| 2012年09月09日(日) |
旅レポート3 岩手・宮古市 |
★宮古市は遠かった 仙台市で友人達と別れて、私は新幹線「はやて」へ。 これ、初めて乗る新幹線、テツコとしてはうれし。乗り心地よかったわ。 まさに疾風(はやて)のように、盛岡市に到着、が、ここからチョ−ローカルな山田線。一両編成。乗った時は明るかったのに宮古市に着いたら夜。 県として第1位の広さを誇る岩手県、やっぱ、広いわを実感した。 山田線、宮古市で運休で、終点の山田町までは行っていない。津波被害で町が壊滅的、まだ復旧されていないからだ。 夜は、出迎えてくれた愚さんと楽しく夕食をとった。 いや、彼女が津波にもっていかれていなくてよかった・・亡くなられた方々に申し訳ないが。彼女のおうちの1階は津波でやられたので改装、新築のようにきれいだった。 宮古の海の幸を食べさせたいと連れていっていただいた店で聞いた話。 「名物のウニがちっとも獲れないらしい、海の水がにごっているんだって」 「それって、海底が動いているってことですよね」 「そうだと思う、だから、また来るってみんな いっている」 ウーム。 その晩朝方に地震があり。宮城県沖震源松島は震度5。 旅程が1日遅れていたら、私たち、松島で震度5に遭遇したんだわ・・・・ ★津波を逃れた観光船で海をみる 宮古の観光は、白亜紀にできた美しい海岸線。 遊覧船が就航している。乗った船は、なんとあとの2艘が津波でやられた中、1艘だけ生き延びたもの。 ちょうど3月11日、春の観光シーズンに備えて船の点検中、海で地震、津波来襲の報を聞いた船長さんは沖にでた。それで助かったのだとか。救助が来るまでの食料はウミネコパンだったそう。ウミネコパン…これは、観光客がウミネコにやる餌のパンだ。私も食べてみたが、おいしかった。 船が美しい海岸を巡る間ついてくるウミネコ達、カラスやトンビほど狂暴ではなくちょこっとだけかわいかった。 ちなみに、愚さんの話だと、鳥に餌づけをして観光の目玉にしたのはここが最初だそう。 海も風景も美しく穏やかで、真っ黒い津波を想像させるものはなかったが、堤防だった残骸が今だにあちこちに見えて、やっぱり津波ってすごいパワーがあるんだと感じる景色もあった。 :::::::::::旅を終えて::::::::::::::: やはり思い出すのは「松島の夢」。 あの「壁」はなんだろう。亡くなった方々の魂の壁?それはみんなを守るために「壁」となったのか?それとも日本人が乗り越えねばならない「壁」なのか? 多分、両方なのだろう。 戦後の繁栄と平和が300万人以上の戦死者や、空襲・原爆の死者の上に立ったものだった・・・あれと同じように、私たち生者の今後は、この壁を忘れてはならないといことだ。 と私は思っていたい。
がんばれ東北!とかいっていますが、皆さん十分にがんばっている。 日本人ってけっこう「しんなら強い」(弱そうに見えるがしなやかに強いの意味)人達なんだと。これから地震災害めじろ押しとなりそうな日本列島、やまと民族、意外と生き残れるかも。
今回は、まさに観光・・・「光」を観る旅であった。 数日の旅で陰りが見えるわけない。でも許していただきたい、被災地の方々よ。 来年また旅します。 忘れません、被災地。 これが大事だと思っている。
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