てらさき雄介の日記
DiaryINDEX|past|will


2010年06月13日(日) JCと水平社

日本人は物事を言い切ることをためらう。また皆で口を揃えて文章を朗読することに恥らいを感じる。それ自体はわかる気がする。また悪い文化とも思わない。

そのような中でも2つの名宣言文を知った。ひとつは日本青年会議所の1990年代宣言文である。このなかにある�猜儚廚稜銃絢圻瓩蓮�過去ポスターに入れたこともある。

「変革の能動者たらんとする青年として、個人の真に豊かな生活の実現を通して、自立した快適で活力ある地域を創造し、自由と公正を保障する国家を基盤として、世界の平和と繁栄に貢献し、地球上のすべての人と共に生きることを誓う」

そしてもう一つ。水平社宣言だ。被差別部落民による運動体の指針として、明治期につくられたもの。少しキツく聞こえるかもしれないが、その怒りが時代をこえて蘇ってくる。

「全國に散在する吾が特殊部落民よ團結せよ。

長い間虐められて來た兄弟よ、過去半世紀間に種々なる方法と、多くの人々によってなされた吾らの爲の運動が、何等の有難い効果を齎らさなかった事實は、夫等のすべてが吾々によって、又他の人々によって毎に人間を冒涜されてゐた罰であったのだ。

そしてこれ等の人間を勦るかの如き運動は、かえって多くの兄弟を堕落させた事を想へば、此際吾等の中より人間を尊敬する事によって自ら解放せんとする者の集團運動を起せるは、寧ろ必然である。

兄弟よ、吾々の祖先は自由、平等の渇迎者であり、實行者であった。陋劣なる階級政策の犠牲者であり、男らしき産業的殉教者であったのだ。ケモノの皮を剥ぐ報酬として、生々しき人間の皮を剥ぎ取られ、ケモノの心臓を裂く代價として、暖かい人間の心臓を引裂かれ、そこへ下らない嘲笑の唾まで吐きかけられた呪はれの夜の惡夢のうちにも、なほ誇り得る人間の血は、涸れずにあった。

そうだ、そして吾々は、この血を享けて人間が神にかわらうとする時代にあうたのだ。犠牲者がその烙印を投げ返す時が來たのだ。殉教者が、その荊冠を祝福される時が來たのだ。

吾々がエタである事を誇り得る時が來たのだ。

吾々は、かならず卑屈なる言葉と怯懦なる行爲によって、祖先を辱しめ、人間を冒涜してはならなぬ。そうして人の世の冷たさが、何んなに冷たいか、人間を勦る事が何であるかをよく知ってゐる吾々は、心から人生の熱と光を願求禮讃するものである。

水平社は、かくして生れた。

人の世に熱あれ、人間に光りあれ。」

本日の午前、部落解放同盟県連合会の大会に参加した。関西地方では多くの議員がお付き合いしているそうだが、神奈川においては私を含め2名しか県議はいない。

困っている人を助けたいと思う。なかなか上手く出来ないが、その意志に基づき行動したい。差別的な言動は個人と社会を不幸にする。実際そういう場面に出会ってきた。

今日の挨拶でも言った。「差別という課題は私の世代で解決したい。次の世代は互いに人間を尊重する社会に生きてほしい。」大袈裟に聞こえるだろうか。しかし現在の社会情勢は、そう言わざるを得ない実態である。

●今日一日

【午前】
部落解放同盟県連合会大会/横浜市西区

【午後】
NPO法人ラグビーフットボール協会発足式/中央区富士見
文部省主催の教育イベント/中央区中央
明治大学校友会相模原地域支部総会/中央区中央
支援者訪問/中央区上溝

明大マンドリンクラブOBによる演奏


てらさき雄介 |MAIL |HomePage