月の輪通信 日々の想い
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朝ご飯の片づけをしていたら、父さんが通りかかったので「ねぇ、今晩何食べよう?」と聞いてみた。 「別に、何でもいいよ・・・ってのがいちばん困るんでしょ?」 といわれた。 別に当意即妙の答えは期待していないからいいけどね。 「しっかし、主婦ってのも大変だよなぁ。朝ごはんが終わったらと思ったら昼ごはん。次は晩御飯だもんなぁ。 三食、そのたびごとに考えて作っていかなければならないし、食べるほうはチンと座れば食事が用意されてて当たり前の世界だしね。 僕にはできん仕事やね。」 と父さんが珍しく殊勝な発言。 「あらまぁ、それはありがとう。 私なんかに言わせれば、父さんの仕事のほうが大変やと思うけどね。 自分の腕一本で作品を作って、たくさん売って女房子どもを食べさせていかなければならないし、徹夜続きでいつも締め切りに追われてるし、手は荒れるし腰は痛めるし・・・。 アタシには出来ん仕事やね。」 「お互いに自分に適した仕事が出来てよかったねぇ。」 と顔を見合わせて笑う。 こういういたわりの言葉をさらりと照れずに言えるところが父さんの優しいところ。 それとも、「同病相哀れむ」の心境か?
先週、お出かけが多くて工房の手伝いがなかなか出来なかったので、一日工房エプロンで過ごす。 池袋での個展を前に、いよいよ父さんの仕事も大詰め。 工房の中では、あちこちに製作途中の作品が並んでいる。 洗い物用バケツに投げ込まれたおびただしい数の使用済みの刷毛類をまとめてガシャガシャと洗う。 釉薬の調整に使うCMC(ふ糊)もあっという間に空になり、空いたビンが流し台に並んでいる。慌てて4本分まとめて拵えて、冷蔵庫にしまう。 洗い物が山積みで、CMCの空き瓶が次々できて、父さんの作業エプロンがどろどろに汚れていると言うことは、昨日今日の父さんの仕事が充実しているということの証。 何より何より。
新しい釉薬を作るというので、ポットミルのポットを洗い、釉薬の材料を計量する。ポットミルは釉薬を粉砕攪拌するための機械。重い陶製のポットに大小の陶製の玉と計量した材料と水を入れ、からからと回転させて釉薬を攪拌する。 重いポットから前に作った釉薬を掻き出して別の容器に移し、陶製の玉とポットをきれいに洗う。 決められた量の原料をはかりで量って、ポットに入れる。 セメント袋からばっさばっさとスコップで取り出すと、腕まくりした肘までまっしろに粉を吹いたようになる。 ポットのふたをねじで閉めて、ミルにかける。 カラカラとミルの回転する音がはじまると、工房にあたたかい空気が流れるようで、私は釉薬作りの仕事が好き。
ところで、台所仕事ではゴム手袋なしでも手荒れの経験のない私の手。 釉薬のポット洗いの仕事をすると必ずというほど、ガサガサと荒れた手になる。釉薬の細かい粒子や乾いた粉が手指の脂分を絡めとってしまうのだろう。 この冬我が家の茶の間にはいろんな種類のクリームのビンが並んだ。 仕事の手荒れ専用のハンドクリーム。冬にはガサガサ角質化するかかと専用のクリーム。アプコの乾燥肌用の「もものはな」。 今日、父さんと二人でお互いのガサガサの手の甲を仲良くすり合わせてハンドクリームをぬってみた。毎日徹夜仕事の続く父さんの手は私以上にガサガサと潤いを失っている。 お互いの手を労わる想いでそのぬくもりを分かち合う。
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