| 2003年05月31日(土) |
「兄おとうと」を見る |
この嵐の中、井上ひさし師の、新作芝居を見にいって来た。 おなじみの新宿紀伊国屋ホール。 都内の芝居小屋で私がもっとも好きなホールのひとつだ。 ここで、見た芝居、はじめては つかこうへい、並んで座布団もらって・・から始まった。熱海殺人事件、銀チャンの台詞に泣いた。まだ20代の頃だ。 あの頃からボチボチ始まった私の芝居狂い、一時は定期券持って澁谷に通うときもあった。多分、一財産、使っているよな・・・ おっと、話が横道だ。 今日のは吉野作造をモデルにした新作・・・吉野作造には、10歳ちがいの弟がいて、彼も又秀才、大臣を歴任した男。民本主義を唱え、さまざまな、今でいう「福祉」を民間で試みたりした学者、吉野作造とは、実に好対照の弟とのお話である。妻たちどうしも姉妹、という設定。歌あり、台詞の妙ありで、笑った。 大笑いした。 まあ、客も、楽日のこともあり、井上芝居のファンが大多数。例のごとく(新作だと、井上ひさし師は必ず遅れる・・遅筆堂)2日遅れだったので、その時に見られなかった人たちもいて、とにかく良い雰囲気であった。だから、笑いも伸びやかで、心得て、の笑いだ。 今日の台詞の白眉 「三度のご飯をしっかりたべよ 火の用心 それで 今日も元気に生きよう きっと、ね」(これ、いいよ!) 「国が国会外でかってにろいろなことを決めている、それが不幸を招く」 この今の状況とあまりに呼応する台詞は、いわゆる大正デモクラシー以後、太平洋戦争に突入する前夜の日本の状況でもあった。 大昔、佐多稲子さんとお話しすることがあった。 「今の状況は、日本が太平洋戦争にはいる前に似ていますよ、怖い時代が来ていますよ」 もう、20年近く前に聞いた言葉。 状況はもっと、複雑に、もっと悪くなっている。 先日は、防衛庁の長官がやがて徴兵制に・・と発言したようだし。 こうして不幸は又来る・・きっと、ね。 そして「「三度のご飯をしっかりたべよ 火の用心 それで 今日も元気に生きよう きっと、ね」が、出来難い時代が来るかも知れないのだ。 この、井上師の焦りが「国が国会外で飼ってにろいろなことを決めている、それが不幸を招く」という言葉に集約されている気がした。 あまりにナマの台詞、それは深い悲しみと怒りでもある。
私は以前つかこうへい師が主宰する劇団で「井上ひさし戯曲塾」(多分、今もやっている)をやったときに、井上ひさしさんの話が4回も聞けるというので申し込んだ。 「むずかしいことを、やさしく ふかいことをたのしく」 「我々は、すでに、原水爆の戦争が起きたら一気になくなるという悲劇のまっただ中の日常にいる、すでに悲劇の中にいるのだから、もう悲劇はいい、笑い、喜劇こそが戯曲のテーマです」 なんてことを、聞いた。 こいう教えを下さる方は「師」である。
・・・・・・・・・・・・・・・・・ 綾ちゃんが亡くなられた。 判衣が満願しての、ご逝去・・不思議。 うつくしいお顔だった。 よく頑張られた。 ご冥福をお祈りしたい 合掌
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