月の輪通信 日々の想い
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2005年10月23日(日) 蔵書をいただく

夏の終わり、父さんの大学時代の恩師M先生から一通メールが届いた。
80歳になられて全てから引退する事にして、蔵書の整理をなさると言う。ついては、陶芸関係の本は父さんに、美術関係の本は美術の先生をなさっている父さんの同級生のAさんに譲ってくださるとのこと。
大学の教壇を降りられて数年になるとはいえ、退職後もアフリカでの小学校建設に尽力なさったりして、若々しく活動なさっておられた方なので、「引退」と言う文字があまりに唐突で、父さんと二人、首をかしげて顔を見あわせた。
大切な蔵書をお譲り頂くのはとても名誉な事だけれど、まだまだお元気な先生にいつまでも現役で活躍していただきたいと思う。その先生が早々と身辺整理を始めてられるのは、何となく切ないような、心を急き立てられるような思いがする。長年お仕事に使われてきた蔵書を一度に手放してしまわれては、先生自身もお寂しい思いをなさるのではないだろうか。
いろいろ考えた末、「本当に頂いてよいのでしょうか、まだまだお使いになるのではありませんか?」と言う旨をお返事して、幾日かが過ぎた。
そして、今月になってM先生から再びのメール。
「先日、Aさん一家がきて、美術関係の本は持って帰った。そちらはいつ取りにくる?」
ああ、やはり蔵書を整理されると言うのは本気でいらしたんだなぁと、あわててお宅に頂きにあがる日程をお知らせする。

今日、ようやく父さんはM先生のお宅へ伺う事ができた。
お供したのは、荷物運び要員としてのオニイと近頃父さんにべったりモードの甘えんぼアプコ。M先生と奥様は、子連れの父さんを我が孫が訪れてきたかのように歓迎してくださったそうだ。
「かあさん、M先生のお宅はなんか感動したわ。すごいねん。『紳士の住まい』って感じやなぁ・・・。」
先生から頂いた分厚い本の束を車から降ろしながらオニイが話す。自他共に認める活字の虫のオニイにとっては、近くの図書館ではなかなか見かけることのできない陶芸の専門書の数々に感激している。
「うん、これなんかは、芸大を卒業した頃に自分でも欲しくて、古本屋を探し回った本やなぁ。」と父さんも年季の入った大冊を手に感慨無量。
「陶芸大辞典」「世界陶磁全集」「探訪日本の陶磁」・・・・
貴重な書物の一冊一冊を繙きながら、長年のM先生の業績の豊かさを知る。

ところで、おまけでついていったアプコは、M先生の奥様から紙袋いっぱいにクリスマス用のオーナメントを頂いてきた。キラキラ光り物が大好きなアプコは、頂いたパールホワイトのモールの飾りをネックレスのように体に巻きつけて、上機嫌でアユコに見せる。
奥様はお花の先生をしていらっしゃるので、お仕事に使われるきれいな飾りのなかからアプコに好きなものを選ばせてくださったものらしいけれど、アプコは夢のようにきれいな物を惜しげなく分けてくださるのがとてもとても嬉しかったらしい。
「ねぇ、どうしてあそこのおうちにはこういうクリスマスのものがたくさんあるのかなぁ?」と訊くアプコの耳にちょっと耳うち。
「あのねぇ、ないしょなんだけね、実はね、M先生ね、クリスマスになるととっても忙しくなるあの人なんだよ。」

実を言うと我が家の子ども達はみんな小さいころ、白いお髭と日本人離れした立派な体躯のM先生のことを、みんな本物のサンタクロースだと信じて育った。わははと豪快に笑われる笑顔も子ども達の頭をワシワシとなでてくださる大きな手も確かに絵本に出てくるあの人そっくりの方なのだ。
アプコは今日、物心ついてから初めてM先生にお会いしたのだけれど、奥様のクリスマスグッズの効果もあって、本当に本物のサンタクロースと信じ込んでしまったらしい。
「絶対絶対、お友だちとかに言っちゃダメだよ。あの人は、サンタクロースの日本支部長なんだよ。」
「赤いお洋服着たら、サンタさんそっくりだと思うでしょ?」
「だからおうちにたくさんのクリスマスの飾りがあるんだねぇ。」
オニイやアユコまで調子に乗ってアプコに「M先生サンタ説」を吹き込む。きらきらの飾りを眺めながら、アプコがしばらく無言で考え込んでいたようだ。

去年辺りから、サンタの存在に半信半疑になりかかっていたアプコにも、今年はしっかりとM先生の顔をしたサンタクロースが存在する事になるだろう。たくさんの貴重な蔵書と共に、父さんは我が家で最後のクリスマスのファンタジーもM先生から頂いてきたようだ。


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