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2005年05月07日(土) 記録としての日記の価値

山本七平著『日本はなぜ敗れるのか―敗因21カ条』を読み始めた。帯に「奥田碩会長が『ぜひ読むように』とトヨタ幹部に薦めた本」とあったのに惹かれ、買ったものである。いやあ、面白い。始めの方に記録としての日記の重要性が説いてある。

 …林屋辰三郎氏が「私は、常に、歴史資料は、『現地性』と『同時性』という二つの基準に照らさなければならないと考えます。文献ならば、その場所で書かれたものかどうかということ、これが『現地性』です。そして、そのときに書かれたものかどうかということ、これが『同時性』です。このX軸とY軸の二つの軸で判定して、その基準に近づくほど。史料として価値が高いということです」と記されている。(p10)

後から思い出して書いた手記などでは「同時性」がうすくなる。また、たとえ両方の基準を満たしていても、組織などへの配慮、責任の回避などが入り込む文書は信頼できない。特定の読者を想定していない「日記」がいいのだ。そこで、このネット日記、ブログの爆発的な普及である。「当時の人たちはどんな評価ををしていたのか」、「どういう行動をとったのか」を知るための膨大な記録がネットの日記やブログから集められるというのは、歴史的検証に非常に役立つのではないか。いちいち削除、捏造するのは無理なわけで。正式な文書にわざわざ残さないような、何気ない日常が、結構忘れ去られてしまうものである。


駿馬 |MAIL

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