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2007年12月13日(木)
(^ω ^)おはようw 故・音羽信子の夫であり、映画監督・新藤兼人の次の言葉がよい。
「挫折をして、挫折のままだったら、今いないわけでしよ。 生き延びてきたということは、挫折を乗り越えてきたからなんです。 そうすると、私の財産は挫折なんです。 乗り越えるためには、試行錯誤があって、まだ挫折が来る。 若い人は挫折をしてませんね。これからするわけなんだから。 だから、若い人と対抗して仕事ができる気持ちになれるのは、 私が挫折という財産を持っているからなんです。」 ー図書館で何気なく手に取った本の中の新藤兼人の言葉である。 挫折を財産と言えるには、結果として乗り越えたからである。 人生はいずれにしても、最後は何らかのカタチの挫折が待っている。 挫折は誰のせいではない。自分自身の問題だから自分で解決するしかない。 挫折から人は多くのことを学ぶ。 乗り越えられなくても、諦めるしかない、そのことの方が何倍も大事である。 諦念の底から知恵が出てくる。 知恵など出なくても、挫折した人の気持ちを知ることが出来る。 多くのことを考えさせてくれる言葉である。
渡辺貞夫の次の言葉もよい。 「練習は出来るかぎり毎日欠かさない。 楽器はシビアなんですよ。適当にやっていては、言うことを聞いてくれない。 また楽器も手応えのあるものでないと、僕の儲なのですね、 サックスは一言でいうと、ぼくの批判者。 サキソフォンを通して、僕の状態が何時もみえる。 僕がよければ、いい音を出してくれるし。 だから楽器を通して、僕は今の自分が全部見えるんです。」
ーこれは、一つのことに徹してる人だったら言える言葉だろうが、 自分の選んだ楽器と心が一体化しているという響きが良い。 二人とも一流のプロである。 多くの難問を乗り越えてきた経験から出た言葉である。 *・д・*)ノ″ ーー 2006年12月13日(水) 2080, 談合列島!−3 _ _)oパタ (o- -)oムクッ (o°▽°)oニパッ (o_△_)oゴロン(o_ _)o.。o○グー オハヨ〜
昨日・一昨日、この随想日記に「談合列島」というテーマで書いたところ、 昨日の19時半のNHK「クローズアップ現代」で、ー談合列島ーが 二日間にわたり放送していた。
一昨日は忘年会でみることが出来なかったが、昨日の「崩れ始めた“談合列島”」は、 脱談合が進みつつある業界の実態に迫るもの。 公共事業の大幅な削減や談合を規制する 制度改正が進む中、地方では、従来型の談合では共倒れになると業者が対立。 "談合破り"とそれに対する報復が繰り広げられるなどの異変が起きている現状をレポート していた。一連の県知事逮捕が続いている中で、タイミング的に丁度よい内容である。
大手ゼネコンや機械メーカーは、独占禁止法改正による罰則強化をきっかけに "脱談合"を宣言。その結果、入札の現場では自由競争が促進されたが、 予定価格の50〜60%の「叩き合い」が起きているという。 談合で守られていた価格破壊が、一挙にこの業界襲っている。 建設関係の従事者が国民の一割に当たるというから、 この数年は、すざましい淘汰が吹き荒れることは必定である。
公共工事が平成七年の35兆円から、現在は半分に減少している。 全国土木協会会長の大成建設の社長が、これまでの談合の存在の事実を認め、 「今後は談合は行わない」 「その結果として、業者数が五分の一、十分の一に減ることも仕方がない」 と答えていたのには驚いてしまった。 当社のホテルのある「前町内会長」が経営していた土木会社も、 落札率が6割では経営が成り立たないと、今年になって廃業をしてしまった。
数年前まで、スナックなどで飲んでいる建設関係の人が目立っていたが、 今年に入ってから彼らの姿が少なくなってしまった。 激変の時代の一つの現象である。 \\★ (^_^)/~~ バイバイ
・・・・・・・・ 2005年12月13日(火) 1715, 下流社会 茶 どうぞ ( ^-^)_且~~~
