月の輪通信 日々の想い
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けだるい昼下がり。 TVの部屋で皆ががごろごろしていると、ダイニングの食卓のほうでかすかな音がする。 フローリングの床を引っかくような小さな小さな音。 「あ、来たよ、来たよ」 「しーっ、動かないでね。」 アプコが抜き足差し足で覗きにくる。 「えーっ?どうしたん、どうしたん?」 外から帰ってきたゲンが、大きな声を出す。 「あーあ、行っちゃった。だめよ、大きな声をだしちゃぁ。」 アプコ、プンプン、怒る。
春頃から我が家のダイニングの掃きだし窓から、時折スズメが入ってくる。 はじめは、窓のサッシに落ち込んだ食べこぼしの米粒を拾いにおそるおそる首だけ突っ込んでいたのが、だんだん遠慮がちに部屋の中まで入ってくるようになった。 二つ三つ、米粒をついばむと慌てて、もと来た道をちょんちょんと跳ねて戻っていく。 しばらくすると、またおんなじ(多分)スズメが、ちょんちょんと跳ねてくる。今度はさっきより少し大胆に距離を伸ばして、えさをついばむ。 最近では部屋の真ん中にあるアプコのいすの下あたりまで、冒険してくるつわものもいる。 アプコの食べこぼしにつられて、「まだ、大丈夫かな。もうちょっと入ってみようかな。」と周りをきょろきょろしながら侵入の距離を伸ばしていくのが面白くて、ついつい「しーっ!」と声を潜めて小さな冒険者たちの動きを見守る。
途中でわっと驚かしてしまうと、スズメたちはパニックに陥り、ばたばたと飛び立って、もと来た道を忘れてしまう。 慌てて飛び立ったスズメが壁や窓にぶつかったりしてはかわいそうなので、たまに侵入者の姿を見つけても騒がずに、スズメたちが自分で窓の隙間から出て行くのをそっと見守る。 それがなんとなく我が家の子どもたちの暗黙のルールとなっている。
そういえばアプコとの登園の道のり。 時々、アプコがぎゅっと私の手を引いて歩みを止めさせることがある。 その視線の先には、道路に落ちた木の実だか何だかをついばみに降りてきた小鳥の姿。 「いま、ご飯食べてるから、ちょっと待って!」 アプコは必死の形相で言うけれど、野生の鳥たちの聴覚は敏感で、人の気配を察するとあっという間に飛び立って行ってしまう。 「びっくりさしたら、あかんやん。」 やっぱりプンプン怒るアプコは可愛い。
ポツポツとPCに向かっていたら、すぐ後ろの座敷机で宿題をしていたアユコがピッピッと私の服のすそを引っ張った。 「見てみて」というように、同じ机の反対側で熱心に遊んでいるアプコを指差す。 アプコは机の上一面にたくさんの立方体の積み木を並べ、小さな指人形たちの家をこしらえて遊んでいる。積み木の箱のふたで屋根をつけたり、食卓に見立てた積み木に人形を座らせたりして、なにやらとても熱心だ。 ぶつぶつ独り言を言ったり、人形をプイプイと歩かせたり、アプコが豊かなファンタジーの世界にどっぷりと浸かって楽しんでいるのがよくわかる。 その熱心な表情は、あまりに大真面目で笑えるのだけれど、でも、ちょっとでも誰かが声をかけたりしたら、アプコは照れ隠しにざざっと夢のおうちをつぶしてしまうかもしれない。 そんなアプコの様子を、母と同じ視線で「可愛いな。」と思えるアユコ。 アプコのファンタジーを邪魔しないように、「おかあさん、おかあさん」とそっと私に知らせてくれる、そんなアユコのお姉さんぶりもまた可愛い。
一人で見つけてきた古い板をギーコギーコとのこぎりで切ることに熱中しているゲン。 寝食を忘れて文庫本の推理小説を熱心に読みふけるオニイ。 木の葉の間から零れ落ちる朝日をうっとりと手を伸ばしてつかもうとするアユコ。 そして、少年のような素直さでただただ土を練ることの熱中する父さん。 人にはそれぞれ、声をかけずにそっと放っておいて欲しい至福の瞬間がある。 「しーっ、びっくりさせちゃだめ。」 と誰かのその「瞬間」をそっと見守るやさしい視線。 そういう穏やかな時間を愛する気持ちが、家族の中に確かに育っているということが、ほのかに嬉しい。
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