世界お遍路 千夜一夜旅日記

2004年03月02日(火) *帰宅

福智院の朝のお勤めは、6時半から7時過ぎまで。
その後の住職のお話が「高野山を初めとした和歌山の大峰などは世界遺産に登録される。わたしたちは檀家をお持たないし、この大きなお寺を維持するにはお金がかかる、温泉を掘り当てて、この機会にさらに大勢の方に高野山に来ていただかないと」みたいな内容をふくんで、まるで中小企業の経営者的発言だ。
多くの方が反対にしているにもかかわらずお大師さんのお山を1500メートルも掘り下げて温泉を掘ろうという福智院の住職のお言葉にはなんともはや。
昨日、案内をしてくれたお坊さん曰く「個人的には、私も反対です、今でも旅館の番頭みたいなことしてるのに、温泉がでたら、今度は温泉観光旅館の従業員で、坊主であること、忘れそうですわ。でも、住職がやる、いうてもう始まっていますしね・・・」
実に明快な言葉である。
「私も反対、備考欄(宿泊者カード)に温泉反対って書きましょか?」
といったら、「それはちょっと・・」と苦笑いされた。
福智院は、広大な建物、さらには温泉のような立派なお風呂、トイレも、一部洋式の水洗・・とかなり配慮されている。料理は、しかし、ワタシ的にいえば、昔2回泊まった恵光院のほうがいい。
1万円コースは、一番安いランクだし、仕方ないといえば仕方ないが・・・

8時半発。
さすがにまだ寒い。
金剛峯寺をお参りして、Mさんご夫婦とKさんは喫茶店へ。
私は、お土産屋さんへ。
その後バスで絵、高野山駅へ。
10時過ぎの電車に乗車。
Mさんご夫婦は、九度山の慈尊院へ、ということで九度山下車。
またね・・ありがとうございました、と別れを惜しみました。
mさんの奥さんはすごく明るくて、知多八十八ヶ所の説明をいろいろして下さった。今度行かねば・・・
足のよくないKさんだが、東寺にいってないというので京都の東寺へ向かう。
北海道に行ってしまえば、そうそう来れないと思うし。
Kさんの亡きご主人は、「まっしぐら」系の方で、高野山の奥の院をお参りすると、それこそどこにも寄らずに(お遍路もそういう巡り方で、お遍路が温泉なんて、と確か道後温泉も素通りだった)千葉の自宅にまっしぐらに帰宅した。
で、東寺についての知識がないKさんに東寺の説明。
「身は高野、心は東寺に納めおく」だったけな。
東寺の御影堂は私の好きな場所、私もお参りできて嬉しかった。
久しぶりに500円払って、金堂や講堂もお参り。
いつもの事ながら、ここの立体曼陀羅には圧倒される。

京都発5時26分の新幹線で帰着。
新横浜に止まるのぞみだったが、昨日の奥の院迷い事件もあるし、夕方ラッシュの東京駅で迷子になって、「なんだか、違う電車に乗ったみたい」なんて電話をもらうのも困るので、東京駅まで行って、山手線(上野駅方面)のホームの登るKさんを見送って帰った。
「上野駅に着いたら、栢行き、大丈夫ですよね」
と念押しをして。
これでOK。

自宅着7時少し前着。
8時少し前に、Kさんから無事につきましたの電話。
すべて終わった。
応援して下さった方、お接待して下さった方、おめでとうメールを下さった方々ありがとうございました。
おかげさまでした。

都会に帰って思うこと。
都会人の顔、死んでいる・・・四国を歩いている人の晴れ晴れとした、感情の動きがよくわかるいきいきとした表情を見てきた目には、都会人の顔の無表情が何とも恐い、と思った。


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