月の輪通信 日々の想い
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昼下がり、最後に残った工作の宿題をやっつけながら、アプコが鼻歌を歌っている。小学校に入ってはじめての夏休みを堪能したアプコには、「あと数日で夏休みも終わり。もっと遊びたかったなぁ。」という感傷も、「もう一回くらい海かプールへ行きたかったなぁ。」という心残りも、「あと一日で読書感想文、終わらせなきゃ」という焦りもない。 「今日は何をしようかな、」と「今日のお昼ご飯はなにかな。」で一日が始まり、「ああ、今日も一日、楽しかったな」と「明日の朝ごはん、なにかな」で一日が終わる。 淡々と、何の疑問もなく、今日の日の刹那を味わいつくして、夏を見送るアプコ。
「おかあさん、おかあさん。」とひっきりなしに下らない質問やおねだりやダジャレ、駄々っ子を繰り出す子ども達の相手に倦んでPCの画面に没頭していたら、アプコがツンツンと私の肩をつついて、「ねぇ、回ってる?」という。 「なにが回ってるって?」 アプコの言葉の意味が分からなくて何度も聞き返す。 「だからぁ・・・回ってる?お母さんも回ってる?ほらほら、回ってるでしょ?」 とアプコは首をかしげて部屋の壁やら天井やらを指差す。 「このおうち、まわってるでしょ?回ってない?まわってるよね?」 ??? 「あー、止まってきたよ。いま、止まってるよね?」 ????? 「うん、止まってる。もうまわってないね。」 と「?」だらけの頭で相槌を打ったら、「でもこうやったら、また回るよ。」とアプコがたたみの上でくるくると回り始めた。ハムスターのようにちょこまかとその場で何べんも何べんも足下がふらふらするくらい回ったら、「ほら!見て見て!すっごい回ってる!」という。 ああ、それはお家が回ってるわけじゃありません。あなたの目が回っているだけです。 ・・・と、いつもなら、一言で片付けてしまうところだけれど、小走りにくるくる回るアプコが本当に楽しそうだったので、 「うわぁ、ホントだ。すっごい回ってる!アプコがまわしてるの?」と調子を合わせてみた。 「うん、今さっきね、ちょっとやってみたら、お家がまわってん。このお家、よく回るねぇ。」 と、得意げにいうアプコ。
どうやら、「目が回る」という現象を、アプコは今日はじめて「発見」したらしい。そして冗談ではなく本気で、自分の力でこの家を廻していると感じているのだろう。自分がくるくる回ると、自分の視界の中で回っている母も、自分が見ているのと同じ「回る室内」の映像を一緒に見ることが出来ていると信じているらしいのだ。 自分が世界の中心に立って、くるくる走り回る事で世界を廻している。 そんな天動説の世界を普通にアプコは生きている。 幼いアプコの世界には、まだまだ、大人とは違う時間、違う世界観がながれている。 そのことがなんともかわいらしくて、「それは『目が回る』っていってね・・・」と説明する事をせずに、「ほんとだねぇ、すごく回ってるねぇ。」と調子を合わせて驚いてみせる。
これがオニイやアユコの時だったら、早々に理屈を教えて「天動説」の迷妄を晴らすところだけれど。 子ども独特の不思議な世界観を、もう少しそのまま身の回りにおいて暖めておきたい。 そんな気持ちで、くるくる回るアプコの無邪気を楽しむ。 確かに今日、母の視界も回って見える。
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