いつもの使いの者が、いつもの素晴らしい味のコーヒーを持ってくる。 ・・・もちろん、皮肉だが。
「ねぇ・・・ずっと気になってたんだけど」
「ん?」
「このコーヒー作ってるの、誰」
「さぁな」
「ある意味神業だと思うわ」
「お前と良い勝負だな」
「・・・」
こうして普通の会話を楽しむのは、王位についてから初めてだったかも知れない。 そして、きっと、最後だろう。
アルティは、口元を引きつらせた笑い顔を向ける。 料理の腕は・・・・まぁ、それはまた、別の機会に話そうか。
「まぁ」
「なに?」
「愛に生きた方がいいぞ」
「そうだね。今まで死ぬことばかり考えてた」
一度死んでいるわしには、痛いほど良くわかる一言だったし、本当はわからない方が良い一言でもあった。 何も返さないで、違う話を振る。
「いいなぁ・・・あるちーは」
「なんでさね」
「生きる先に良いことイッパイあるじゃないか」
「私は幸せから逃げちゃう奴なのだ」
きっと、不器用なんだろう。 みんなが思っているほど、アルティは器用じゃない。 不器用だからこそ、一つのことに、もの凄い力を注ぎ込む。 幸せから逃げる、というのは、きっと、「受け身」でいることの歯がゆさを指しているのだろう。 ただ、それが全てではないことも、十分わかっているつもりだが。
「さっさとオールド行ってこい。たまには幸せに浸ってみろ」
「・・・・・・」
「退屈だから」
幸せ自体が退屈とは思わない。 だが、アルティにはきっと退屈だろう。 理由は、それに慣れていないこととか、そんなところだ。
「退屈なのかよ」
「お前には新鮮だろ?」
「・・・限られた時間の中にいる方が、どうして輝けるんだろうね」
「そんなの当たり前だ」
アルティは、きっぱりと言い切られて少し驚いている。 そのままわしは続けた。
「無限の空間より、針の先の方が鋭い。そういうもんだろ」
「でも、それじゃ私の大事なモノを否定することになっちゃう」
「それはお前が決めることだしな。お前の今の選択肢は少ないが、無限の空間から『有』を生み出すことも出来る」
「限りなく・・・果てしなく続くモノから、何かを見出してみたいね」
「それが・・・これからのお前だろう?」
沈黙。 コーヒーカップを見つめるアルティ。 わしは、天井に向かって話し始める。
「わしは未来を生きるだけ」
「私は・・・過去に生きすぎた」
バランス・・・だと思った。 わしは先を、アルティは後ろを見ていた。 だからバランスが取れていたのだろう。
今は、二人とも前を見ているのか? だからだめなのだろうか?
残ったコーヒーを啜り、不味そうな顔をして扉の傍まで歩いていったアルティが続ける。
「長居し過ぎたわね」
「あぁ、構わんが」
「じゃあね。また気が向いたら来る」
「まぁ」
わしの声に、扉に手をかけたアルティが振り向く。
「ん?」
「あれだな。前の男が悪すぎたんだろ」
明らかな作り笑いとわかる、乾いた笑い声を上げて、出ていった。
暫く、その声が頭から離れなかった。
程なくして、廊下から呻き声が聞こえたが、きっと不味いコーヒーの味でも思い出しているのだと思い、気に留めていなかった。
・・・それは間違いだったと、後で後悔することになる。
|