わった。バイトは材料の流れが止まったので8時までで上がることになった。社長の息子さんも、9時には帰宅したようだ。社長の息子夫婦はご近所さんであるし、奥様とはメールフレンドでもあるし、お茶タイムも企画したりする仲である。奥様は、ホルモンのバランスを壊しておられ、今週は病院通いとなるため、安静ってことで仕事も休みをとっているようだった。今日のメールでは病院の検査辛いヽ(;´Д`)ノというつぶやきもあり、検査明けに是非ともお茶タイムをしよう!と私が提案したところ、「検査頑張る♪」と元気なメールが返ってきた。カスピ海のヨーグルトを分けてくれることにもなった。今週は英会話もあり、エステもあり、友人の夕食もてなしもあるし、この1週間も早そうだ。


2002年11月08日(金) 芝居をしている夢を久々にみた

今日は、ゴミ出しの日だったのにも関わらず、睡眠を優先させてしまった。起きて、弁当を作っているときに何がなんでも眠りたい!というのが頭の大半をしめていて、それを実行してしまったのだった。だいたい、こういう時は後ろめたさと自分への情けなさがあり、金縛りにあってしまうというオチがあるのだけど、今日は違った。芝居をしている夢を久々にみた。演目は高校の時の最後の文化祭でやった「放火魔ツトムの優しい夜」だった(違っているカモ?)玉之尾(たまのお)という妖怪の役だった。本番だったのにも関わらず、台詞をほとんど覚えてなくて舞台裾でキャストに「ゴメン。信じられないと思うけど、台詞ほとんど覚えてない。稽古していた時の私は別人だったみたいな感じ」と言い訳みたいなのをしていた。舞台の後の幕の裏に「プロンプター」という万が一台詞が出てこない場合にこそっと教えてくれる任務の人間が待機していることが、高校演劇時代にはたまにあって、今回もいたのだが、それが福岡の仕事時代の先輩だったりするというなんとも妙な設定。さらに、私は舞台裾で出番を待っているのにも関わらず、トイレに行きたくなって脱走してしまったりするのだった。またそのトイレにたどりつくまでに、難題があり、よし!ココだ!と思ったら、小学生が施設見学をしていたりしてのぞかれそうになったり、鍵が閉まらなかったりする。そして、舞台へ戻ろうとするのだが、なぜか機関車の中を通っていき、車掌さんが「君は留守番〜!」なんて言われ、説明をすると分かってくれて再び舞台を目指そうとするのだけど、コンクリートでできた石がついた山を這い上らないと行けなくて、息を切らしながら舞台を目指すのだけど、その時に高校のクラスメイトが「芝居キラキラしてたよね〜見にいけないけど頑張ってね。バイバイ」などと私に言い、彼女もまたその石の山を歩いていた。そして、気付くと無事に舞台にたっていて、掛け合いの役者も台詞を忘れていて、もうアドリブもいいところだったのだが、玉之尾の最後の場面である「眉間に剣を刺されて倒れる」というのは、バッチリとできて(爆)なぜか、私は倒れた後、毛布にくるまれ客席に落とされるのだった(実際は舞台で倒れて暗転の間に消えるという設定なのだが)そこで、目が覚めたような気がする。

…なんで、こう夢っていうのはヘンテコなんだろう…まったくもって不思議な世界である。


2002年11月07日(木) コギャル的な女性に声をかけられた

今日は、バイトを休み友人と京都散策へ。またもや、デジカメで写真を撮ったので編集できたら公開しようと思っている。主として、丸太町の京都御所を散策。とても、広かった。4分の1くらい回ったかな。

散策前に、昼食を取り、散策後にデザートを堪能。昼食はお蕎麦屋さんに行った。なんとかという商店街の中にあったのだけど、店に入る前くらいにコギャル的な女性に声をかけられた私たち。彼女は「お店の宣伝なんです。ちょっといいですか?今から、どちらまで?ご旅行ですか?今、無料でメイクのアドバイスさせてもらってるんですよ〜無料なんでいらっしゃいませんか?」今、美顔を意識している私にとっては余裕の対応ができたことは言う間でもない。

メイクなどの美に関してはたしかに関心はあるが、ちょっとまってよ、お姉さん〜やっぱり、宣伝する役だけだろうけど、「行ってみようかな」って行動を起こさせるには「アナタみたいになれるのかしら(なりたいわ)…」って思わせることってポイントだと。少なくとも声をかけてきたお姉さんのようにはなりたくないと素直に思った通行人の私だった。(ストレートすぎ?いや、好みだもの)まあ、オモシロイ話のネタにはなったけど。


2002年11月05日(火) あっという間に11月到来

あっという間に11月到来。すでに5日が経過しようとしている。まったくもって早い日々である。

さて、先週末からささやかながら気まぐれな旅に出たので(果たして旅といえるかどうかはナゾだ)写真を載せることにする。調子にのって、じゃんじゃん撮りまくったのだけど、どこまでスイスイと編集できるか、それもナゾだ。

まず、旅であるが、本当に気まぐれで、前日に「滋賀に行く」ということだけ決めていた。そういえば、気まぐれな旅の行き先が滋賀になることは確率が高いようだ。ほどよく遠くて、思ったより見どころがあるような雰囲気があるからだ。今回は豪快に琵琶湖1周してみるか?!ということになったのだった。日曜の午前出発で帰りは気紛れで、運よければ帰ってくればいいし、疲れたらどこか素泊まりで(爆)泊まればいいわけだし、移動が車なので怖いことないのだ。ということで、何があってもいいように(何があるっちゅうねん)宿泊の準備をしていざ出発。別に「今日帰る必要はない」ということで高速道路には一切乗らず、ローカルな道路をひたすら進んだ。ほとんど主人の野性の勘でのドライブ。


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