2002年08月12日(月) |
いやいや君のもなかなか。 |
ないものねだり 人間の本質の根源である 人間欲深いもので ついつい 隣の芝は青い という欲望に駆られ 他人の事が気になって 気になって仕方が無いものであり また隣の芝生でなくとも 社会的諸条件によって 自らの制限を余儀無くされたとき またその反発も 通常の比ではない。 確かに私は男で 立派ではないが ちんこは一応標準添付されており おまんまんさんが大好きだ ああ好きさ大好きさ けれども ないものねだりという ネガティブな概念であっても ぼかあ そおゆう気持ちって 大切だと思うんだなあ 戦後 頭の堅い悪しき昭和の遺物の努力によって 日本経済は飛躍的に進化し その結果 飽食ニッポン さらに娯楽においても ゲームはその枠にとらわれず 芸術と言う文化にまで昇華し 簡単にリセットする術を覚え 遅れ馳せながらも ネット環境も諸外国並みとは言えないまでも それなりに整備され ありとあらゆる情報が いとも容易く手に入り おりしも 教育方針はゆとり教育 こういった様々な子供を甘やかす条件が 若者の増長を促しているわけで 私など 幼少の頃より 動物園に行っては 猿の檻の前で 猿を観察しては 猿だけで一日飽きなかったもので もはや男女の仲においてすら 男女ともに 若者における性の氾濫を 引き起こしているわけで 次から次へと女性をとっかえひっかえ 説教臭いが ありがたみ をもはや 忘れてしまっているのだこの国は その結果 美人は3日で飽きる などとの差別諺が 堂々とまかり通り そんなバカな そんなバカな ありえないありえない 私に言わせれば 女性を3日で飽きることこそ 至難の技である 例えば乳房 その感触は日々変化し 生理で胸が張る それを触るだけでも 生きている事を実感できるし また乳首乳輪でさえも 触ったり弄くったりするだけで 様々な表情を見せてくれる 男のちんこや玉袋が 日々変化するように 女性には 乳房だけでは無い 尻・尻の穴・腋の下・足首 うなじ・腰毛・背毛 足・手・指先 鼻・口・化粧・すっぴん 身体と乳房のふもとの生え際 後ろ斜め45度から 腋の下を通して見る乳房 パンティ・ブラ・ストッキング そして クリトリス・ビラビラ・ナカを含めての おまんまんさん 女性には 夜空一面に広がる星のように 無数に 無数にちんこを私の心を 楽しませてくれる要素が 無数に存在し 女性を語るのに 3日などというのは笑止 しかし だがしかし 女性にもその責任の一端はある だってだって じっくり見せてくんないんだもの 恥ずかしいとか言って 本当はその恥ずかしいからこそ 気持ち良いものなのに 見せてくんないんだもの おまんまんさんを じっくり見せてくれないんだもん だから男は 浮気に走るんだもん 急がば回れ アナタがおまんまんさんを見せてくんないから 他人のおまんまんさんを見たくなるんだもん 女性は良い フェラーチョするときに ここ?ここ?と男をもてあそびながら 男性器をじっくりと観察できる けれど男はどうだ おまんまんさんは 突起したちんことは違い 大腿部と臀部の入り組んだ場所に位置し 電気消してなんて言うから 真っ暗で何も見えやしない もとより 視力の悪い私 メガネをかけて じっくりおまんまんさんを見たいのだ 見せて欲しいのだ そして私も見てもらいたいのだ おまんまんさんから 変な酸っぱい異臭がしても それはそれで人間らしくて 愛嬌のあるおまんまんさんではないか よく世間では 老後・年老いても 手を繋いで公園を散歩する そんな老夫婦になりたい なんてことを耳にするが 私は 年老いても 片手にビールでも持って おまんまんさんを じっくり観察しながら ほおぉこうなっているのか君のは なんて言いながら のほほんと 余生を過ごしたいものである。 はは〜ん君のもなかなかどうして どれどれこっちはどうなってるのかね とかなんとか言いながら。
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