| 2014年08月24日(日) |
ペルー日記 クスコ1日目 |
朝8時すぎにホテルを出て,国内線 ラン航空クスコ行きにチェックイン. 途中,空港の売店で中国製の時計を1つ購入.私の時計,どうやってペルー時間にあわせていいのか,わからんのだ. 夕べ,ホテルのペルー人スタッフといろいろとやってみたんんだが、だれもできず.やれやれ。 で 11ドルなりで、でっかいシンプルに時間変更できるヤツを買ったわけ. リマからクスコフライト 9時40分→11時 これはほぼ時間通り,飛行機の窓からは,赤茶けた大地と時々白い雪のある山々. ペルーは国土面積的には日本の3倍はあるので広いのは広いのだが・・平らなところ少ないわ. 海岸沿い《ここにナスカがある,いかなかったけどね》とアマゾン流域がややフラット。。 機内では,これまた国民的飲み物,インカコーラ試飲. 「インカコーラプリーズ」といったら,キャビンアテンダントさん,ニコニコしたわ. インカコーラとはなんぞや。 ソーダ,黄色いソーダ,甘い.どんなときでも,どんな場所でもこれ,ありました。 ものすごく人工的な黄色なんだが, しかし,ペルー人はナチュラルだというのだが,さてさて。 ・・・・・ 迎えは,日本語のできるスタッフと書いてはあったが ほんとに初歩の初歩, むしろ英語で話しかけた方がパキパキと返事が来るマリソルさんという女性だった.インデヘナに少し,スペイン人の血が入っているかな、という感じのお顔だち. そうだなあ・・フィリピーナに近いか。 ホテルは町中の「ホテル サン アウグスティン インターナショナル」中くらいクラス。建物自体は,かなりユニークであったが. レセプションの女の子,かなり,素朴でニコニコ.いい感じ。 さてマリソルさん「サトーさん,13時半から観光です。忘れないで下さい」 了解. クスコ(標高3400メートル)は街が世界遺産だ。石畳の道、昔ながらの建物。高層物は世界遺産なので、建てられない.どんだけ高級ホテルも,2階建て昔の建造物におさまっている。 私の部屋の窓からも発掘中の遺跡が見えている.(っていうか となり)
さて時間が来て,半日市内観光出発. ペルーの町の中心はどこでもアルマス広場. クスコもある. そしてその前に立つカテドラル. その前にクスコについて少々. ここはインカ帝国の都だった町である。しかし、1500年代にスペインに征服されて以来、スペイン人に徹底的に破壊された。 彼ら、インカの信仰の場 神殿を壊してその土台の上にキリスト教会をたてるというやり方をどこでもしたのだが,ここも同じ. 同じやり方,メキシコでもさんざん見たが、いやはや野蛮なり. それでも、このカテドラルは何と祭壇に銀300トンも使って、百年以上かけて建立したというからすごい, 実際,内部の装飾,絵画,見るに値する. 写真禁止なんで撮れなかったが,足し算のヨーロッパ装飾をしっかりと見せてもらった. おもしろかったのは、褐色のキリスト像は地震の神として崇拝されているとか、最後の晩餐の絵に、ペルーのご馳走クイ《ネズミの丸焼き》がかいてあるとか。 この後見たサントドミンゴ教会は,コリカンチャといわれる太陽の神殿を壊して立てたもの。この神殿、金銀の装飾で埋もれていたものだったらしい。 しかし、スペイン人達にすべて奪われ、彼らはそれを金の延べ棒かなんかにして故国に持ち帰り。当時のヨーロッパの金の価格を下げるくらいのあったとか。 何というか・・・ひどい話というか,びっくりというか。 ここもまた、インカの土台の上に、教会が立てられたんだが、1651年の地震で上はすべてくすれて、しかしインカの土台は揺るぎ無し。確かにその石組みのすごさというか隙間がない状態は芸術品だ. 同じような話はメキシコにもあったなあ.
ところでガイドしてくれたのは英語ガイドのシルビア. 「シルビアスグループ,フォローミー」といって,われらがグループ15人ばかりを連れて歩くのだが,彼女はスペイン人とのミックス(メスティソ). さていよいよバスで郊外遺跡へ. まず サクサイマワン. かつての要塞あとだ. ここからはクスコの町が見える.クスコはピューマの形をした街だといのがわかるらしいが,息が苦しくて上ってみなかったわ・・・ とにかく,巨石を3層に積み上げたでかい遺跡だ. かつては要塞でもあり,クスコの町の監視基地でもあり,神事を執り行った地でもあり・・だったらしい。もちろんインカ文明は文字を持たなかったので(ループとかいう縄文字はあった)はっきりとはしていないが. そろそろ息が苦しい. 次のケンコー遺跡は3800メートル、やはり謎の祭祀遺跡らしいが,ここからは眼下にクスコの町がよく見える. たかいわ・・・・・はい,咳きが止まらず,頭も少々いたし,飲んだ水も吐いた やばい・・・シルビアにうったえたら,無理をするな,見なくてもいいからバスにいろと. そうしたら,同じグループのドイツ人カップルがコカの葉をくれた。 女の子がいうには「私も昨日は同じだった,これをかんでいて,」 「薬飲んでいるんだけど」 「でも,こちらがいい,ナチュラルでしょ 大丈夫」 はい あり難く頂きました そうするとあら不思議, 咳が納まりかけてきたし,水 はかなくなったわ・・・ コカリーフは日本ではもちろん、所持しているだけで逮捕です、麻薬原料ですから、しかし、クスコでは街角でフツーにうられている。3ソル(100円くらい)から4ソルくらい。多分現地人同士だと,この半分の価格だと思う. 私もクスコに帰ってお店で買った 4ソル(観光客価格) それで,ずっと持っていて,頭がいたくなるとかんだが,確かにきいたと思う. ちなみにホテルは,こカティーはウエルカムドリンクである. それで自由にいくらでも飲めるのだ. 薄暗くなりかけていたが,最後の遺跡タンポマチャイ. ここは,マチュピチュに行く道の始まりで,ここで禊《日本的にいうと》 をして後、向かったところだとか。 いまだにその泉の水は懇々と流れていて、しかし、その水をどこから引いてきているのかよくわからないのだとか。 インカのサイフォン技術のすごさ。 フーフ−いいながら(4000メートル近かった)歩いていたら,オーストラリアから来たという女性が心配して一緒に歩いてくれた。彼女明後日から、インカトレイルを歩くのだとか。そうか・・私の行きたかった道だが・・でもって、でもね,ある一人のガイ(青年)その旅でテントで死んでいたんだって。 フーン. 今の自分のこの苦しさからいくと,歩きルートをとらなくてよかったかも,と思えてくる.
はい,この晩,大変でしたわ,消化不良だし,頭は痛いし 発熱するし,咳はとまんないし・・・ 長旅,デルタ機内の寒さ,疲れ,海辺のリマから着いて一気に3800メートルまでの観光。 身体にきました.
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