結局,不明の方々はすべて亡くなっていたのだ。 新聞等で読むと,みんな立派な方々だよね、うーん。 やりきれない、切ない話だ。 今現在も,同じような環境で働いておられる方々もおるのだろう,と思うと,ご無事でと祈りたくなる。 生き延びた方々も,なんで自分たちは助かった・とこれまた地獄であろうねえ。 心やすらかに。
昨日昼近く,弟の病室に行ったら,今病室待ちがたくさん,明日出て下さい,もう大丈夫です。だって。 ヒエ−。 それからが大変,あちこち電話して,なんとか今日、移動を済ませた。 でも,移動したもとの施設付属の病院も,出来るだけはやく出てください,状態で、じゃなかったら自宅で見ろと。 さすがに私はいってやった 「○○さん,あなた,80過ぎの親に見ろっていうの,もういいでしょ,同じ年の人達認知症で施設にいるのに,うちの母は,まだ自分の子を見ないといけない,介護しろというわけ?」(あんたは鬼か,といいそうだったが,まあ口を閉じた。私の場合,フツーにいっても,こういう時にかなりきついらしいので) そうしたら黙った。 彼,あとでおべんちゃら風に付きまとっていたが。 わかってますよ。 しかし、でっかい車椅子は4月になるっていうし、せっかく,どこかに落ちついたと思ったら,完成した車椅子のためにまた往復一万四千円もつかって人の手をたくさん借りて,施設に来るのかい、だ。 まさに身をおく場所のない悲哀を肝心の本人抜きで私が味わっている。
昨日までの晴天が一転して,寒の内のお天気になった。
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