月の輪通信 日々の想い
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お正月恒例、実家への里帰り。 いつもは離れて住んでいる弟たちの家族も集まり、にぎやかな数日間。 子供らは小さい従姉妹のあやちゃんとにぎやかに遊び、 出産間近の義妹の幸福そうな笑顔を皆で喜ぶ。 祖母の喪中とはいえ、穏やかで暖かいお正月。
実家の父は定年退職して数年目。 「第九」の練習に通ったり、地域に老人会を立ち上げたりと、 精力的にリタイア後の生活を楽しんでいるように見える。 「次はどんなことをはじめるかしらん?」 離れた場所から、父の新しい動向を耳にするたび、楽しい驚きをたくさんもらう。 長いサラリーマン生活の間、いつもスーツで出勤していた父が、会うたびに「日曜日の父」の姿で迎えてくれる。
「着なくなった背広がたくさんあるんだが、着られそうなら持って帰ってくれないか。」 父がうちの父さんに提案。 日頃は仕事着で過ごし、展示会の時くらいしか背広を着る機会がないうちの父さんは、数着のスーツを着回すだけで、それほどスーツという物を買ったことがない。 確かに在職中の父が着ていた上質の素材のスーツやコート、そのままお蔵入りには忍びない。 でも、それにしても、サイズがねぇ。
・・・と思っていたら、あら不思議。 試着してみた父のスーツは、中肉中背、首太、なで肩の父さんにぴったりフィット。 ズボンの丈まで、お直しなしでそのまま着られそう。 「ありゃりゃ、着られるじゃん!」 嬉しくなって、次々試着する父さん。 またまた嬉しくなって別のスーツを引っぱり出してくる父。 「本当に、いいんですか、まだ着られる事もあるんじゃないですか。」 ととまどいながら、父の勧めるコートに手を通し、それにまつわるうんちくに耳を傾ける。 見覚えのあるバーバリーのコート。 見慣れた父の背中を思い起こさせるベージュのコートを、我が夫の背中にかける。 なんだか不思議な違和感。 そして、懐かしいような親しい感じ。 少し混乱した思いで、男達のファッションショーから少し身を引く。
「あんなお下がりをあげて、気を悪くしないかしらん。」 母が父さんを気遣って私にささやく。 「ふん、でもうちの父さんも、喜んでるみたいよ。」 お台所でおせちの残りをつまみながら、母と笑う。 「それにしても悔しいくらい、ぴったりねぇ。」 厳しく、時には気詰まりなほど自信にあふれて見えていた父と、穏やかでひとあたりのいい私の夫。 父とは全く違ったタイプの男を伴侶として選んだ筈だったのに、50歳を過ぎて働き盛りの季節を迎えた父さんの背中は、企業戦士として走り回っていた父の背中にどこか似ている。 「ファザコンみたいで、なんか、複雑。」
そんな想いを知ってか知らずか、娘の伴侶が快く自分のお下がりを喜ぶのに気をよくして、父は上機嫌。 「男にとって、背広は鎧のような物だから・・・」 上質なコートや背広は、働き盛りの父の気概を保つ守りの糧であったのだろう。 今、工房で土まみれになって作品を作り上げる夫にとって、 守りの衣装とは何なのだろう。 歴戦の鎧を娘婿に譲る父の想い。 舅の背広に快く袖を通して、素直に喜ぶわが伴侶。 私を守り、愛してくれる二人の男達の友情に、複雑な想いを重ねつつ、 たくさんのお衣装荷物を車に積み込む事になった。
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