七転八倒 〜彩音の日常&育児日記〜
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2006年08月31日(木) 心身共に嵐のような夏休みだった気がする。

夏休み最後の日、午前中は息子の小児科の薬の処方箋をもらいに、午後は私の心療内科に行った。
心身ともに疲れている。もう休みたい。眠りたいという意味ではなく。
母親業を休めないのはわかっているが、休みたい。なんにも考えたくないというのが本心だ。

夏休み中、いつもより早起きして学童のお昼としてお弁当を作って、自分のしたくをしながら
息子のしたくを促し、この夏ゼンソク気味だった息子に吸入をさせ、学童へ連れて行った。
でも家でゆっくりすることができず、咳が出ていないか気になって学童のお迎えの時間を早くしていたため、
疲れても眠くても休んでいることもできず(寝過ごしてしまうのを恐れるため)、お迎えに行った。
お盆休み以外、土日以外のほとんど毎日。

疲れた。休みたい。もう連れて行くのもお迎えに行くのも疲れた。
保育園時代から数えると、お迎えはかれこれ8年に及ぶ。公文の送迎だけでももう4年目になる。
いつまでも続くわけではないと思うが、いつ終わるとも言い切れない、私たちの長いトンネル。
今日もカウンセリングと診察で話してきた。「つらい」と。

小学生のお子さん(たぶん息子より年下)連れで心療内科に来ていたお母さんがいた。
お母さんのカウンセリング中、お子さんはおとなしく待合室で待っていた。
それを見た診察の先生が、そのお子さんを私の息子と勘違いした。
「お子さん、ああやっておとなしく待っていられるんですものね」と言った。
「うちの子じゃないです。たぶん息子はあんなにおとなしく一人で待っていられません。
 (どうしても比較してしまうから)なるべく(そのお子さんを)見ないようにしてました」と答える自分が悲しかった。
先生は「ごめんなさいね。比較させてしまうようなことを思い出させてしまって」と言ってくださった。
けれど、やっぱり悲しかった。先生の言葉じゃなくて、現実をあらゆるところで見てしまって
耐えられなくなる自分が。

そして来年の夏休みがどうなってしまうのかが、ものすごく不安だということも伝えた。
自分にも息子にも、何か一つでもいいから打ち込めるような目標ができたらいいなぁということも。
自分には絵を描くこと、文章を書くこと、歌うことくらいしかできなくて、現実生きていくことには
プロでもない限り、直接役には立たない。
でもお金になんかならなくてもいい、自分の好きなことが少しでも何かの役に立てたらいい、と。
カウンセリングの先生は、「そういうことを見つけていきましょうよ」と言ってくださった。

先日、息子の好きなアニマル横丁のサイトを見て、息子が「おかーさん、え、かいて?」と言った。
ほとんどのキャラを広告の裏に描いた。「にてる!にてる!じょうずだねー!」と言ってくれた息子。
そして今日、息子はそれを見せに学童に持って行った。
学童から帰宅する前に疲れて座っていた私に、息子が「またかいて?」と言った。
「ケンタいがいはみんなあげちゃったの。みんなケンちゃんはいらないんだって」
絵をはさみでバラバラに切りぬいて、何人かの子にあげたそうだ。あのアニメは女の子向けだから、
絵をもらっていった子はほとんど女の子だったようで。また描いてほしいのだそうだ。

こんなことでも私はうれしかった。描いた絵を喜んでもらえることが、私にとってどんなにうれしいことか。
小さな頃から書くこと描くことが大好きだった私にとって、喜んでもらえること、その喜んでいるということを
実際に聞くことができてよかった。

過去に「あなたはふつうの人です。特別な人ではありません」と言ったクリニックの先生がいた。
苦しかった。過去の栄光にしがみついて、どこか飛び抜けたいと思っている自分に対して、先生が言った言葉だった。
あれから何年も経って、ふつうにさえ上手く生きられていない自分を痛いほど知っている。
でも、他の人のように上手く生きられなくても、違う部分で自分の得意とすることを役立ててみたい。
そう思うばかりで、なかなか実現できずにいるのだけれど。

だけど、絵を描いている時、文章を書いている時、時々歌っている時の自分は、たぶんいい表情をしているんじゃないかな。

今日はもう疲れ果てているからできないが、また息子のお願いでイラストを描いてみようかな。
お世話になっている学童の子供たちに。
今の私にはそれくらいしかできないか・・・。

診察中、先生に話したことなのだが、小3の時父の仕事の関係で、歯のブラッシング指導をしたいので、
虫歯の話を考えて紙芝居にして描いてほしいと父に頼まれ、描いたことがある。
この日記にも書いたことがあるかもしれないが。
結論は「自分でしっかり歯磨きしないと虫歯になるよ」ということを伝えたかったのだけど。
その頃私は童話を作るのが好きで、紙芝居とかも作っていた。
その紙芝居を作った後、その話を本にして残そうと、父が私の作った文章を清書して、
私が挿絵を描き、父が糸でたばねて本のようにしてくれた。
父は、私の得意なことをわかっていてくれて、そういう仕事を与えてくれたんだと思い出し、今ちょっとうるっときた。
私は決して不幸せに育ったわけじゃない。

幼稚園の先生も小学校の先生も、人前に出るのを嫌がる私をできるだけ前に出してくれた。
得意なことをほめて伸ばしてくれた。
今の私も、自分の得意な部分で役に立ちたい。そして同じように息子も伸ばしてあげたい。
それが私たち母子の目標となり自信となって、生きていけたらいいと思っている。


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