おひさまの日記
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2003年01月22日(水) ドツボの贈り物

少し前、ドツボにハマっていた。
わーわー泣くし、家族には当り散らすし、
会う人会う人が私を蔑んでるように思え、世界中が敵に見えるし、
そりゃーひどいもんだった。
死ぬ気なんてさらさらないのに、死にたい、なんて考えた。
落ち込んでいる人間は、えてしてそういうもんだ。

去年の暮れから絶好調で走り続けてきた私に久しぶりに訪れたドツボ、
抜けたからおちゃらけられるが、相当キツかった。
理由はともあれ、そこから抜け出した時、私はたくさんのものを取り戻した。
そのひとつが、この仕事をしていく上で欠くことのできないものだった。
「痛みを知る」ということだ。
私は絶好調続きで、ある意味「平和ボケ」していた。
ハイテンションで人生を暴走する理想主義者でもあったかもしれない。
こんなんじゃ、私の仕事はちょっとマズい。

私達の仕事にとても重要になってくるのは「共感・共鳴」だ。
そこにそんな状態だと、上から人を見下ろしかねない。
これは決してあってはいけないことなのだ。

かと言って、じゃあ、セラピストは、
いつも痛みを知る体験をし続けなきゃならないのかと言うと、そんなことない。
それを忘れない謙虚な心でいればいいのだ。

忘れていると、ドツボにハマるような出来事を自然に引き寄せる。
つまり、歯車が狂う。
暴走した見返りが自然にやってくるというワケ。

なんか違うことしてる自分への反応がただ返ってくる、
メガネが曇って(調子こいて真実を見る目が歪んで)見える景色も曇って見える、
そんなシンプルなコト。

で、気付くんだ、あ、なんか私「違う」かも、って。
自分に起こる出来事を見ると、自分の内側がよく分かる。
もちろん、最初の頃はわからなかったよ。
でも、ひたすら見つめるクセをつけると、だんだん分かるようになる。
これは、ある意味、人生のエクササイズだね。
誰にでもできるんだ。

本当にうまくできてると思うよー、見えない世界は。
一体誰がこうもうまく作ったんだろうかと思っちゃうねー。
見えない法則は必ずあるよ。

そして、しみじみ感じたことは、
同じ人や状態、出来事でも、自分の精神状態によって、
その受け止め方が全く変わってしまうということだ。
これが一番こわい。

私達セラピストは、まず色メガネを外すことが必要であり、
そこにいる人、そこにあるもの、それそのままを見ることが重要だ。
これを改めて肝に銘じたのだった。

ドツボから抜け出して初めて思える。
「ああ、いい体験だったなぁ」と。
最中は、自分を他人を状況を、恨み、呪い、嘆く(笑)
それをやってこそ抜けられるし。

改めて思うね。
辛い状況の中にこそ、贈り物がある。
それが必要だから、そんな状況を引き寄せる。
山の次には谷があるけど、谷の次には山がまたあるのだ。


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