世界お遍路 千夜一夜旅日記

2005年02月04日(金) 時を得る、ということ

昨日に、遍路道のMさんといろいろとお話しした。
例えば、事故に遭った当時に場所がすぐに見つかったら、私は般若心経はともかくとしてみなさんに呼びかけて「力」をつけようとか、忘れられずにみなさんが手を合わせて下さる場するにはどうしたらよいかとか、結願の地に向かうにしては何ともさびしげな前山あたりの気配をなんとかできないものだろうか、とか考えもしなかっただろう、という話になった。
「今このときだから、考えられることがたくさんあるじゃろ、何事もするときがあるんじゃなあ」
といわれて、ホントにそうだな、と思った。
Mさんは、隣につくらんで欲しいという電話を「天からのおさとし」、もっとよいところがあろうが、という意味に取った、ひらめいたといわれたが、その神懸かり的な前向きさに頭がさがります。
さて、位置を動かした結果として、空間ができた。(費用も余分にかかるけど)
そこをどうするか、一つは、お花の種をまいて供養の石のそばに「小さなお花畑」ができたらいいな、ということ。(もちろん、地主さんの許可がいるけど)
タイニーワイルドフラワーガーデンって感じかな。花が咲いていると人は必ず足を止めて見るもの。休むもの。そこに供養の碑があったら、ホッとした気持ちで合掌していただけるのではないか。
車の方も、きれい、と見てくれるだろうし。
今、ワイルドフラワーって、ガーデニングで流行だし。

本日92名。
出した80通のうち、半分くらいからお返事がいただければ最高かなと思っていた。(参加はないだろうけど、報告もかねてお出したところもあるし)
まあ、そんな予想より若干多い感じだ。
その代わり、思いがけないところから、「聞いたのですが・・」と、メールをいただいたり電話をいただいたりして参加していただいている。
ありがたいことだ。これがご縁ということがあるし。
しかし、それ以上に「何かの力」が、働いているような気もする。
だって、ハナからワタシ的には108人は目標人数で、ままならんでもよろしわ、と考えていたんだし。
それが、いきそうだってのが何とも不思議。

般若心経を初めて書くのだが・・できるかというメールや手紙もいくつかいただいている。
これまた、これを機縁にこれから時々写経なさるのではないかと思うとよかったかなと勝手に思ったりする。

・・・・・・・・・・

中国星占い(生年月日時間、誕生場所から☆との関係を読む、世界一精度の高い占いといわれている)で私の人生グラフを書くと、教職を辞してからの10年が私の人生グラフの底(それも、− さ)なんだなそうな。
他人様に話したら「ウソ!」といわれたけど、私になりには「納得」。
だって、ジェットコースターに乗ったような10年だったものねえ。
で、2004年が10年目。
ジェットコースターは終わりらしい。
2003年9月、アテネのアクロポリスで「見るべきモノは見たり」の声が聞こえて(というか、正確にいうと、アクロポリス直下のホテルに泊まったときに明けがたにみた夢に出てきた声なんだけど思い出せなくて、アクロポリスで突如よみがえったというわけだが)それから、いろいろと方向転換を図って、まあそれは正解で、そうしていなかったら、親の葬式にも出れなかったし、地震の時もどこにいるんだか、になってしまったであろう。
あの声は、10年を前にした「予言」みたいなモンだったのか???
と今になると思う。
開眼供養したあとに四国を去ろうと思っている。
供養の碑のお仕事を無事に終えたら、まさに大きな大きな区切りだねえ。
あとは年に1度くらい碑のことも拝みに来たいし(世話人の責任)、数日歩かせていただいて(足が動く間は)。ただ黙々と歩く、に徹して。
ただ歩いてこその遍路、できたら書くことも止めにしたいと思っている。
ただしかし、くるものは拒まないが。今後は、今までとはちがうことをしようと考えているのだが、それに無理でない限りやらせていただく。
というのも、それは、私の意思とは関係なく「流れ」だから。
でも、今はちがう流れを自分の終演(正しくは終焉だね)にむけてつくって逝きたい(正しくは行きたい)と思っている。
立春で今日から、新しい10年が始まる(中国の旧正月の祝いは確か8日だったか9日だ)、めでたいわいと祝い酒を飲んでよい気持ちで、ついかかいでものことをかいていたら、明日となりましたわ。
お休みなさい。




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