最近、下流階級とか、下流社会という言葉が目につく。 その丁度良いタイミングに『下流社会』という本が出た。 先取りの典型的な本である。初めて東京暮らしをして実感をしたのが、 「世の中は歴然とした階級社会」ということであった。 (*o☆)\ 初対面で、自己紹介で何気なく自分の身分のキーワードを入れる。 それでそれぞれの立場(階級)を確認するのだ。 情報化、グローバル化は結果として競争激化をもたらす。 それが激しければ激しいほど、階級格差がハッキリする。 特に近年の競争の激化が中流社会を希薄にし、一部勝ち組の上流?社会と、 他の負け組みの下流社会の二分化を鮮明にしだした。 そういえば「○金」「○ビ」という二分法が、 80年代末の日本では一世を風靡したことがあった。 オレ〇ビ? σ(*`θ´*) ーーー ーこの本のインターネットで調べた概要を編集してコピーしてみたー 〔読まなくても充分である。〕 「下流社会 新たな階層集団の出現」 光文社新書(著:三浦展)
「下流」とは、単に所得が低いということではない。 コミュニケーション能力、生活能力、働く意欲、学ぶ意欲、消費意欲、 つまり総じて人生への意欲が低いのである。 その結果として所得が上がらず、未婚のままである確率も高い。 そして彼らの中には、だらだら歩き、だらだら生きている者も少なくない。 その方が楽だからだ。 (「はじめに」より) 団塊ジュニア(1970年〜1975年頃誕生)世代の女性で 「上流」意識を持っている人が気に入っている時計のブランドが オメガ等を押さえてセイコーやシチズンであるという。
オメガからシチズンに変えた理由はオメガの鎖が切れたので修理しようとしたところ、 大変な時間と費用がかかることが分かったからだ。 また自動巻きのオメガは少し外していると止まってしまうし、 月末には日付の調整をしなければならない。 それに較べて電波時計は、全くのメンテナンスフリーだからだ。 時計とは「正確」で「手間がかからず」「そこそこの堅牢性」 があることが最大のポイントだ。それをデザインだの、手巻きに味がある等と 講釈を付けるのは時計メーカーのセールストークに過ぎないだろう。 時刻合わせに気を使うより、世の中には沢山しなければならないことがある。 (/_ _ )/♪へ(-。-へ)♪(/_ _ )/ 先程の時計の調査で下流階級ほどロレックスやオメガを好む傾向が出ている。 外見以外に自分を際立たせるもののない下流階級の悲しい性(さが)という。 著者は「『下』は自民党とフジテレビが好き」であることを指摘している。 これを数字で以下のように示している。 対象世代は「団塊ジュニア世代」(1973−80年生まれ)。 「上」の自民党支持率は8.3%、 民主党支持が16.7%、 支持政党なしが75%。 「下」の自民党支持率は18.8%、 民主党も同率、 支持政党なしが60%。 字数の関係で中略(2007年12月12日) ーーー ー感想 この「下流度チェック」半分以上である。 (2~7と11が、!チェック) そうすると、私は下流? (T0T)\(^−^;)mama! まあ、いいや! 読みようによっては、かなりシビアな本である。 しかし、これが現実であり、競争社会の姿なら、 そう受け止めざるをえないだろう。 それが、勝ち組から負け組みに落ちた時に、 社会の現実がリアルに見えてくるのだろう。 今後はニートやフリーターなどの 「労働意欲のない、多く働かない層」がそれによって下流に転じ、 逆に「上昇志向の強い上流」という流れと相反して二極化が進む。 またその層の子弟らは自然にこの階級の社会環境によりそこに留まり、 階層の固定化が強まるということか。 第5章「自分らしさを求めるのは『下流』である?」 は刺激的なタイトルである。
この章の「生活の中で大事にしていること」で 「個性・自分らしさ」を挙げる人は階層意識が「下」の人に多い、という。 「自立・自己実現」もそうだ。 一見世間的に悪い響きでもなさそうなのだが、 実際データを取ると下流だと自分を考える人ほどこの項目を挙げる率が高い、 というが、どうだろうか? それでは「上流」では?、 男女ともに共通しているのは「ゆとり」だ。 男性はこのほか「仲間・人間関係」「創造性」「活動的・アクティブ」で、 女性は「美・おしゃれ」「公正さ・品の良さ」という。 これまた極端な内容すぎる。 (*◎ω◎*)~ 〜♪ 団塊ジュニア男性が 「これからお金をかけたい事」は 『上』では「財テク・投資」「家具・インテリア」「健康」 「スポーツ・フィットネス」「住宅・リフォーム」であるのに対し、 『下』では「教養・資格取得」「娯楽・イベント」が顕著に多い。 男性の趣味でも 『上』は 「旅行・レジャー」「スキー」「サイクリング」「ゴルフ」と アウトドア志向なのに対して、 『下』は 「AV機器」「音楽コンサート鑑賞」「テレビゲーム」 「スポーツ観戦」「パソコン・インターネット」・・・ 「私はどうか?」と不安になる。 著者が自分を規準に考えているに過ぎないだろうから!? ○=(≧Σ≦) へっくし! バイ〜〈*・。・*)/ ・・・・・・・ 2004年12月13日(月) 1350, 遠くにありて日本人
この番組み、度々見ているが、昨日のアメリカのロス近郊の バイク・ビルダー(手づくりバイク)の日本人がなかなか面白い。 ライダーからの特注のバイクをつくるミニメーカーの日本人の紹介なのだが、 ライダーの世界と、そのバイクの製造過程が垣間見れた。 いずれにしても、プロフェッショナルの共通点がある。 すべてを投げ打っているという点で学ぶ点があまりに多い。
この「遠くにありて日本人」は世界のそれぞれで自分の生き方を貫いている 日本人を紹介しながら、その地域や、人間の生き方を覗き見る内容である。 自分の好きなことを見つけ、それを貫いていることが、人間としての理想的な生き方である。
グローバルの時代に、本場に行って理想的な生き方をしている人を紹介している。 アルゼンチンに行って、「アルゼンチンタンゴ」の踊り手になっている中年に 差し掛かった女性も印象であった。
この番組みを見ているとき、時たま街で出会う高校の同級生から電話が入った。 「佐藤というあの無口の同級生が、中越地震で被害にあった山古志村の診療所の 医師をしている。いま仮設の住宅地でやはり仮設の診療所を開いて苦労しているから クラスの同士で来年早々、慰安会を開いてやらないか」とのこと。 時々TVや新聞に出ているという。 それを聞いた家内がいうには、「近くにありて日本人。ね」 なるほど上手いことを言うものだ。 色いろな人生があるものだ。 ・・・・・・・ ある時間の断片 12月13日 1968年
昨日に続き、朝起きることが出来ない。 結局起きたのが、11時過ぎである。 やっとタクシーに乗り、学校へ向かう。
昼飯後、ゼミに出席する。 この日は、ゼミの「ケーススタデー」は、私の番である。 私が創作した「ある会社内のトラブル」を具体的に述べて、 それを全員が問いただし問題のありかや処理を考えるのだ。。 質問に対して臨機応変に答えなくてはならないのだ。 アガリはしなかったが、一人一人の質問に辻褄を合わせなくてはならない。 特に武沢教授の執拗な質問には、ドンドン追い詰められていった。 私のいい加減なところを徹底的に問い詰められてしまった。 この時に、このゼミの奥行きの深さに内心タダタダ驚いてしまった。 ストリーを創ることで精一杯で、そのストーリーの組み立ての いい加減さを自分で気がついてない。 全員に囲まれて、竹刀であちこちから打ち込まれるのだ。 それも道場主から鋭い竹刀が彼方此方から来るのだからたまったものではない。 石川の「イヤミ」もその中で出た。 その後、総評の中で石川、植本、東レの照井さんの私に対する性格分析があった。 非常に鋭い内容で、丸裸の自分を曝け出しているようであった。一生忘れられないだろう。
ゼミ終了後、一年後輩の植本君を誘って飲みにいく。 池袋の「嵯峨」「パブエリート」そして、先日姉達といった赤坂の 「ムゲン」のコースであった。 その日の鬱憤晴らしで、2時間も踊り狂う。 植本君も純粋で面白い男である。 自意識過剰のところが他人に性格を変えられてしまう可能性がある。
その後、帰寮。駒村孝道が部屋に来る。学校で何かあったようで、大荒れであった。 部屋のウイスキーを飲んで、話を聞いてやる。 2時就寝。
ー今日のゼミ、一人で全員を相手に受けて立つのもよい経験であった。 よい学生時代の思い出になるだろう。 真剣勝負の感じがしたが、舞台のステージに立っているようで 面白いところもあった。
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