みょうの日記
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ついにオウム麻原元教祖に死刑判決が出た。この判決を本気で不当なものだと思っている人はいったいどのくらいいるだろうか。 マインドコントロールされた人間が、その呪縛から解き放たれることは難しいという。 オウムではないけれど、かつて私は知人から新興宗教の勧誘を受けたことがある。ほんの数ヶ月だけ同僚だった彼女だが、あるときバッタリ道で出くわしたのだ。人懐っこい人で、そのときも挨拶がてら立ち話しているうちに一緒に遊びにいくことになった。どこに行こうと言う話の中、ふと思いついたように彼女は、「じゃあ、行きたいところがあるから●●●に行ってもいい?」と言い出し、ことわる理由もなかったから頷いたのだが、実際、駅に着いて近くの喫茶店で軽く食事でもして・・・、と腰を落ち着けたところで話が妖しげな方向へ行っていた。 なんのことはない、その駅近くにいわゆる道場があったわけだ。 世間では、さまざまな新興宗教が雨後の筍のようにワラワラ話題に出てきていた頃だ。熱心に勧誘されつづけ、私は辟易して、つい意地悪したくなってしまった。 つまり彼女のいう真理の矛盾をついてついてつきまくった。信仰はもっていないが美術が好きで不思議ちゃんが大好きな私は、いろんな宗教関係のものを聞きかじったりしている。知識とはいえないレベルのそれでさえ、彼女の真理は簡単に論破できる程度のものでしかなかった。 新興宗教というものは、早い話が古い宗教のごった煮だ。しかも、長い年月を経て歪曲された真理も多くある。そういうものが一緒くたになって出てきた宗教がほとんどなのだ。 信じることが悪いと言うのではない。 反対に国教を失った日本は、民族という意識と結束をも失ったのだろうなと思っている。人の思考は複雑になればなるだけ、より縋る対象が必要なのでは、とも思う。 けれど一つだけ確かなことは、偏奇した宗教にけっして正義はないということだ。
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