DOTFAMILYの平和な日々
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久しぶりに剣道の話を書いたら(というか、久しぶりに日記を書いたら)長くなってしまったので、昨日の続きを。
私はトロフィーが好きだ。愚息は試合に参加すること自体が楽しいらしくて、勝ち負けは気にしないようだが(だから勝てねぇんだよ、お前は!)、私はトロフィー自体が好きなのだ。何しろ私はスポーツをやったことがないから、トロフィーも貰ったこともない。だから好きなのかな?愚息が剣道で入賞しても、記念品がメダルや楯だったらちょっと悲しい。(メダルや楯なら貰ったことがある。)そんな私のトロフィー好きを愚息は知っているから、たま〜にトロフィーを貰うとすぐに私にくれる。私は自分が取ったものでもないのに、素直に嬉しくなって「ありがとう!」と言う。
今回のトロフィーはデカかった。ナント全長58cm。(1位のトロフィーってどの位デカかったんだろう?)でもてっぺんについているのはアメリカで最も一般的な「勝利の女神」とやらで、竹刀を構えた剣道人形ではなかった。剣道のトロフィーは小さくても剣道人形が乗っかってるのが良いなぁ。そういうのはカナダまで遠征していった時もらったのしかない。(面や剣士の絵が書いてあるのが付いてるのは持ってるけど。)
なんて、自分が取ったわけでもないのに文句を言うんじゃない!
さて、先月、トーレンス道場という道場の35周年記念大会があった。その時、愚息は団体戦の先鋒に選んで頂いた。その時は先鋒の条件が17歳以下無段というヤツで、たまたま愚息がそれに当てはまったんですな。そういうこともある・・・ラッキーだった。
で、その時の大将は4段。若いのに結構どっしりと構えた寡黙なお兄さん(に黙っていれば見える人)。副将は愚息が師匠と仰ぐKさんで(先生の言うことは聞かないくせに彼の言うことは素直に聞くと先生がいつも愚痴っている)、中堅はあの愚息が恐れるいかにも強そうなHさん(彼の場合、剣道が強いのではなく、ただ単純に、頭に何もつかない「強い」のだそうだ。普段は礼儀正しくて優しいお兄さんである)。その二人が愚息にアドバイスをしてくれたそうだ。
Kさん「先鋒というのはチーム全体の士気を高める役目である。先鋒が負けるとチーム全体の士気が下がる。だから先鋒は勝たなくても良いから(引き分けでも良い)、絶対に負けてはいけない。負けたら・・・殺す!」 愚息「えっ〜!そんなぁ・・・ははは」 と愚息が笑ってごまかしているところへやってきたHさん。 Hさん「何やってるの?」 Kさん「○○○(愚息の名前、何故か彼は苗字で読んでもらえない)、にアドバイス。」 Hさん「おう、じゃ俺からも・・・○○○、負けたら・・・殺す!」 同じことを言われたのに、思わず顔を引きつらせた愚息であった。だって・・・殺されはしないだろうが、半殺しくらいはされそうなんだもん。
よほど怖かったのであろう、必死の愚息は団体戦トーナメントでは準決勝まではずっと2本勝ち。決勝戦であっさり2本取られて負け。しかし、結局2位だったのは愚息のせいだけではない・・・と思う。だって一人だけ負けたって後の4人が勝てば良いんでしょう、あれって?(ちなみにその時の賞品はトロフィーではなく楯だった・・・ちょっとがっかり。)殺されなかったし・・・
驚いたのは愚息が小さな頃から剣道を教えてくれているC先生である。試合の後、BBQパーティがあったそうだ。私達はさっさと帰ったので(だってもう遅かったんだもん)後で聞いた話だが、そこでC先生が愚息のことを褒めてくださったそうだ。
C先生「あいつは剣道を始めた頃はどうしようもなくて、もう全然剣道じゃなくて、あんなに酷いのはこれまで見たことも無いくらい酷くて、それはもう下手という言葉では表現できないくらい下手で・・・それがあそこまでなるとはなぁ。」 それを聞いてたOさん「それって全然褒めてないじゃない!そこまで貶すか?」・・・Oさんは愚息が小さかった頃を知らない。
K先生も褒めて下さった。 「○○○、やれば出来るじゃないか。日頃から手を抜かないでちゃんとやれよ。」
もちろん愚息は日頃手を抜いているわけではない。いや、練習をサボっているというのは手を抜いていることになるのかな? この日のために、夏休みに入ってから愚息はよその道場にも通っていたのである。朝7時半に高校へ連れて行って、フィットネスクラブにウエイトトレーニングに連れて行って、その後フットボールの練習に連れて行って、その後の剣道へ連れて行って、帰ってくるのが夜の10判から11時頃。褒めるなら、朝も早よから夜遅くまで運転手を務めた私を褒めて欲しいなぁ。
移動中、愚息は後ろの席で気持ちよさそうに寝ていたのだった・・・お前が運転しろよな!
それにしても、愚息はとても良い先生と先輩に恵まれている。下手という言葉では言い表せないほど下手だった愚息がここまで剣道を続けてこられたのは、そうした先生や先輩、同輩のおかげである。有り難いことだ。
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