DOTFAMILYの平和な日々
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お葬式に行った。今年3度目のお葬式である。お亡くなりになったのは皆さん愚息の剣道道場の関係者。道場にも厄年というのがあるのだろうか?この歳になると、知人友人のご両親がお亡くなりになるということはよくある。おかげさまで私の両親もダンナの両親も健在であるが、知人友人のご両親がお亡くなりになると、「ああ、私もそういう歳になったのだなぁ。」と柄にもなくしみじみとした気分になる。が、知人友人や息子の友人のお葬式となると、とてもやりきれない気分になってしまう。当たり前だ・・・当たり前なのだが、このもやもやはなんとかならんかな?
お葬式は西本願寺で行なわれた。仏式である。浄土宗か浄土真宗かのどちらかだと思う。(どちらかは知らない・・・この罰当たりめ!)アメリカに来て以来、お葬式には何度も出席したにもかかわらず、仏式のお葬式というのは今年初めて経験した。日本に住んでいた頃出席したお葬式はほとんどが仏式である。実家は日蓮宗(創価学会ではないが)だから、初めて浄土真宗のお葬式に出席した「あれっ?ちょっと違うな」と思った覚えがある。その後、同じ浄土真宗でもお寺によってちょっとづつやり方が違うということを学んだ。(実は高1の頃、お葬式が流行ったのである。つまり、友人がバタバタを死んでいった時期があったのだ)もちろん違うといっても仏教は仏教である。お焼香の時に戸惑うというほどのものではない。あるお葬式でお経の本を渡されて、では「皆さん一緒にお経を唱えましょう」と言われた時は焦ったが。
しかし、アメリカの仏式というのは日本のとは随分違う・・・と思う。日本のお葬式では友人が故人の思い出を語るなんてのはなかったような気がする。故人の経歴の紹介もなかった気がする。後、皆で合唱(お経ではない)というのも初めての経験だった。歌を知らないから一緒に唄えなかった・・・申し訳ない。
一番驚いたのが、バックグラウンド・ミュージック(?)がエレクトーンの演奏だったことだ。日本でも出席者が多いお葬式に出たことがあるが、2時間以上続いたお焼香の間中、お坊さんはお経を唱え続けていた。こっちは最初だけで、あとはエレクトーンの演奏に変わるのである。お寺でエレクトーン・・・なんか変だな、と思ったのは私だけなのだろうか?
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