おひさまの日記
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2009年08月20日(木) 隠した人形

なぜか、ふと、子供の頃のある出来事を思い出した。

確か、小学校に上がった頃だったかな。
いや、もっと小さかったかもしれない。

友達と遊んでいて、近所のおもちゃ屋さんに行こうという話になった。
おもちゃ屋さんの前まで来て、リカちゃん人形を持っていた私は、
それを持って入ったら、店のものを盗んだと思われてしまうと思った。

そこで、私は自分の服をまくり上げ、お腹の辺りにリカちゃん人形を隠した。
そして、みんなでおもちゃ屋さんに入っていった。

盗んだと思われないように人形を隠したのに、
隠しているということで、なんだかいけないことをしているような気がした。
ふくらんだ洋服を隠すように、私はこそこそ歩いた。

しばらくすると、お店の人が飛んできて、私の腕を捕まえた。

「ちょっとこっちに来なさい!」

私の心臓は破裂しそうなほどドクンドクンとした。

「その洋服の下には何があるの?
 何か盗ったんじゃないの?」

子供の私はしっかり隠したつもりでも、
大人から見れば、様子がおかしいのは一目瞭然だ。
私は黙っていた。

「出しなさい!」

私は震える手で洋服の中に隠したリカちゃん人形を差し出した。

「あら、これは、お店のじゃないんだね…」

私の人形はずいぶん遊んで汚れていたし、髪の毛もぐちゃぐちゃだったので、
盗んだものではないとすぐにわかったようだ。

「なんで隠したりしたの?」

私は消え入りそうな小さな声でおどおどと答えた。

「持っていたら泥棒したと思われるから」

「そうだったの。
 でも、そうやって隠していたら、
 お店で泥棒して、それを隠していると思われるんだよ。
 今度からはちゃんと出して持っていなきゃね」

お店の人は私を諭した。

私はかろうじてうなずくと、おもちゃ屋さんを飛び出した。
恥ずかしかった。
消えてしまいたかった。
そのまま走って逃げた。
どこへ逃げるともなく逃げた。

記憶はそこで途切れている。

今でも覚えてる。

お店の人の言葉にうなずいただけで逃げ出した私だったけど、
言葉にならないたくさんの思いや感情が、小さい胸の中で渦巻いていた。

自分なりに一生懸命考えたてしたことが、
結果、泥棒と勘違いされる原因になってしまったショック。
そして、そんな過ちを犯してしまった恥ずかしさ。
自分が考えていたことをうまく説明できなかったことの悔しさ。
おもちゃ屋さんが父や母にこのことを話して、
家に帰った怒られるんじゃないかという恐怖。
もう二度とこんなことするもんかという激しい後悔。

そんなたくさんの思いや感情を言葉にするには、私はあまりにも幼かった。
走って逃げ出すのが精一杯だった。

大人になった今の私が、
もし、目の前でそんな子供を見かけたら、
きっとこう思うだろう。

「何も言わないで黙って逃げてしまって、感じの悪い子だな」

大人の感覚で。
大人の都合で。
大人の目線で。

でも、そんな子がいたら、きっとその子の中には、
言葉にならないたくさんの大切なものがあるに違いない。
けれど、まだ、それを言葉にすることも、態度で示すこともできず、
いたたまれないその場から逃げるのが精一杯なのだろう。

アンナを思い出す。

何かを注意したり、叱ったりしている時、黙り込んでしまうことが多い。
そんな彼女にイライラすることがある。
こんなに言ってるのに、何も思わないのかな、何も感じないのかな、と。
心の奥の方ではそうじゃないってわかってるけど、
私の感情的な部分が彼女をそうジャッジする。

けれど、アンナは私が思う以上にたくさんの思いや感情を持っていて、
でも、それを言葉にするには、まだ幼く、まだ未熟なのだろう。

私に問いただされて、なんとかひねり出した言葉が、
彼女の本当の心を表現するにはちょっと違ったものになってしまって、
それによって私に誤解され、また叱咤されることが、
今までにも何度もあっただろう。

きっと彼女は貝になることを覚え、そして、それを選ぶようになるだろう。
今、きっと、彼女はもう貝になり始めているのだと思う。
父に怯えていたあの頃の私のように。

黙ってただそこに座っている彼女の中にある大切なものをもっと感じて、
言葉にならないそれを、大人の言葉で引き出したり諭したりせず、
一緒に、黙ったままでいい、いやむしろ黙ったままがいい、
言葉のない世界で、彼女に寄り添いたいと思った。
そのとき初めて、彼女の口から、彼女なりの精一杯の言葉がこぼれるのだと思った。

私は彼女の言葉だけを見て、心を見ないできてしまった。
そして、事ある度に、こんこんと話して聞かせることばかりしていた。
言葉に頼り過ぎていた。
自分の過ちに気づいた。

私はあの日人形を隠した。
それは、未熟な私が思い付いた、世界で最高に素晴らしいことだった。

アンナは親から見たらおかしなことをする、いけないことをする。
それは、未熟な彼女が思い付く、世界で最高に素晴らしいことかもしれない。

そのことを忘れまいと心に誓った。

愛してるよ、アンナ。
まだ間に合うよね、あなたの心に触れること。


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