2007年12月10日(月) |
靴のうらに養父母の名前を書く |
FOXテレビで、私が好きな番組の一つにBONESがある。主人公は、Drブレナンと彼女のチーム。遺体の骨や残存物から生前の仕事、病気、どういうわけで死んだか・・などなどを導き出す。で、FBIと協力して犯人を捕まえるわけ。 この天才法医学学者のブレナン博士のニックネームがBONESなわけ。つまり、骨からあらゆることを導き出すということで。 で、彼女は15歳の時(たしか)両親が失踪して、養子に出された。 で、彼女が養子がからむ事件でいう「私も書いてた、養父母の名前を靴のうらに」 つまり、養父母に対する「憎しみ」というか「恨み」というか、そういった感情を処理するために、養子はこういうコトをするのが、アメリカじゃけっこう「常識」ということなんだろう。 恵まれない子どもを養子にするというと、ハートウオーミーに日本人は思うが、どっこい。 気にいらなけりゃ養父母たちにたらい回しにされる、とか兄弟バラバラ、どこに行くかわからないなんていうのも「常識」らしい。 アメリカの医療制度ボロボロだがこういうところもボロボロだ。 ということはさておいて、わたしゃ、ブレナン博士の「殺したいほどにくいけど、殺せないないし、仕返しもできない場合に靴の裏にそいつの名を書いてふんづけ続ける」ってええやんか、と思ったわけ。 昨今、親子、知人友人の殺し多し。 感情の毒ガス抜きをする方法をしらないんだと思う。 殺したいヤツを、踏みつけにする(靴のうらに名を書いて)とか、サンドバックに名を書いてなぐり続けるとか考えれば代替法はいろいろあるよね。 やっているうちにだんだん忘れたり、あほらしくなったりして、人は山を越えるもんだ、と思うのだが。 確か、長野に「貧乏神神社」ってあって、貧乏神をなぐるんだったか、たたくんだったか。 こういう神社、もっとあってもいいよね、と思うけどいかがでしょうか。
なんてことを昨夜書こうと思っていたんですが、やはりビール片手にテレビでいつの間にかうたた寝していたら、深夜2時でした。 いや・・冬生活している私です。
明日は、コウタイシヒマサどんサマの誕生日回答文書を国語塾長として論評してみたいと思う。
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