勿論 生き急ぎ 死に急ぐ必要は どこにも全く無い 形勢不利な場合は 前に進む歩幅を狭め ゆっくりとじっくりと ときにはその足を止め ただただ嵐が去るのを じっと待つも良し ときには急がば回れ あえて逆方向に進んでみるも良し ときには 次の大きなスッテプのために チョロQの原理 多少の後退だって 長い人生から見れば たいしたことではない そのときの状況に応じて 風車の理論で対応すれば良いだけの事だ だがしかし 一念発起することもまた肝要 後先考えず 飛び込むことまた必要 否 ココロを鬼にして 飛び込まなければいけないときがある 今 私は思う 確かに私のちんこは短く 確かにカリは小さい が為に皮に覆い包まれている それがコンプレックスにもなり そのコンプレックスが故に 女性恐怖症にもなった しかし しかし しかし本当はわかっていた 私には解かっているのです 女性をイカすことができないのは 女性を満足させてあげられないのは 本当は ちんこの責任では ないことを ちんこに責任を 押し付けていた事を 私は間違っていた 私は勘違いをしていた 女性がエクスタシーに達する事を エクスタシーに導いてあげることが 女性に対する思いやりだと 女性に対する優しさだと それが男ってものだと 故に エクスタシーに導いてあげられない それが女性を傷つけているのだと だが違う 私が今まで女性の気休めだと思っていた イカなかったけど気持ち良かったよ その言葉こそが 女性の本心なのだ そりゃイったほうが良い事には変わりは無いのだが それはあくまでもオプションに過ぎず 女性にとってイコうがイクまいが 男性が早漏だろうが短小だろうが 愛する人と交わうことができれば もはや それはどうでも良いのだ 男にとっての使命は 男にとっての優しさとは 23分挿入して 女性をエクスタシーに導いてあげる事ではなく 女性の口・手・おまんまんさん 女性の肉体で イってあげることなのだ 男がイクことが 女性は何より嬉しい事なのだと 女性があの手この手で頑張っても ちんこが勃たないことが 何よりも女性を傷つけるのだと だから早漏でもいい イってあげることが大切なのだ だから私は ちんこを鍛えようと思う たとえ体調が悪くとも ちんこが勃つように 否 もはやちんこの責任ではない 腰を振りつづける体力が無い 疲れてしぼんでしまう イク前に ちんこが疲れてしぼんでしまわぬように 体力をつけるべきなのだ それが最低限の 女性への思いやりなのだ 女性を如何に気持ち良くしてあげるか それは次の段階なのだ 私のちんこは早漏ではない 早くイクのもったいぶって 発射するタイミングを逃し 疲労し不発弾になる もはや勃起不全1歩手前なのだ いけない これではいけない 女性の悲しむ姿は もう見たくは無い 今こそ 今がそのときなのだ その勃起不全の原因は なんてことはない 普段からオナニーのやり過ぎなのだ 普段からちんこをいじめ過ぎているからこそ イザというとき機能しないのだ だから私は 急にオナニーを止めると それはそれで身体に悪いので まずは オナニーの回数を減らそうかと思う そして 23分間 挿入して腰を振り続けられるほどの 体力をつけようかと思う 否 体力をつけるのだ もう もうこれ以上 女性の落胆する姿は見たくはない これが第1歩なのだ その1歩なくして その1歩を経てから 私のちんこは やっと大人になるのだ もう女性は悲しませたりはしない 今 立ちあがるのだ ちんこよ 勃ちあがるのだ。
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