世界お遍路 千夜一夜旅日記

2003年01月17日(金) ミステリーツアー イン 吉備路

今朝はなんだかいい夢を見ていて、寝坊してしまった。8時22分。めずらしい。
歯を磨いてもそのいい夢は思い出せない・・悔しい。
でも、おいしいケーキを食べた後のような気分で起きたので、内容はわからないがいい夢であることは確か。
でも、今日は考えたら、神戸で地震があって8年目の日。こんな優雅な夢を見ておられる・・・・いいのか?幸せなんだろうねえ。すみません。

金属の湯沸かしに、昨日間違って買ってしまったブラックの冷たいコーヒーを注いで温める。いける。後、パンとミカンの朝食。
一本電話をしようと手に取ったとたんに、今治の友人から電話「いまどこ?」「岡山」「ちかいとこにおるんね」などと話しながら、私が去年からあいたい、あいたいといっている方の予定(ネパール在住)を知らせていただいた。帰国予定2月中旬、その他すべても予定が私のベトナムいきを不可能にするように動いている、どうすりゃいいのよ、やっぱりだめかあ。
それにしても、私の寝坊はもしかしてこの電話を受けるため?

9時47分岡山駅発の吉備路線へ。ところで、岡山駅前ってやな感じ。車のことしか考えていない。スルーッと駅にたどり着けない、地下へ入るってバリアフリーじゃないよねえ。

10時すぎに吉備津神社へ歩き出した。三宅のおっちゃんやよっさん、クレーテさん、ミッチー先生にお聞きしていた、吉備路の聖なる山、吉備中山が目の前にそびえる。
穏やかで暖かな日差しが気持ちいい。
今まで駅から遠い、あるいはチョー不便の神社ばかりだったので、駅から近いのはうれしい。
神社着、ここも登りますね。意外と急な石段だ。
あがりきって正面が重要文化財の拝殿。こじんまりとしているなあ。
吉備中山の方からさしてくるお日様の光を受けた拝殿のたたずまいが見事だ。歩いているうちに、足裏はかすかに涼やかな感じ。
近所の人たちが散歩がてらお参りに見えている。それがとてもいい。
鳴釜神事のところにいったが金曜は拝観お休みとかでクローズ、残念。

吉備津彦さんまで歩く。
山際の道をぽこぽこと歩いていたら「両国橋」の石標。
ちょこっと立ち止まってみたら、そばにいた犬をつれたおじいさん風の方に「あんたどこからきたんや、この写真撮っていき」と声をかけられた。
はい・・・
ここが備前と備中の境や。
それで両国、そうなんですか、じゃんこの小さい川が細谷川、ですか。
そうそう、これは(と、後ろの山を指して)吉備中山というてな、山の上に大きな前方後円墳がある。
ええ、倉敷に知り合いが何人かいるんですけど、きいたところでは吉備ではこのお山は「聖なるお山」だそうですね。
そうや、・・・ここから、造山古墳のこと、このへんに古代にあった王国(王朝?)のはなしなど、いろいろと立て板に水状態でお聞きした。
犬がむずがっているのだが、おじさま動く気配なし。とても歴史がお好きで、お詳しい。
学校時間の一持間(40分)はたっぷり。
別れ際、近くにあった「はなぐり塚」と「福田海本部」のお話を聞いた。
牛の供養をしているところ、そのいわれは興味深かった。
牛が鼻輪を通していたところを、全国から集めて(その数600万とか)供養をしているところだとか。馬頭観音さんがお祭りしてある、というのでいり口で手を合わせたのだが・・・
曰く、牛は使役され、乳を提供し、最後には肉を食べられ、骨は肥料になり、皮も靴になったり・・残るところはない・・人間に利用されて・・しかし供養されていない・・それを供養できないモノか、と大正時代に考えた福田さん?が始めた新興宗教らしい。きけばごもっとも、のお話である。
おじさん、名残惜しそうであったが、私もさきがあるし・・ねえ。
今度、総社のあたりから、吉備路を歩いてみたい。
気になるのは「矢喰神社」のあたり・・・・・
古墳地帯と神社地帯の結界?
このへんの地図があちこちにあるんだけど、見ていると頭がタイムマシーンに乗っていきそうで困る。

大幅遅れで吉備津彦神社へ。
拝殿は新しい感じだが、きりりと引き締まった感じが拝殿奥からただよってくる。
1月中は拝殿周囲をまわらせていただけるということで、よかった。
ここの気配もまた涼やかである。
また、風が吹き抜ける地にあるらしくて、風の気配が常にある。
社務所で、電車の時間をお聞きしたら、奥さんらしき方が時刻表を持ってきてとても丁寧に教えてくださった。

岡山に戻り、カレーの昼食。においをかいだら無性に食べたくなり。
ホントはほうれん草のお浸しの山盛りとか、トマトの丸かじりとか、大根下ろしとかにも飢えているのだが、まあこれはうちに帰るまでお預けだねえ。
姫路から、神戸へ、湊川神社。
明治元年の創建。楠木正成を祭った新しい神社である。

夕方、メールを開いたら、昨日の日記を読んだ感想で「要するに出雲大社の神様のしもべに拒否されたんだ、やっぱり縁結びに縁がないね、云々」のメールが一本。あはっはは。そう、私もそう思う、異議なしでーす。
ただ、縁結びとか商売繁盛はいってみれば、神社の営業。出雲大社はそんな「営業」かけなくても自然と人の集まる特別な場である。そんな地場である。
むしろ縁結びなどで売ることで「品」(しな)を下げている。それは残念なことである。
姫路泊。


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