月の輪通信 日々の想い
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父さんの個展4日目。 アプコ、ゲンを連れて会場へ。 お昼をはさんで、父さんの級友や陶芸教室の生徒さんたち、長年お付き合いの常連さんなど、たくさんのお客様が入れ替わり立ち代りおいでくださった。
「あれもこれも作りたいのに、時間が足りない!」 「間に合わない!」 「もう、あかん。」 制限時間ギリギリまで、焦ったり呻いたりしていた父さん。 結果的には、個展会場の展示スペースが足りなくなるほど沢山の点数の作品を作り上げたというのに、それでもまだ 「あんなものを作って置けばよかった。」 「あれが仕上がってたらよかったのに」 と不満そうに呻く。 大きな個展のたび、毎度毎度のことだけれど、この人は自分の成し遂げた仕事に対して「満足」ということを知らない。 「まだまだ、次の個展もあるんだから・・・。今、100%出し切っちゃったら、次に続かないよ。」 と何度慰めても、父さんは不満そうに首をひねる。 この「飽くなき探究心」がこの人の最大の力なのだと私は思う。
十分に会場を見て回って、お留守番のアユコにお土産を買って帰ろうと地下の食料品売り場へ降りたところで、携帯電話のベルが鳴った。 オニイが会場へやってきたという。慌てて買い物を済ませて画廊へ戻る。 画廊には、オニイのひょろりとした姿。アプコが嬉しそうに久しぶりに会うオニイに擦り寄っていく。 「忙しかったら、来れなくてもいいよ。」といいながら、案内状だけは渡しておいたのだが、都合をつけて出て来てくれたのだろう。 何日か前、オニイは何かちょっと気掛かりな電話をかけてきていて、心配していたので、顔を見られて嬉しい。
オニイはその前の帰省の折にも、珍しく父さんご指名でなにやら夜遅くまで話し込んで帰っていった。何か思い悩み始めていることがあるようだ。 一人暮らしをはじめて数ヶ月。 衣食住の慌しさに慣れ、生活そのものがある程度落ち着いて、学校で学んでいることや将来の仕事について、ようやく想う余裕が出てきたということか。 それでもまあ、とりあえず、見る限りでは元気そうだ。 よかった。
会場には、ちょうど私の大学時代の友人Yさんが同僚のお友だちを誘って訪ねてきてくれたところだった。Yさんとは数年前、やはり父さんの個展の会場で慌しくお会いして以来の久々の再会だ。展示してある作品を一点一点丁寧に見て、感じたことなど率直に話してくださる。 有難いこと。
話の途中に、学生時代読んでいた本の話や共通の友人の近況などを交えて楽しい時間を過ごした。ン十年の時の隔たりを越えて、若いひよっ子だった頃の気分がよみがえってくる。 思えば、私がYさんと出会ったのは、ちょうど今のオニイの年頃。学科は違ったが、サークル活動や趣味のお寺めぐりなどを一緒に楽しんでいた。楽しい学生生活だった。
その頃の私は、将来の進路について一応の希望は抱いてはいたものの、具体的な未来を思い描くことが出来ないでいた。 果たして自分がどんな道を歩んでいくのか。 いったい何が成せるのか。 どんな人とともに、家庭を築いていくのか。 「先が見えない」ということの不安にいつも苛立っていたような気がする。
今思えば、先の見えない真っ白な未来があるということは、青春時代のもっとも贅沢な特権だったはずなのに、何故あんなに不安になったり苛立ったりしていたのだろう。 一生の仕事を持ち、家庭を育み、当たり前の人生をがっちり築いているように見える「オトナ」達の「安定」を、何故あんなに羨んだりしていたのだろう。 毎日、自分のことだけ考えて生きていて許されていたのに、何がそんなに苦しく重かったのだろう。
40台半ばの「オトナ」になってしまったおばさんには、あの日の不安、あの日の苛立ちの意味は、もう判らない。 かといって、自分の仕事を持ち、子ども達を産み育て、人生の後半戦を生き始めた現在を「安定」とも思えない。 抱えていくもの、担がなければならないものは増えたけれど、やっぱりそれほど「先」が見えたわけじゃない。 あの頃に比べて、少しお利巧にになったことはといえば、 「先はみえなくてもいい」 「先はみえないからいい」 と思うことが出来るようになったことくらいか。
帰り際、父さんのいないところでオニイがそっとささやいた。 「かあさん、あの作品、どうなったん?」 オニイは私の先日の日記を読んで、焼成中に破損した父さんの作品のことを気にかけていたらしい。 「どうもならへんよ。窯場の隅に置いてある。」 「ふうん、そっか。」
思えば、家にいる頃、オニイは父さんの仕事について訊くことはあっても、作品そのものの出来についてはほとんど尋ねたことはなかった。 陶芸の学校に進んで、自分の手で土を捏ね、物作りを学ぶようになってはじめて、作家としての父さんの仕事に関心を持ち始めたということなのだろうか。
失敗しても、呻きながら立ち直り、再び作り始める。。 作っても作っても、「まだ足りない」と首をひねり、新しい土に向かう。 そんな父の背中。 オニイ、よく、見て置いてな。 それはきっと、いつか君の力になるはず。
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