DOTFAMILYの平和な日々
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2002年07月05日(金) 人間関係:その2

テレビや映画を見ていると
“Do you want to talk about it?”
というセリフがよく出てくる。
悩んでいる人、落ち込んでいる人、悲しんでいる人等等、マイナーな感情を持っている人に対して聞く質問である。
このセリフは、相手の話を聞く覚悟がないと言ってはいけない。

これってもしかしてアメリカ人が日常頻繁に使うフレーズなんだろうか?
相手の気持ちを尊重した言い方だと思う。
つまり、答えが“No”であれば、それ以上聞いてはいけないのである。

しかししかし・・・
“No”と答えたにも関わらず、彼(あるいは彼女)は誰かに話たくてもどうやって話せば良いのかわからないのかもしれない。
話して良いのかどうかわからないのかもしれない。
話すのが恥かしいのかもしれない。

“No”と言われてももう一歩つっこんで話を聞き出そうとすれば、悩んでいる本人だって話してしまってすっきりしたり問題が解決したりする場合も多いのではないだろうか?
「嫌よ嫌よも好きの内」というくらいだから、「言えない」「言いたくない」が「誰かに聞いて欲しい」という意味の場合もあるのではないだろうか?

私個人としては「嫌よ嫌よは絶対嫌だ!」タイプなので、そういう言葉のアヤというか「本音と建前」というか、そういうものに実に鈍感なのである。

相手の言った言葉ではなく、気持ちを察する。
これは決しておせっかいではない。
思いやりである。
が、人とは基本的に自分を物差しにして世界を見ていると思う。
だから相手の気持ちを察するというのは実に難しい・・・と思いません?

私は常々愚息に
「自分が望んでいることを相手にやるのではなく、相手が望んでいることをやってあげなさい。
自分がやって欲しくないことを相手にやらないのではなく、相手が嫌がることをやってはいけない。」
と言い聞かせてきた。
要するに、「自分が望んでいることをみんなが望んでいると思ってはいけない!」ということが言いたいのである。
人の好みはそれぞれ違うのだ。
その違いを尊重できる人になって欲しい。
(あるいは、そういう人に私はなりたい。)

では、相手が望んでいることをどうやって知るのか?
聞くのが一番!
でもなぁ・・・素直に答が帰ってこない場合が実に多いのである。
そういう時はどうすれば良いのだろうか?

ちなみに、”Do you want to talk about it?”と聞かれた場合、一番多い答えは・・・
“Not now…… maybe later.”である。


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