てらさき雄介の日記
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2009年06月07日(日) 人間の証明

6月29日行う予定の一般質問に、後援会の皆様がバスを仕立て傍聴に来て頂けることになった。また7月5日には恒例のボーリング大会も。それぞれ日が迫っているので、ご案内を持って支援者宅をまわった。

またお世話になっている女性団体の皆様にミニ集会をやって頂き、じっくり2時間にわたり、県政報告をしつつ相模原のこと神奈川のこと、そして世界情勢まで及んで意見交換をした。

夜は親しくしている市議の集い。他の政治家にはないモノを持っていると、かねてから注目していたところ。今後も党の同志として切磋琢磨していきたい。また議員の父上には、一言では語れない恩義がある。

さて何日か前にも書いたが、DVDでドラマを何本か見ている。そのひとつが‘人間の証明’だ。その最終話を今日見た。冷酷な犯人は県知事候補(しかも神奈川)で、女優松坂慶子が役を演じている。

以下ネタばらしになるがご容赦願いたい。自分の息子を殺した犯人が、その犯罪を隠蔽しつつ、警察の事情聴取も鼻であしらい続ける。そして当選確実のなか選挙運動を続ける。しかし最後の瞬間、任意同行の取調で自供するに至る。

そのキッカケは、母(犯人)にナイフで刺されてなお、その母をかばうために被害者が、犯行場所から遠く離れた場所に行って死んだという事実を、警官から聞き涙を流したこと。その涙こそ‘人間の証明’という話。

6月定例会の一般質問で、障害者施策の充実とホームレス支援を取り上げるにあたって、改めて学生時代に雄弁部の先輩から聞いた話を思い出す。その先輩がインドに長く旅したときの話だ。

私も1か月ほどインドにいたことがあるが、貧しい人たちが街に溢れている。疲れるくらい元気な街なので、一見して悲愴感は漂っていない。しかし道を歩いていると、足や手がない人の物乞いをよく見かける。

そのなかには、貧富の格差とカースト制度によって、将来にわたり物乞いだと考えた親が、子どもの手足を切ってしまったケースがある。もちろん生まれながら障害を持った人も。

さて先輩の話。バスに乗ると下半身のない人が乗ってくる。まわりは誰も手を貸さない。見ているだけ。しかし誰も文句を言わずに、バスも出発を普通に待っている。日常の風景のなかで。

優しさとはそんなものでいいのでは、という先輩の教唆だった。人間にとって一番大切なのは優しさ。そう信じている。だからいつもこの先輩の話をいつも思いだす。

しかし最近思う。待っている優しさもあるかもしれないが、手を貸そう、おんぶしてあげよう、バス代に困っているなら出してあげよう。それこそがいや、それもまた優しさではないか。

不遜なことだろうか。傲慢だろうか。あるいは差しでがましいのだろうか。違う。そう思うことこそ‘人間の証明’ではないか。そのことは個人と社会の不幸を、取り除くことに繋がるのではないか

来る一般質問では、障害者とホームレスに対して「何が出来るか」を、知事に対して堂々と訴えたい。残念ながら議会や行政には、弱者たる原因をその個人に求める人がいる。社会の責任を考えずに。頑張ろう!

【今日一日】
12:30 行政相談(子育て)/富士見
13:20 支援者訪問/相模台
14:00 世界平和女性連合有志ミニ集会/相模大野
16:30 支援者訪問/若松
18:00 山下昌一朗市議‘薫風のつどい’/上鶴間本町
19:40 支援者訪問/富士見


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