月の輪通信 日々の想い
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夕方、さっきまでご機嫌にあやとりをしていたアプコがべそを掻いて、そばへ寄ってきた。 「あのね、ゲン兄ちゃんにね、この前、ぶんぶんゴマ教えてもらったからね、お返しにあたしのあやとり、見せてあげるって言ったのにね・・・」 アプコが不満そうに唇を震わせて訴えてくる。 「『あやとりするより先に片付けしてきたほうがいい』って言って怒ったの」 「はぁ、それは残念ねぇ。ゲンにいちゃん、なにかほかの事で忙しかったんじゃないの?」 「ううん、違う。ゲームしてただけ・・・」
アプコはこの間から学校で教わった新しいあやとりが、上手に出来るようになったばかり。誰かに見てもらいたくて仕方がない。 「ほら、6段梯子も出来るようになったよ、見せてあげる!」 オニイ、オネエから父さん母さん、果てはおじいちゃんおばあちゃんまで、手当たり次第に新しい技を披露しては「すごいね、ありがとう」と褒めてもらって気をよくしている。 もっとも見るほうは、いつもいつもアプコのあやとりにお付き合いしている余裕があるわけではない。今のゲンのように、「ちょっと後でね。」とはぐらかしてしまいたくなるときもある。「せっかく見せてあげようと思ったのに・・・」とアプコが不機嫌になるのはそんな時。
まだまだ、周囲からは小さい子扱いされているアプコ。 「〜してあげる」は、アプコお得意のお姫様ワードの一つだ 自分で描いた絵を見てもらいたいとき、気まぐれのお手伝いの成果を披露したいとき、「ほら、お母さんにみせてあげる!」「タオル、干してあげたよ!」と得意げに言うその言葉が、時には独りよがりで偉そうに聞こえたりすることがある。それがまた他の兄弟たちの癇に障って、今日のように邪険に扱われることも多い。 もっとも、アプコ自身にはまだ、恩着せがましい気持ちはまるでないらしくて、「『見せてあげる』はなくて『見て頂戴』でしょ?」と正しても、ちっともピンと来ないらしい。
お兄ちゃんお姉ちゃんに守られ、おじいちゃんおばあちゃんに可愛がってもらい、父さん母さんには他の兄弟よりちょっとだけ甘やかされて育っていくアプコにとっては、自分の一挙手一投足がもてはやされ、手を叩いて喜んでもらって当たり前。 一見わがままそうに聞こえるアプコのお姫様ワードも、実はアプコが周囲の人から愛されていて、アプコ自身もまたそのことをちゃんと理解していることの裏返し。
「あのね、アプコ、ゲン兄ちゃんに『見せてあげる』じゃなくて『見て頂戴』ってお願いしてごらん」 不満そうな顔つきのゲンに目配せを送りながら、アプコに諭す。 不承不承小さい妹のあやとりにお付き合いしてくれているゲン兄ちゃんの優しさを、アプコがちゃんと理解できるようになるのはいつなんだろう。 末っ子姫の子育ては本当に難しい。 目下の母の悩み。
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