DOTFAMILYの平和な日々
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2009年07月28日(火) ああいう死に方がしたい

我が家の犬が一匹死んだ。

数ヶ月前から調子は悪かったのだ。お腹が膨らんできた。歩くのもおっくうそうである。食欲も無くなった。当然ダンナは医者に連れて行った。開いてみないと原因はわかりません、と言われたそうだ。しかし、もう高齢なので、大手術には耐えられないだろうから、開いてみて酷いとわかったら、そのまま起こさない方が良いと思います、とも言われたそうである。ダンナは医者に同意はしたものの(だって知識がなにのに医者に反論しようがないじゃないか!)、決心がつかずに、一旦家に連れて帰って来た。今日は連れて帰ってきたけど、苦しませるのは可愛そうだから、明日病院に連れて行こうと思う。もしかしらた直るかもしれないし。と悲しそうにダンナは言った。医者の口調からして、助かる見込みはあるまい、と思っているのだろう。

ちょっと待ってよ!

今さら書くまでも無いが、私は犬が嫌いだ。動植物一般が嫌いなのだが、その中でも特に犬が嫌いだ。だから、我が家の犬といえども、一緒に遊んだことは一度も無い。自分の犬だと思ったこともない。そもそも、息子も含め、生き物を所有するという考えが好きではないのだ。が、我が家の敷地内で暮らしている限り、最低限の面倒はみる義務があると思っている。犬には健康保険というものがないので、医者に連れて行く度に金がかかる。人間が医者に行くよりも高い。しかも二匹とも年寄りなので、あちこち悪いところが出てきて、ここんとこかなりの出費だった。が、それも仕方なかろう。しかし・・・

たしかに腹が膨れて動きにくそうである。食欲も無い。が、歩き回っていないわけでもなく、全く食べないわけでもない。くんくん鳴いているわけでもない。それを病気だからと行って殺しても良いのだろうか?私は安楽死に絶対反対という強い意見はもっていないが、それも本人が希望した場合に限ってである。犬が安楽死、望むか?望むのかもしれない。望んでいるのかもしれない。でも、そんなのわからないじゃないか!という訳で、手術も安楽死も反対。お腹に何かが溜まっていて苦しいなら、注射で抜いてもらって来い!最後は自分の家で好きなようにして死なせろ!悲しくても最後まで家で見守れ!とダンナに行った。何しろ決断力の無いダンナなので、私に言われた通りに医者に行ってお腹に溜まっていた何かを注射で抜いて貰ってきた。元気にとは言わないが、普通に歩き回るようになり、食欲も出てきた。が、1週間もするとまたお腹が膨らんできた。で、医者に行って溜まったものを抜いてもらって来た。と、ここ数ヶ月その繰り返しであったのだが、ついに昨日は立ち上がることが出来なくなった。医者に連れて行ったのだが、医者に出来ることと言ったら、眠 らせる(殺す)こと位だったので、連れて帰って来た。

一応お腹に溜まっていたものは抜いて貰ったが、やはり立ち上がれないし、食欲もない。が、鳴きもしなければ甘えもしない。苦しい様子も見せない。撫でてやると、気持ち良さそうに首をちょっとだけ動かして目を瞑る。そして、文句も言わずに家のガレージのお気に入りの場所で静かに眠り・・・そのまま死んでいった。

犬って偉いなぁ・・・私も死ぬ時は、ああいう風に死んで行きたい。

ところで、私の決断は間違っていただろうか?安楽死をさせるべきだったのだろうか?って考えたってわからないよね。私の父は病院で死ぬは嫌だったようだ。自分の家で母に看取られて死にたかったそうだ。(実現しました。)義父は90歳なのだが、最近医者に行きたがらない。医者に行くと病院に入れられて、そこで死ぬのを恐れているのだ。死ぬのが嫌なのではなく、死ぬ時は自分の家が良いそうだ・・・犬だって同じじゃないかと思うのだけど・・・それもわからんよね。ちなみに、私は痛いのとか苦しいのは大嫌いだから、死ぬとわかったら安楽死させて頂きたい。でも、ダンナを安楽死させろと言われたら、犬同様、同意することは出来ないと思う・・・滅茶苦茶自分勝手!

人間と犬を一緒にするなって?犬も人間も命の価値は同じだよ。少なくとも私は自分の命が犬の命よりも価値があるとは思っていない。私にとっては犬の命よりも自分の命の方が大事なだけ。

その後、ガーディ(犬の名前)は荼毘に付され杉の小箱に入って我が家に戻ってきました。


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