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2007年07月15日(日) David Hoon Kim のデビュー小説

雑誌 New Yorkerの夏のフィクション特集号で唯一の新人作家デビュー作品として掲載されていたDavid Hoon Kimの"Sweetheat Sorrow" を読んだ。著者は村上春樹に影響を受けたといっている。(著者 Q&A

主人公Blatandは「見た目が日本人」、中身はデンマーク人の青年。日本人の両親の下に生まれたが、小さいころ養子にやられてデンマークで育ち、今は学生ビザが切れた後もパリに不法滞在している。

まず、パリで「見た目が日本人」とどうして言えるのか。アジア系なら分かる。でも、小さいころからヨーロッパで育ち、日本の文化に接していなかったなら、姿勢やしぐさなどの「日本人的特徴」が現れるとは思えない。韓国人にも中国人にも見えるだろう。そして、日本語を一言もしゃべれない「見た目だけが日本人」(ということにしておこう)の男の人に、日本人の留学生、しかも日本の受験戦争などのプレッシャーから精神疾患になり、パリに「逃避」してきた女性がひかれ(つきまとって?)、付き合うようになる、という状況はなんか説得性がない。男女の中なので絶対にありえないとは言わないが、海外では見知らぬ日本人同士は、どっちかというと避けたがる傾向があると思う。(おまけに、「中学校でフランス語を学んだから」という理由で留学先にパリを選んでいたりする)

フミコという、3つ向こうの部屋に住むその女性がある日自分の部屋に引きこもったきり出てこなくなる。”Hikikomori”、日本の「ひきこもり」についての言及もある。村上春樹の『アフターダーク』の影響か。

彼女は「日本語で妻は夫を“vous”(あなた)と呼び、夫は妻を”tu”(君、おまえ?)と呼ぶ。」というが、この世代ではそんなことはないのでは。

「日本では神経衰弱の大半は十代後半から二十代前半に起こる。大学入試や、大学入試の資格を得るためのテスト[共通テストのことか?]や、資格を得るためのテストのための準備クラス[予備校?]などがある頃だ…自分の体臭が気になってしょうがない病気になる人もいる…しかも、準備クラスに入るためのテストもあるんだぜ…信じられるか?」と語る同じアパートの学生。

その心理学の学生が、フミコは日本を忘れるためにフランスに来たのに、日本を思い出してしまうものがそばにあるので…とBlatandに言う。はっきり言わないが、「君が日本人に見えるから…彼女は苦しんでいる」と言いたいらしい。フミコが「日本を忘れたい」、というのもちょっと違う気がする。「日本」という大きなものより、もっと具体的な、例えば大学入試の挫折や、親の期待からくるプレッシャーから逃れたいのではないだろうか。

そして自分がよく日本人に間違われることを皮肉って、Blatantは”I probably look about as Scandinavian as the Emperor Hirohito”(僕はヒロヒト天皇と同じくらいスカンジナビア人に見えるんだろう)と語る。何でここで昭和天皇が出てくるのか?

要するに一番引っかかるのが、韓国系アメリカ人の著者がなぜ日本人(に見える人)と自殺する日本人の彼女について書くのか、ということである。やはり、細部は日本人の実感とはずれている。著者David Hoon Kimは韓国で生まれ、子ども時代を過ごし、後にアメリカとフランスで学んだそうである。

正直、最初に”Sweetheart Sorrow”を読んだとき、面白いと思った。でもそのうち日本人の立場からの疑問や違和感がむくむくとわきあがってきた。
著者に悪意はなくとも、潜在的な日本に対する複雑な思いというのがどうしても出てしまうのかな、と思った。書いている言語は英語である。日本の誤ったイメージが一人歩きしなければいいが。


駿馬 |MAIL

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