世界お遍路 千夜一夜旅日記

2003年10月23日(木) 玉置神社へ

7時半すぎ、大阪南港通りで今治から来たKさんと落ち合う。
今日明日と、彼女の玉置神社の例大祭の奉納舞のサポートをさせていただく、微力ですが・・・。
玉置は、奈良の大秘境十津川村のさらに奧玉置山のほぼ頂上。五条からさき、道は狭くてくねっているし、大変な道のり。
12時のお昼ご飯に間に合うようにはいって、といわれたが、結局1時になってしまった。
で、遅れたね、といいながら、歩いていたらKさん「キャーナスさん、こんなところで会うなんて」と、年のころ、わたしたちと同年輩の女性と抱き合っている。あれれ??!!
聞けば、ナスさんは、宇和島の奥の方の神社の方で、Kさんの舞の先生なのだとか。
まさに「奇遇!」らしい。
で、トントン拍子に今日夕方の宵宮祭の舞はこの方ナスさんが定番の舞、浦安の舞を舞うことになってしまった。
ナスさん、涙を流さんばかりに喜んでいる。
うまいことに、Kさんの衣装や扇でことが足りることになって・・・これも、ホントに奇跡に近いぞう。
ナスさんは、帰るところで、わたしたちがすこし早くても遅くても、別の参道を通っていたりしたら・・・会わなかったろう。
(あとでわかったのだが)

4時より宵宮祭。
しんしんと冷えるが厳粛な雰囲気。

ナスさん、あこがれの玉置神社で、ひょんなことから舞うことが出来た感激を胸にいっぱいつめて5時過ぎに大阪南港に向かわれた。

夜、打ち合わせ。
Kさんの舞は創作である。
彼女は「天の岩戸開き」というテーマで考えていたらしいのだが、時間等でそのうちの「鈴はらい・平和の舞」のみ。
困ったのは、雅楽の先生が「そんな定番からはずれた音が出せない」といわれたこと。Kさんは「即興」でのイメージがあったのだが・・そこを押して押して、で、幸い、その先生の息子さんが「できるよ、やろう」と応援して下さって平和の舞は「太平楽の即興系バージョン」で行こうかとなった。
何とか何とか・・やれよかった。
これが、一番困りました。

大峰奥駆けの行者さん組も来ていたので、そこのグループに顔を出しておしゃべりした。
みなさん、いい顔の人たちだった。

夜おそく、祭主であるコンコウさんが来て「びしとやってよ」
おかしかったのではナスさんのことを「あの人は何かの教祖、それとも霊能者かね」という問い。
確かにナスさん、そういう感じではある。
玉置の宮司であるサトーさんはいま闘病中なので、コンコウ氏が祭主となって明日の祭りが挙行される。

ちなみに玉置神社の気は、昨年12月、今年5月の過去2回よりうんと強くなっている。神社は「お祭り」の日にお参りすべきなんですね。
Kさん、急遽変更でちょこっと大変だが、でもきっとうまく行くよでお休みなさい。
寒い。さすがに1000メートルのお山の上だ。


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