「アキトさん」
「…ん」
「寒くありませんか」
「さみーよ」
自分でも分かっている。寒いと僕は不機嫌になるのだ。つい、つっけんどんな受け答えになってしまう。ポケットに手を突っこんで使い捨てカイロをおもちゃにしているが、それでも寒さの苦手な僕には辛かった。
「わあ、息が白くなりますよっ」
「……さっきからずっとだろう」
何が嬉しいんだろうか、カヤは嬉しそうに跳ねながら歩いている。
僕も歩いていた。一時間座り続ける事に僕が耐えかねて、とりあえずぶらつこうと提案したのだ。
「…カヤ、はさ」
「何ですか?」
「寒くないのか……」
見慣れない制服。その上にコートも何も着ていない。僕なら確実に凍死しているだろう。
「ええ、平気です」
「そうか…」
「………」
「…………」
「…見つかりませんね」
「……悪ぃ、何も探してなかった」
僕は正直者だと思う。しかしあえてここは別の話題を選んだ方が得だとも思う。
「ところで、一応聞いておこうと思うんだけど」
「私に分かる事でしたら」
「十分だ。…僕は、何者だ?」
ただの学生だと思っていたが、実はそうではないらしい。三流ドラマか漫画でありがちな設定でウンザリだ。しかしこれが現実か。小説より奇なり、である。
「アキトさんはアキトさんです。えぇと…大学生さん、ですか?」
「ああ。でもそれくらい僕も知ってる。そうじゃなくて、だ」
もう太陽は沈んでしまった。今から、気温は下がる一方だろう。
白い息を吐いて、カヤは口を開いた。
「…私と同じです。探し物をしている人です」
「君と同じ?」
「そうです…。全部、初めから決っていたんです。私はアキトさんと出会って、こうして歩きながらお話する…そして一緒に探すんです」
「初めからって、いつからだよ」
「それは分かりません。けれど私は、二年前に気が付きました。それからずっと、アキトさんを探していました」
カヤは鞄を持つ手を強く握った。二年も探していたのか。ならば彼女にとってそれはとても長い期間だろう。
しかし僕としても何か釈然としないものでいっぱいだ。
「あれはさ…探さないと駄目なのか?」
面倒くさいとか今のままで良いとか、そういうんじゃなく。誰かに仕組まれているようで気に入らないのだ。
放っておいても問題にはならないはずだ。今まで僕が気付かずに毎日を過ごしていたように、これからも学校と家と図書館とスーパーを往復する毎日が続いてもおかしくない。
「何か、変わるのか?」
「……」
「僕は面倒くさい事はきらいだ」
見つけたコンビニに入る。店内がやけに明るく、僕は何故か不快感を得た。が、それを無視して熱い飲み物を物色する。カヤの分も充分買えるくらいの金は持っている。
そのカヤは眼鏡が曇って困っている。一しきり笑った後、彼女の選んだペットボトルを手にレジへ向った。
「…ここで良いか」
「ええ、構いませんよ」
コンビニの照明を背に受けながら、駐車場の輪留めに腰掛ける。肉まんを半分に割って差し出し、僕も食べる。ちなみにカヤは温かい紅茶、僕はお茶を持っている。
「すみません、アキトさん」
「や、中学生におごらせるわけにも」
「高校生ですっ」
「…………そりゃ悪い」
高校生、か。
「カヤは…探したいんだな」
暖かい物を口にしたからか、僕に少し余裕が出てきた。また本題を復活させる。
「……はい」
「僕も、一緒に探した方が良いか」
「…さっきアキトさんは一緒に探してくれると言いませんでしたか?」
「う」
大口で肉まんを食べる。お茶で流す。
「…………ああ、そうだったな」
「アキトさんにとっては、必要ではありませんか? 今のままで良いのですか?」
「そう、そこが問題だ」
to be or not to be, that is a question.そんなフレーズが頭をよぎった。
「僕にはあまり大きな問題じゃないんだ。僕は…そうだな、このままで良いとも思ってる。でもきっと、見つけた方がベターだ」
「…私は」
カヤは、白い頬を少し赤くしていた。紅茶は充分に熱かっただろうか。
「私は、やっぱり今のままは嫌です。早く…出来るだけ早く見つけたいです」
「そう、か…」
それはそうだろう。二年間も僕を探して、そしてこの町へ辿り着いたのだ。ここらの子ではないと思うのは僕の勘だが。
「……さて、カヤ」
僕は立ち上がった。冷えた手も暖まっていた。
「もうそろそろいい時間だ。バスが来る」
「アキトさん」
「カヤ、ちゃんと泊まるところはあるのか?」
無言でカヤは立ち上がる。スカートの裾を手で直して、僕の顔をじっと見た。初めて会ったときと同じだった。そして、首を横に振った。
「……どうするんだ」
「………すみません」
「いや、謝らなくても良いけど」
「えぇ…」
「…僕の部屋へ来るか? …………言っておくが、何もしないから」
時折友人や知人が泊まりに来る僕の部屋には、布団が一式余分に置いてある。今ならコタツもある。
ただし、女の子を泊めた事はない。
「……何も、しませんか?」
「約束する」
「…一晩、厄介にならせて下さい」
カヤは深々と頭を下げた。髪が前にさらり流れて、つむじが見えた。
「約束を守るという約束も守るよ」
「はい」
また僕は歩き出す。
「明日、一緒に探そう」
「はいっ」
明日中に探し出せなかったらどうしようか、というのは何故か頭に無かった。
まあ、僕もそれなりに欲しているかもしれない。探せば得るところはあるはずだ…。
とりあえず今晩は一人で寂しく飯を食べることはないのだと思うと、少しだけ嬉しかった。
隣でカヤも歩いていた。
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