月の輪通信 日々の想い
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2008年09月02日(火)

ようやく長い夏休みが終わった。
「ほら、行けぇ〜!」とばかりに子どもたちを学校へ送り出し、久々に一人で外出。
2ヶ月ぶりの七宝教室。
他愛無いおしゃべり。ウィンドウショッピング。ケータリング弁当でのランチ。
晴れ晴れとした気持ちで羽を伸ばす。
ようやく主婦の夏休みだ。

帰りの電車であと一駅というところで、ポツリポツリと雨が降り始めた。車窓に当たる雨粒が数えられるほどだったのが、たった一駅の間に本降りになり、改札口を出る頃には激しい雨音で回りの音が聞こえにくくなるほどの豪雨になった。
かばんの中に黄色い折り畳み傘が入っているのは判っていたし、いつもは歩いて帰る15分の道のり。
けれど雨脚はどんどん強くなる一方で、「もしかしたら」と少々甘えたい気持ちで父さんの携帯に電話してみる。果たして、父さんはちょうど近所のスーパーへ車で買い物に出たところで、帰りに駅まで回って迎えに来てくれることになった。
ラッキー!

「わぁ、助かったよぅ。ありがとう!」と父さんの車に乗り込んだところで、私の携帯電話が鳴った。
「あ、おかあさん。今、どこ?傘、持ってる?」とアユコの声。
ついさっき、アプコが「お母さんに傘、持ってく!」と一人で家を出ていったのだという。
「ごめん、今、父さんの車に乗ったトコ。」
「あらら、どうしよっか?ちょっと見てくるよ」
そう言ったきり、アプコの声がぷつんと切れた。どうやらアプコを追いかけてくれているらしい。
こんなにひどい雨なのに、父さん、アプコに続いてアユコもお迎え?
まぁまぁ、母一人の帰宅にお騒がせしちゃって、ドウシマショ。
申し訳ない気持ちとちょとだけ嬉しい気持ちと・・・。

車が最後のカーブに差し掛かる頃には雨も若干小降りになっていて、木立の向こうにアプコとアユコの姿が見えた。
アプコの小さな傘をアユコがさして、小さく寄り添いながら二人舫いで歩いている。
小さいアプコが濡れないように身をかがめて傘をさしかけるアユコと、
アユ姉の歩幅に遅れないように水溜りを避けながら小走り気味に歩くアプコと。
仲のいい姉妹の後姿にほっとほころぶ心持ち。

それにしても。
アプコの手には、くるくると巻かれたままの大人用の傘。
二人で入るんなら何でアプコの小さい傘でなく、私の大きい傘をささないんだろう。
それにそもそも、後から追いかけて出たはずのアユコは、なんで自分の傘をさしていないんだろう?

「どうしたの、二人ともずいぶん濡れてるよ。
大きいほうの傘、させばよかったのに」
追いついた車の窓から、二人に声をかける。
「あ、そっか、忘れてた。」
アプコが今更のように自分の手の中にある大人用の傘を見てぺろりと舌を出す。
「それにアユコ、あんた、自分の傘は?」
「あ、あのね、私の傘はね・」
アユコの傘はついさっき、雨に降られて困っている人に貸したのだという。
名前は知らない人だけど、登下校のときしょっちゅう顔を合わせるウォーキングのおばさん。
「あんまり濡れてて気の毒だったし、うちの家も知ってるみたいだったから、『今度、返してね』って私の傘、貸しちゃった。」
それで、アプコがさしていた小さい傘に二人で入って帰ってきたのだという。
アプコもアユコも、先ほどの激しい雨で肩から下の半分ずつがずぶぬれだし靴も泥んこのぬれねずみだというのに、なんだかニコニコととても楽しそう。クスクス笑いが絶え間なくこぼれて、妙にテンションが高い。
しゃあないなぁ、びしょびしょじゃん。
早く帰って着替えなよ。

突然の雨で薄暗くなった山道を傘も持たずにうつむいて歩いていく人の姿はなんとも言えず悲しい。
それがたとえ見ず知らずのハイキング帰りの親子連れであっても、降水確率70パーセントにも関わらず「めんどくさい!」と傘を置いていったうっかり者の馬鹿息子であっても。
だからついつい、おせっかいとは思いつつ「返さなくていいですから」と古いビニール傘を通りすがりのハイカーに押し付けたり、過保護とは思いつつ小学校の下足箱に子供用の傘を届けたりしてしまう。
そんな母のおせっかいや親ばかを、アユコもアプコも見るとはなしに見て育ったのだろう。
帰りの電車の時間も判らない母に「傘、もっていってやらなくちゃ」と駆け出してしまうアプコのあわてんぼや、知らないおばさんに「よかったらどうぞ」と自分の傘を差し出すアユコのお人よしは、まさに愚かな母の行動パターンの引き写し。
「おばかだなぁ」といいつつ、なんだか嬉しい。
いつのまにかアユコたちのクスクス笑いが伝染して、ほっこりと楽しい。

うちに帰るとまもなく、雨は止んだ。
本当に一瞬の通り雨だったのだろう。
子どもらの濡れた靴をベランダに出し、慌しく夕餉の支度に取り掛かる。
今日は久々に何か暖かいスープを作ろう。


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