| 2002年06月19日(水) |
いかに膨らますか。〜私はこれで抜きました。その1。 |
今は亡き牛殺しで有名な 極真空手の創始者 大山倍達総裁の著書において 牛殺しだけでなく 我熊と闘わば 我トラと闘わば など様々な猛獣との決戦を シユミレートしているのだが それは結局 想像・妄想に基づく 対獣理論であるのだが 一見こんなバカ本も 危機意識管理 という点においては 如何なる状況でも 我を見失わない 如何に想像・妄想を膨らませるか そう著書で物語っているわけで そうたいした経験が あるわけではないのだが 男女関係においても 恋愛なんぞ 勘違いに過ぎない 付き合っていくうちに お互いの短所や欠点が露呈され あれ、何か違うな そう思い始めたが最後 自分の理想と 相手の現実とのギャップに挟まれて 思い悩み苦しむ 私の想うあの人 なんてのは結局 妄想に過ぎないわけで そんなギャップがプラスに働けば ああこんな一面もあったのね と妄想と現実に折り合いをつけることができるのだが だから逆に言うと 恋愛の相手に何か期待を求めるから ギャップが辛いわけで 最初から 何も求めない こいつはきっと うんこをしても手を洗わない人間なんだ こいつはきっと 万引き癖があるのだ 性器がクサイのだ 放屁が必要以上に実を伴うのだ 最初からそう思うと 日々これ 相手に対する新しい発見 いやん惚れなおしたん つまり ギャップを楽しめば良いのであり そしてそれは ときに絶大なる性的衝動をも 引き起こすわけで さらに愛は深まり 世界は平和 人類皆棒兄弟 その証拠に その大半を想像・妄想を手段とする 女性のオナニーの半分は 嫌いな不潔な無骨な人間に犯される なのにこんなに濡れてるアタシ といったギャップを妄念する事が多く そう念ずる事で 事実おまんまんさんは いつもよりも多めにじゅんじゅんくるわけで 如何に妄想を膨らますか それこそが あらゆる問題に対する おまんまんさん周辺有事 危機意識対策管理なのであるが こと男性の場合 性処理に多くの選択肢があり あんなコがこんなことを あんなコがえ?そんなことまで といった基準で 風俗やAVの選択に 時には数週間に及ぶちんこ会議を開くともあるほど 将来や進路を考ずるときよりも 今我何で抜くんば それが日々の死活問題であるのは ちんこは一度発射すると 女性と違い 2発目の装填に時間がかかるという点において ちんこは握りたいが 発射は勿体無いという概念があり また発射のタイミングを見誤り 加藤鷹のちんこのモザイクで発射してしまっては 1日中機嫌が悪くなる事もしばしば だからこそ男には ちんこがえ?うそん?まじ? と驚くほどのギャップを 用意する必要があるのだ しかも毎日 ロリなのに淫乱 熟女なのに恥じらい ブサイクなのに美乳 巨乳なのにデブ 綺麗な女性と思ったらニューハーフ 猫かと思って よく見りゃパン 毎日ちんこの裏をかいて ちんこにキラーパスを出す事は いかに想像を膨らませることができるか ちんこを膨らませる事ができるか 私の十数年を振りかえって見るに 私の最大のギャップは 私の最大のオナニーギャップ歴は 10年ほど前の 関西大学入学案内パンフレット いわゆる願書というやつ その願書のパンフの表紙には 元気を醸し出した ショートカットの若い女性が 緑に囲まれて逆立ちをしており 服が少しめくれて おへそが出ていた その写真だけを見れば なんてことはない ちんこすら反応しない写真なのだが パンフ中には輝かしい大学の歴史や 小難しいおっさんの写真 有名大学入学申込書という 限られた人間のみが手に入れる事ができない 大層な冊子 そんなギャップが 我が若きちんこに刺激を呼び 今思えば よくもまあ 願書でオナニー よっぽどのチャレンジャーだったのか よっぽどの想像力だったのかなと思う いや単にバカだったのだ
願書 de オナニー
願書オナニー
若き青春の物語。
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