月の輪通信 日々の想い
目次|過去|未来
父さんが仕事のお付き合いのお茶会に出るという。 九世を襲名したら、今後はこういう気の張る社交の務めも増えてくるのだろう。休日の朝、一人で出かけるのを億劫そうにしている父さんに「そろそろアユコを連れて行ってみたら?」と提案したら、父さんもアユコも意外と乗り気のようだったので、アユコ、初のお茶会デビューが決定。 ちょっとだけお嬢さん風におしゃれしたアユコと久々にスーツの父さんを駅へと送る。 「仕事もあるから、昼までには帰ってくるよ」と手を振りながら、娘と二人出の外出がまんざらでもないらしく、妙にうれしそうな父さん。 初めてのお茶会になんとなく緊張してハイテンションなアユコ。 「父娘でお出かけ」がまぶしいお年頃になったのだなぁ。 アユコも。そして父さんも。
アユコは今のアプコよりもっと小さいころ、「子どもお作法教室」なるもので茶道にはじめて触れて、その後何年かのブランクを経て中学で茶道部に入った。 その間、地域の文化祭でのお茶席に参加させてもらったり、工房でのお茶会でお相伴したりという経験はあるものの、今度のようによそでの正式なお茶会に出席するのは初めて。 どきどきわくわくのデビュー戦だ。
学校でのお稽古に使う袱紗ばさみに新しい懐紙を足して、忘れていけないのは新しい白ソックス。お茶室へあげていただく前に、道中の汚れのついた足袋をそっと履き換える心遣いだ。 母が始めてのお茶席に向かう娘に伝えることができるのはせいぜいそこまで。後は父さんのすることをよく見て、上手にまねをして楽しんでいらっしゃい。 我が父親に導かれて、初めてのお茶会に臨むアユコの緊張をちょっとうらやましく思う。
幼い頃、アユコはお稽古の小さなお茶会でお席に入ると、途中から決まってポロポロと涙をこぼして泣いた。 無理やりお茶会に連れて行かれて泣くわけではない。本人が「行きたい!」と強く望んで参加したお茶席なのに、きゅっとこぶしを握り締め、こわばった顔で座っていたかと思うと、やがてうつむいてポロポロ涙をこぼす。どうやらアユコはひどく緊張すると涙腺が緩む性質らしかった。 出されたお菓子にも手をつけず、ただただ涙ぐむばかりで退席してきたこともある。外目にはさぞかし、嫌がってる子どもを無理矢理にお茶席に連れてきた無作法者に見えたことだろう。お招きくださった方にもずいぶん申し訳ないことをした。
今日、帰ってきたアユコに真っ先に訊いたのは、「どうだった?アユコ、泣かなかった?」 「もーっ、泣かへんよ。帰りに父さんにもおんなじこと言われた。」 と照れ臭そうなアユコ。 アユコ自身、幼い頃、お茶席に入るたびポロポロ泣いていた事ははっきりと覚えているという。 「悲しいわけじゃないのに、なんであんなに泣いたんだろう?」 今のアユコには、お茶席であふれる涙をぬぐっていた記憶はあるけど、その頃の恥ずかしさや緊張の気持ちはちっとも思い出せない。 それだけアユコがたくましく大きくなったということなのだろう。
今日のお茶会で、席入りした父さんとアユコの前に運ばれてきたお薄のお茶碗が、たまたま昔おじいちゃんが作ったお茶碗だったのだという。 「まぁ、不思議なご縁もあるものですねぇ」と、初めてお茶会に出た若い娘の門出の吉兆を皆さんで喜んでくださったのだという。 多分それは単なる偶然の産物ではなくて、お水屋のどなたかが父さんとアユコが席入りするのを見ていらして、見計らってうちのお茶碗を選んで運ばせてくださったのだろう。 そういう誰かの心遣いを、みなが気づかない振りをして「まぁ、不思議なご縁」と一緒に喜べるところが、茶道の心得の美しいところだなぁとも思う。 そんなことも、これからアユコは学んでいくだろうか。
BBS
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