DOTFAMILYの平和な日々
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2002年07月10日(水) 生きるということは・・・

ナントめんどくさいことなんだろう。

哲学の話ではない。
家事の話である。

炊事・・・食わねば生きていけない。
主婦であろうが務めていようが、結婚していようが独身だろうが、男だろうが女だろうが、生きていくためには食わねばならない。
仕事をしていようが、遊んでいようが、寝ていようが、時間が経てば腹が減る。
腹が減ってから何を食べようかと考え始めるのは遅すぎる。
腹が減る前に考えなければならない。
献立が決まったら、買い物へ・・・で下ごしらえ・・・で調理・・・で、食事。
食べ終わった後には何も残らない。
(文字通り何も残らないのが我が家の食卓である。)
鍋・食器を洗って、片付けて、台所を見ると・・・「何を食べようかなぁ」と考えていた時の状態と全く変わっていない。
何も進歩していない。
そういのって虚しい。

洗濯・・・洗濯をしなければ生きていけない・・・かな?
ま、洗濯機と乾燥機があることだし、家にいながらできるのだから、洗濯はそれ程面倒だとは思わない。
が、私と愚息は肌が弱いので、いつも清潔な服を着ていないと身体が痒くなってしまうのである。
ダンナは透析用のチューブを埋め込んでいるので、私達以上に清潔にしていなければならない。
(暑くなってきたので、先日透析用チューブのお洋服を作った・・・ガーゼで作ったただの細長い袋だけど。)
使用するタオルや下着は殺菌しなければならない。
だから、やはり「洗濯をしなければ生きていけない」のだろう。
洗濯をする・・・干す・・・取り込む・・・たたむ・・・片付ける。
洗濯物籠が空っぽになり、衣類が箪笥に戻っただけである。
何も進歩してない・・・虚しい。

掃除・・・掃除はしなくても死なないよな。
「埃で死んだ奴はいない!」である。
でも、しないわけにはいかない・・・何故だろう?
多分、掃除をした方が生活しやすいからだろうな。
でも、掃除も何も作り出さない。
家を元の状態に戻すだけである。
そういうのって虚しい。

私は自宅で仕事をしている。
(お金を頂ける仕事ね。)
大した仕事ではない。
それでも仕事をした後は、やった仕事が残っている。
これまでにやって来た仕事はファイルされている。
だから何なんだ!という気もするのだが、やっぱり自分がやった仕事が残っているというのは気持ちが良いものなのだ。
仕事をやる前と後で世の中が変わったというようなことは絶対無いが、それでも自分の中で多少進歩したような気がする。
多分、錯覚・・・自己満足である。

でも、自己満足できるというところがポイントなのだ。
いくらやっても家事で自己満足することはできない。
もしかして・・・これって、真剣に家事に取り組んでない証拠?


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