| 2003年03月24日(月) |
イラク戦争に関して思うことその3。 |
<続き>
------------------- 欧羅巴の思惑について
言うまでもなく、欧羅巴は中東と地続きだ。 私の生まれ育った日本は島国なので、余所の国と地続きである、という感覚は本当のところよく解らない。 が、まあ乏しい想像力を駆使してみる。
仏蘭西は、湾岸の時も攻撃の正当性について疑問を提示した。その後仏蘭西は、イラクの原油を有利な条件で輸入することに成功した。 今回の亜米利加の侵攻で、この利権が危機に晒されている。 これが、今回攻撃に反対した理由の一つになり得るだろうか?
・・・違うような気がする。 どちらかと言えば、自国と地続きであるイラクに米軍が駐留する事を警戒している様に見える。 仏蘭西は軍事大国だ。 だからこそ、近くに(まあそんなに距離は近くないが)他の軍事大国の軍が駐留する事に敏感に反応するはずだ。 しかも経済面でドルに対抗するため少しずつ勢力固めをしている最中であるEUの主要メンバーだ。欧羅巴に亜米利加の勢力が伸びる事を警戒するのが当然だと思う。 独逸にとっても同じ事が言える。
今回の亜米利加の開戦に向けたゴリ押しは、正に「無理が通れば道理が引っ込む」系の手法だった。国際協調なんて知ったことか、という気配が芬々としていた。 だから仏蘭西には、攻撃採決に反対する正当な根拠が充分にあった。仏蘭西の反対は「洗練されたまともな大人の姿勢」であった。実に欧羅巴的であり、道理に叶った反対姿勢だったと私は思う。 にもかかわらず亜米利加は、「悪の枢軸に味方する悪の手先・仏蘭西」、「亜米利加に賛成しない仏蘭西は亜米利加の敵」、という子供染みたアジテーションを強引に行った。しかも驚くべき事に、それが各所、特に亜米利加国内に浸透した。 アジテーションの標的は専ら仏蘭西だった事もおかしな事の一つだ。 が、独逸は東西統合後の不況から未だ立ち直れていないので、仏蘭西が欧州大陸内で一番の強国と言える。ここに、EU最有力国を叩いておく、という亜米利加の意図が感じられる。
欧州の人々は、現在も正当に仏蘭西の反対姿勢を評価しているのではないだろうか。反戦云々もさることながら、国際社会のルールを尊重する側だから。 査察を完全に行って、証拠が出た時には攻撃する。もしきちんとこのような手順を踏んでいれば、欧州で反対する人は、案外少なかったのではないか。ルールを遵守しない国にペナルティを与えるのは、大人にとって当たり前だから。
なのに、ワザととも挑発とも思える強引な方法で、亜米利加は開戦に踏み切った。 ここにも、何かしらの意図を感じる。 もしかすると、EUの無力を印象付け、地球で最も強い国は亜米利加、というデモンストレーションを弱小諸国に対して行うためのゴリ押しだったのではないか?
欧羅巴の国で亜米利加に同調している大国は、中東から非常に遠いスペイン、海を挟んでいる英吉利だ。 英吉利はEU共通通貨であるユーロ圏にも入っていない事からも、欧州大陸と一線を画しているように見える。同じEUの一員、というよりは、仏蘭西、独逸等EUの中心国と競り合うような気配がある。ユーロ圏に入らなかったため、英吉利には「ドルに対抗するユーロ」の発展、という視野もないはずだ。
今回あれだけ国民の反対があったにも関わらず亜米利加に同調したについては、他のEU諸国に対してアドバンテージを獲れる何かがあったからとしか思えない。 EU有力国仏蘭西が叩かれ、亜米利加に反対したEU諸国の無力がアピールされれば、亜米利加に加勢した英吉利の立場は総体的に上昇する。 EU諸国の最上位国として受け入れられるかどうかは疑問だが、米国に次ぐ、「第二位国・英吉利」の評価を獲得する事は可能だろう。そうなればポンドがユーロよりも強くなり、経済的利点が出てくるのかもしれない。 彼らの構想はジャイアン/亜米利加、スネ夫/英吉利、のび太/日本というポジショニングかな。
開戦後、仏蘭西は亜米利加との関係修復に努める発言をいくつもしているようだけれど、あまり効を奏することはないような気がする。 議論をワザと「自国に対する敵対」と見做したり、正論を「悪の味方」と決め付けて見せたり、そういう亜米利加のやり方には、仏蘭西と友好関係を保とうという姿勢が全く感じられない。 というより、どちらかと言えば悪意を感じる。
私は、今回の件について、仏蘭西と独逸の対応が国際ルールに鑑みて正しかったと思う。仏蘭西と独逸の警戒も正解だったと思う。私は彼らに賛成する。
・・・でも今回、欧州の中で「利を拾う」国は、英吉利なんだろうな、とも思う。私の大嫌いな言い方で表現すると、「勝ち組」。
