連日連夜 雨ニモマケズ 風ニモマケズ 自慰行為をしていると 流石にもう若くは無い ちんこをコスルだけで 可笑しくなれる10代とは違い ちんこがへこたれることも多く もしかしたら 未だ変わらず皮の長さに ちんこの見た目は子供でも 流石に ちんこ精神年齢は大人になったのかな そう思うことが多くなった 何よりも 最近のオカズといえば 専らアダルトビデオ・DVDに 頼ることが殆どで ネットでそれ系の画像・動画を ダウンロードしてオカズにすることもしばしば その行為の時点で 最早大人になった気がするのだけれど そう思うと 今の若者は裕福だ パソコンの普及率が高まり ネット加入率も 当り前になった世の中 親の目を盗み 11PMや大人の絵本(←関西地区限定) をこっそり見ては 高ぶるちんこを押さえきれずにいた 我々とは ジェネレーション・ギャップを感じるわけで しかし 戦後の食生活がそうであったように 裕福に成れば成るほど ありがたみは薄れ行くもので 勿論 ネットさえ繋げば 様々な画像や動画を見ることが出きる それはあたかも 電子レンジの如く 便利ではあるのだけれど どうにも 情緒を感じないんだなあ 男にとって オナニー源の確保というものは 思春期における 最大の命題で その道のりが 長く苦難・困難であるほど 得た快楽の達成感・充実感こそが 青春の思い出 自己性的嗜好の確立 ひいては 自己の確立 大人への階段を上る ということにもなるのだけれど 今の若者にはそれがない 欲しいと思ったときに 直ぐに手に入ってしまう 苦労ということを知らない その延長線上に 短絡的な少年犯罪の増加や 若者の学力低下 に繋がっているのは 最早過言ではないわけで 台形の面積や円周率など 社会に出て必要な時など殆ど無いのだが それでも 知らないよりは知っておいて損は無い 人格形成・人間成長の面で 必要だとは思うんよ 想像力が貧富なんて 若者が揶揄されるのは その最たるもので 我々の時代は オナニーにおけるオカズは その殆どが エロ本と想像に拠ることが多く 特に女性の場合は 今も昔も オナニーと言えば 想像 好きな人との性行為や 嫌いな人に犯される性行為を 想像してのオナニーと 相場が決まっているが故に 女性はどの時代にも 強く逞しくあるのだけれど 我々の思春期における時代も エロ本は高値であるため 想像が主戦力で またエロ本においても まだ陰毛が悪とされていた時代 エロ本のあの娘たちは 不自然に足を閉じ 大事な下半身は障害物で隠され その奥にある なにか を一生懸命夢想したり また 我裸の女性と対峙すらば といったシュミレーションなど 迸る性欲と ありったけの想像力で 混迷動乱の思春期を乗り越えてきたわけで ドキッ女だらけの水泳大会 はたまた歌番組 などアイドルたちの露出でさえも これでオナらなきゃ損 とまでにまぶたにしっかりと焼き付け アイドルがこんなことやあんなこと アイドルのあんなところはこんなところに 日々夢想しては ちんこをこすりつける毎日 そんな時代があったからこそ 如何なる女性 ときにはニューハーフや男まで 如何なるプレイにおいても 対応できるちんこに成長したわけで 20歳を過ぎると 人間の身体は 日々衰えゆき 果ては痴呆にもなり そうならないためには やはり日々の鍛錬が肝要 何かに行き詰まったとき クリエイティブな発想が出なくなったとき そんなときには たまには久しぶりに 想像で自慰行為をしてみるのも なかなかどうして 気持ち良いものであり ちんこにも 脳みそにも 良い刺激になるものであるが 一度ビデオやネットの至便性を覚えた今となっては そんな苦労してまで 自慰行為をするということは なかなか難しいのだけれど そこはほら ちんこもココロも 昔のように懐かしんでみればよいという点においては 懐かしみやすい 仮性包茎で良かった そう思います。
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