みょうの日記
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| 2004年11月25日(木) |
学力低下・・・の続き |
さてさて、学力低下は学生のせいじゃないという例を1つ。
某塾の国語テストアドバイス文の中に、長文問題では全部読んでいては時間が足りない。先ず問題と選択文(今、答えを文章で書き込むって省略化されていっているんだよね)を読んで、道徳的に文部省が良としそうな文が書いてあるものをとりあえず選ぶ。すると、大概は当たっている。そこが学校教育のちょろい(とははっきり書いてなかったけど)ところで、それを読みとることができれば君は勝ち組だ! ・・・だそうだ。 また別の話では、そういう選択文から選ぶ問題は、大概2番目に長い文が正解だから、それを選ぶといい。なんていう話になっていたらしく、テストを出す側も選択文章は極力文字数を同じにするように! という注意書きが添えられていたこともあった。
文章を書くことに馴染もうっていう章でさえ、「物語を書こうと意気込まず、まずは正確にその日あった自分の体験を書き連ねていこう」という主旨のはずの例文が、どう読んでも「このボクと言っている主人公は犬じゃないか?」って感じの例文だし。
これって子どもに何を教えているんだろうネェ。テストの仕方デスカ〜? テストの仕方なんて社会に出たら役にも立たないって。役に立たないことを十何年もかけて教えてるわけなんだね。 一番いい例が英語だね。諸外国の人から言わせると12年も英語を教わっていて、話すこともろくに出来ないっていうことが信じられないらしい。
学校って何をするところ? 教育って何?
根本から考え直す必要があるんじゃないかね?
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