違反品の生物兵器やその他諸々が、イラク国内で見付からなければいいな、とちょっと思う。 そうすれば攻撃軍は勇み足を全世界から非難されて勢力を削がれるし、今後の戦争についても厳重な国連の了承が無ければ絶対出来ないようになるかもしれないし、でも日本は亜米利加に恩を売っているからその恩の分だけ北朝鮮から保護して貰えるし。 まあ日本も一緒に評判ボロボロ国際的信頼度ゼロになるだろうけれど。戦争抑止に繋がるならそれでもいいじゃないか。うん。
------------------- 反戦運動について思うこと
反戦〜!のーわー!と叫んでいても、攻撃される時はされるのだ。 北朝鮮が理屈で説得できる国だ、と思っている日本人が、そんなに沢山いるのか? 反戦〜と叫んでいる日本人は、北朝鮮を正論で説得出来る自信がそんなにあるのか? 理不尽にミサイルを撃ち込まれたその時に、のーわー!と叫びながら指をくわえて2発目、3発目を喰らって死ねるのか?侵略の軍隊が上陸してきたときに、親が、兄弟が、友人が殺されるのを、のーわー!と叫びながら手を出さずに見ていられるのか?自分が殺されるときに、のーわー!と叫ぶだけで反撃もせずに死ねるのか? 私はそんなのは嫌だ。
勿論、私は戦争には反対だ。 仕方のない死なんて、尊い犠牲なんて、無いと思っている。 国家に無辜の民が殺されるなんて冗談じゃない。 小市民だって一生懸命生きているんだ。その生活を奪う正当な権利なんて、誰も持っていない。
しかし、現実に、争うのが人間の本質の一つとしてあるならば。 戦争を無くすためにするべき事、今起こってしまっている戦争に対してするべき事は「のーわー!」と叫んで自己満足することではないと思う。 そこには、「戦争反対!」という単なる感情しかない。感情で叫ぶのは幼児だ。これでは「政治」の場で通用しない。大人は幼児の意見で政略を変更することは無い。 「みんなが反対すれば叶うはず!」そんな事はあり得ない。戦争により得をする存在がある限り、そしてその存在が大きな力を持っている限り、「みんなが反対する」状況は実現しない。
如何にして戦争を回避するか。 どうやって事態を丸く収めるか。 戦争のデメリットを当事者達にどうやって認識させるか。 戦争を起こさないために、前もって何をすべきか。 家族が、友人が、自分が軍隊に殺されるような状況を回避するために何をすべきか。
「方法」を提示して初めて、同じ土俵に上がれるのではないだろうか。 具体的方法によってこそ「反対」の声が取り上げられるのだと思う。
例えば、戦争をする亜米利加に対して、「反対!」の意志を表明するのであれば。 まあ稚拙ではあるが喩えとして。 開戦をしたがっている彼らには、経済的な目的がある。 →「亜米利加が石油を獲ることで得をする企業」をリストアップする。 →それらの企業に対する不買運動を反戦運動の一環として展開する。 →各企業が大きな不利益を被り、戦争が自分たちの利益に結び付かないと感じる。 →企業団体が政府に対して戦争反対の圧力をかける。 とか。 ・・・・・・・・・。 まあ、感情論では無く計画的に運動すべき、という話なので、具体案のレベルの低さには目を瞑るという事で。
起こってしまった戦争に対しては。 そういう事態に至ってしまった時に重要なのは、犠牲を最少にすることではないのか? どのような展開が最も一般市民にとって犠牲が少なく済むのかを考える方が建設的・人道的だと思う。 今回の事態では、短期で終息させる、というのが重要だろうけれど、亜米利加はHusseinを捕まえ、生物兵器などの違反品を見つけるまで絶対止めない。 ならばHusseinを早期に捕まえるために、イラク内で密告を募るとか。 開戦後に現地に残っている人間の盾などは、その滞在地域を攻めにくくする分、却って早期解決の邪魔をして被害を増やす可能性があると思う。 長引かせて一般人の被害を大きくし、亜米利加に非難が集まるようにしようというイラクの目論見に益する行為だけれど、盾本人達がイラクに味方しているのであればまあ仕方ない。 人の考え方はそれぞれだから。 しかし開戦後現地に残った「盾」を「反戦活動」として括るのは、どうも抵抗がある。それはちょっと違うだろう、という気がするのだ。
起こりそうな戦争に対して叫ぶのではなく、戦争を起こさないために。「戦争が起こりそうな状況」こそを回避するために。 軍備による抑止力だろうが、教育システムだろうが、金銭・権力だろうが、どんなものでも全てを駆使してでも。 戦争を減らす。戦争を起こさない。 どうやって減らすか、どうやって無くすか。それこそ考えるべき事だろう。
反戦って、そういうものではないのかなあ。
------------------- 3/22〜3/24の3日分のスペースに3分割して、3日24日にアップ。
一日分として書き込める分量は「原稿用紙20枚まで」ね。 忘れないように書いておこう。 ・・・A4で20枚じゃないのか・・・。
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