2024年10月25日(金)
* 毎日、何やら起こっては消えていく… ある日、息苦しくなり、ハッと気づいたところが病院で、ああ死期が近づいた かと思いつつ、消えゆくのだろう。そして重油をかけられて,ハイサヨナラと 想う間もなく永遠の彼方に消えていく。 そこには数日前から両親の姿が見え 隠れする。死ぬまでの命である。大袈裟に考えることも無い。三人称が二人称に、 そして一人称に、更にゼロ人称に替り、それさえ消えゆくことになる。 死んでしまえば、それまで!呆気ないのである。まあ、キツイのが最期だが、 これも一人称がゼロになるだけ。しかし「死ねない」のが一番厳しい。 死ねるからこそ、生きて行ける(逝ける)のである。ある同級会で司会を頼まれ 死期の話題を出したときに、すかさず何処かから、暗い話は止めておけとヤジが 入った。死の話題が怖ろしいのである。欧米文化は、平気で死についてシリアス に話すが,一般的にはタブー。同年配の同級会では、それをオープンに取上げて 当然と思いきや。中学では、足らず…が混ざるのは,致し方がないが、さほど、 死と、生に関しては、忌み嫌われる話題。死と,神様と、生甲斐と、無知は、 真正面から立ち向かうのは、当然のことだが、何せ、世間様しか、社会を知る すべがない人たちには、それは場違いな問題定義。そして、ノイローゼ気味に なり、独り吠えるしかない。 …そういう問題は、只管、正面から立ち向かう ことなく、他者を攻撃する世間様の問題として取扱うしかない。 一般でいう7%の毒として斜めに向合うしかない。ここで斜めとは、これ如何に? なるが、直視しないで,綺麗事として斜に構えること! 最期は、悶え苦しみ 独り、飄々として涙を流し、蠢くしか答えを出せない。 …そういうコト!
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