今日は少しばかり機嫌が悪いのだが 私にだってそんな日くらいあるのだ 世の中において 発明というものはもはや ある程度終焉を迎え あとは既存の発明品同士を いかに組み合わせるか その発想に拠ることが多く 世紀の発明と謳われた ジンジャーでさえも なんてことはない 芝刈り機みたいな乗り物に過ぎなかったわけで 映画やテレビドラマにおいても その内容というものは どれもこれも 似通った話ばかりで あとはいかに観客を裏切るか 最後まで犯人がわからなかったり 最初から犯人がわかってたり その発想はよくわかるのだけれど ストーリーをかき混ぜすぎて 物語自体破綻してたり コアなB級映画ファンであるなら そういった予定調和も 良しとするのだろうが なかには 一体主役は誰だったのだ 犯人は誰だったのだ それよりも何よりも 何の話だったのだ 単なる痴呆症に過ぎない メメントみたいに そう思うことが多いのだけれど Tバックというものがありますな それまで 大人のおもちゃ屋でしか売っていなかった 日陰者アンダーグラウンドな下着が 飯島愛という 一人のAV女優によって 一気にメジャー化し その外見はともかく Gパンやタイトなパンツをはく際に パンティラインが気にならない なんて意外な機能があり 各女性下着メーカーがこぞって制作し 今や Tバックは 飯島愛が公共の電波で 露出したおかげで 女性ならば一枚くらい持ってる パンティラインが気になるから という大義名分において 女性は堂々とTバックを手に入れる事ができ もはや 女性の必須アイテムへと 成り上がったように思えるのであるが いや実際 飯島愛紀元前に比べると 断然成り上がったのだが 飯島愛がテレビで露出していた 飯島愛の夜明けは Tバックという稀少価値こそ 男は興奮を覚えたもので その名残りが Tバック=セクシーという方程式で 常識化しており 私今日Tバックなの などと言われても ほうそれはそれは としか言い返せないのは やはり たまに Tバックそのものが 透けちゃってる女性を見かけても 来ないのだ きゅん と来ないのだ 女性下着が大好物の私が 女性下着があれば ご飯3杯は食べれる私が 来ないのだ ちんこに響かないのだ 何故ならば 人間大きいものを 主体とする傾向があり 飯島愛の夜明けに ちんこを膨らませていたのは 実は 飯島愛のTバックではなく 飯島愛のお尻に 魅かれていたのだと そう 主役はTバックではなく 尻なのだ 女性の多くは Tバックはセクシー 勝負下着は赤のTバック なんて女性も多く とんでもない 男はTバックに魅かれはしない 男が魅かれるのは パンストなのだ パンストに押しつぶされた おりもので汚れたパンティなのだ ケツに食い込んだパンティは もはやパンティではない 触って脱がして 小さくくしゃくしゃになってこそ 男を惑わす え?こんなパンティって小さいの 小さく丸まったパンティの愛くるしさ そんな気持ちを大事にしたい だから だからこそ 私今日Tバックなのというセリフを 私に言ってください 尻フェチの観点から Tバックに魅かれるのです あくまでも Tバックではなく Tバックによって 露出を余儀無くされた尻に 深い哀悼の意を抱くのです ちんこを抱きながら。 主役は 俺と 君と ちんこと おまんまんさんと 尻だ 僕と君とのあいだに 下着という 壁は要らない。
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