おひさまの日記
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以前、何気ない会話から、ある人と洗剤の話になった。
私は、本当に小さいんだけど、地球にやさしいくしたいなぁ、と思って、 界面活性剤を使っていない純石けんを、洗濯用と食器洗い用に使っている。
純石けんは、CMで宣伝してるような洗剤よりは少し高いんだけど、 自分が流す廃水を少しでもキレイにして流したいなぁ、って。 純石けんの成分は、流して24時間以内に分解され、自然に帰るのだ。 それに意外に汚れ落ちがよく、使いやすい。
でも、界面活性剤等を成分としているものはそうは行かず、 いつまでも不純物として残り、それが川、やがては海に流れてゆく。 海が汚染され、地球がだんだん汚れてしまうのだ。 きれいになることなく汚染だけが積もり積もってゆく。 だから、自分にできる範囲で小さなことから…と思って。
そんな話をその人にしたら、 「そんなこと考えてんの? 地球のことまでいちいち考えてらんない。 それに高いんじゃさぁ」 と言った。
その時、私は、ずいぶんひどい言いっぷりだな、と思った。 私が絶対的にいいことをしているわけじゃないし、 強制する気もないけど、 自分の住む、自分の子供も住む環境を、 大切にする気持ちが少しもないんだな、って、腹立たしくなった。
今日、トイレに座ってる時に(なぜトイレ!?)、 ふと、そんなことを思い出した。
けれど、実際その出来事があった時は、 その人にものすごくムカムカしてたはずが、 今日は違った。 ああ、彼女は心のゆとりがなかったんだな…って思った。 心のゆとりがなくていっぱいいっぱいだったんだな…って。
今思えば、彼女はちょうどダンナさんと離婚するかしないかで、 大もめにもめている時だった。 心身共に疲労がピークに達していたに違いない。 しかも離婚話の原因はダンナさんのお金のだらしなさと多額の借金。 ダンナさんの借金でものすごい苦労していたので、 1円だって惜しかっただろう。
そして、20代前半の自分のことも思い出した。
私は結構マナーにはうるさく、 道ばたに唾や痰を吐いたり、 タバコやゴミのポイ捨てなんぞはとんでもないと思っているクチ。
だけど、父との確執でものすごく精神が荒れていた頃、 私は車を運転しながらタバコを吸っていて、 急に窓からタバコを捨てたくなったことがある。 そして、走る車の窓からタバコの吸い殻をポイッと捨てた。 私はニヤッと笑った。 ざまぁみろ!と思った。 何かに復讐したような気持だった。
ああ、そうだった。 あの頃は一般的に言う「よくないこと」をすごくしたかった。 タバコのポイ捨てもした。 人とぶつかっても謝らずに睨んだ。 人を妬み悪口を言った。 トゲトゲして人にいちいちキツいことを言った。 車で走っていてやたらのろのろした車がいると、 クラクションをむやみに鳴らして威嚇したりした。 すごーーーくイヤな人だった(笑) そう、イヤな人になりたかった。 そうしたかったのだ。 そうせざるを得ない精神状態だった。 心のゆとりなんてこれっぽっちもなかった。 だから、私は、今よりもずっとずっと心の狭い人だった。
そうだ、彼女もそうだったんだ。 苦しかったんだ。 苦しくていっぱいいっぱいな時、 自分以外のことを考えるゆとりなんてない。 ましてや、地球環境のことなんてどうでもいい。
便座ウォーマーのおかげでぽかぽかなトイレに座ったまま、 私はそんなことを考えていた。
心のゆとりって大切なんだなぁ…
私は、今でも、私個人の主観でイヤな人を見かけると、 眉をしかめてしまう。 なんだコノヤロー!って思う。 そして、それは私の自然な反応だから、よしとしつつ、 それだけで終わらず、 その人の背景にもほんの少しだけ想いを馳せられる人であれたら、 なんだかとってもいいなぁって思った。 そして、そんな心のゆとりを持っていたいと思った。
夫婦でなんだかんだとても忙しい私達は、 いつも心のゆとりを失いがち。 そんな時、アンナがいつも我に返らせてくれる。
「ママ、見て、お花がきれいだよ」 「ママ、折り紙で鶴作ったよ」 「ママ、大好きだよ」
そうやって純真な言葉を投げて、 大切なものを思い出させてくれる。
今日もこなさなきゃならないことの多さに、 とってもイライラしながら晩ごはんの支度をしていたら、 パソコンの前にアンナが手紙を置いたと言う。 読みに行くと、そこにはこう書いてあった。
「ママ、おりょうりたのしいですか? いつもおいしいごはんありがとう」
「楽しいよ!心込めて作るからいっぱい食べて!」 私は振り返ってそうアンナに言った。 さっきまでのイライラが消えて、私はあたたかい気持で料理をした。
今日もアンナに心のゆとりを与えてもらった。 時には、あまりの慌ただしさに、 与えてもらっていることすら受け入れられなくて、 突っぱねてしまうこともあるのに、 それでも与え続けてくれる。 私は受け取り続けよう。 受け取り続ける努力をしよう。 たとえ、いつもは無理であったとしても、 そういう気持を忘れないようにしよう、 そう思った。
心のゆとり、そのことを覚えておこう。 大切な家族のために。 大切な友達のために。 そして、なにより、自分のために。
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