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2007年06月15日(金)
(*´・ω・)ノはよー
ー都銀の地方攻勢が始まったー
都銀が数年前から地方に本格的攻勢をかけてきて、 その玉突き現象が地銀以下の銀行に起きている。 金融庁から中小企業への貸し出しを指導されたことも背景にあり、 都銀が地銀のリストラにあった管理職を採用、彼らのテリトリーへの 優良取引先を狙い撃ち、貸し出しを切り替えている。 そのため地銀が信金などの顧客に攻勢をかけ、玉突き現象が露わになっているようだ。 床柱意識から抜け出てない上に、合理化が進んでいない体質が自己存在の 意義を問われ出したのだ。
ーまた、中学校の同級会?−
一昨日、長岡のホテルのビア・ガーデンで中学校の同期の面々の同期会に出席した。 新潟で3ヶ月ほど前「中学校の同級生とランチするから出てこない!」 というメールをもらい、2時間近く世間話をしてきた。 先月も幹事になって、「病のY君を励ます会」を開いたばかり。 その時は高校のメンバーが中心だったが、今度は中学校が中心である。 三ヶ月続けてということになる。
家内は結婚して以来、一切そういう会に出たことがない人。 「アンタがた、変なんじゃない?」と怪訝な顔。 同級会・同期会は、なるべく出席するのをモットーにしている。 仕事関係や、ライオンズ、商工会議所、商業会など一切でないので、 学校関係ぐらい出ないと地方では行く場所がなくなることもある。 それでも構わないが、年齢を立場を忘れてタイムスリップするのが面白い。
ーサプリメント依存症ー
依存症に「サプリメント依存症」というのもあるという。 私の場合、数種類のサプリメントを飲んでいる。 20年以上続けているのが、「ハイ・ゲンキ」(粒状の玄米酵素)と、 「ヤクルト」をベースに、他に一種類を意識的に替えて飲んでいる。 今は「酵素元」というもので、その前がアガリスク、そしてプロポリスなど。 次は、もう買ってあるが、サントリーの「セサミン」で二周り目。 したがって、常に三種類のサプリメントを飲んでいることになる。 サプリメントを飲む習慣も一種の依存症になるのだろうが、 確かに体内の毒消しになっている。
普段、節制ある食生活を送っていれば別に飲む必要はないが・・・
☆w(´・з・`)バァイ ・・・・・・・・ 2006年06月15日(木) 1899, 結婚の三条件ー2 ォ'`ョ━━(。・∀・)ノ゙━━ゥ★
反対に結婚してはいけない三高条件と三低条件を体験から考えてみる。 こういう場合は、ごく身近な人のマイナス面を観察すればよい。 ドキッ! 私の主観が入りすぎているが?
ーまずは三高とは? ・高コスト −金のかかる女 (稼いでくれれば、まだよいが) ・高プライド −プライドのみ高い女 (中味の薄さを、身近の人の批判でカバーしようとする) ・高依存症の人 −常に判断を相手に求め結果のマイナスを攻撃する人 (高コストと重なるが、高ブランド依存症である) 早くいうと教養のない人? ー三低とは? ・低い品性 −親の躾と生活情報が入っているかどうか・・ ・低い夢しか持てない人 −現実に溺れすぎている人 ・低い趣味 −本当に好きなことを求めてきたか・・ さらに低い知能もあるが・・・
誰も?大部分が当てはまるから、これ以上書くと問題になるか? いや、それよりも自分の姿が重なる? 人生は、選択した職業と、連れ添いと、 ライフワークとしての趣味の質量、で決まってくる。
職業は生活の為とか、工夫によって何とか適応できるが、 結婚だけは10年20年経ってみないと、分からない。 だから、せめて前提条件を見定める必要がある。 両親をみれば半分は分かるが、あとは神のみぞ知るである。 神は一番相性の悪い相手を与えて、人生のレッスンをさせるらしい! 毎日、よいレッスンをさせて頂いてます。 ゝд・) ノ バイ バイ! ・・・・・・・・ 2005年06月15日(水) 1534, わたしの酒中日記−8 ーミニ能登旅行 1972年4月某日
今朝、急に思いたって観光バスで「能登一周コース」を、まわってきた。 50人乗りのバスに、乗客が12~3人位。 車内がゆったりしていたこともあり、楽しい一日であった。
金沢駅から出発、金沢港近くを通ってしばらく経った後、海岸線に出る。 何と波の打ち寄せる際の砂浜をバスが走るのだ。 今まで、海岸線が道になっているのは初めてである。 こんなのが、日本にあるとは全く知らなかった。 「千里浜なぎさドライブウエー」というが、能登の情緒がそのまま出ている。 しばらく走ると海の家の前に止まり、そこで「サザエのつぼ焼き」が出された。 その景色の中で食べる味が何とも良い。ビールを一本買って飲んだが、その美味しい。 まだ4月のためか風は寒く波が荒いが、天気が良いこともあって風情があった。
数ヶ所名所を観た後に、輪島に到着。そこでは有名な「朝市」を覘いてみる。 昼近くに着いたが、殆どの店はまだ開いていた。 風情のあるオバサン・オバアチャンが、それぞれの個性を売りにしている。 帰りは、逆に富山寄りのコースになっている。 七尾と数箇所を観て、最後は金沢駅で解散。 観光バスは気楽に最短のコースをまわってくれるからよい。
その後、駅の地下のおでん屋に寄る。 ここは、いつも帰省する時に寄る店で、何げないオデン屋だが有名店である。 ここの土手焼きとオデンとハンペンが絶品で、また焼き蛤が美味しい! 何ともこたえられない店である。
そのあと香林坊まで移動、そこで一人飲むことにした。 初めて入る店で、少し高級そうなスナックである。 靴を脱いで入る店だ。中は幌馬車内をモチーフにしてある。 初めてみる異様な雰囲気を漂わせている面白い店だ。 ママとホステスは、ウエスタン・スタイルで、何か西部の田舎町に 来ているような錯覚をしてしまう。 薄暗いカウンター内に、赤い顔文字のネオンが印象的だった。 アメリカのウエスタンの片田舎にいる!という感覚になる。 今度、誰かを連れてこよう!とにかく金沢は何処もあか抜けている。
今日は一日としては、充実をした時間を過ごせた。 こういう急に思いたって一人でする旅は、自分を開放してくれる。 小さな籠から飛び出し、小さな自由を満喫して、再び籠に舞い戻った鳥のようだ。 来月は金沢市内の観光バスに乗ってみよう。 面白そうだ。 まだまだ、市内で知らない場所が観光ガイドに多くあった。 金沢は、富山に福井に能登に加賀温泉、そして金沢市内に多くの観光資源が豊富にある。
そういえば、一昨年も四日市にいた時に紀伊半島を一泊旅行をした。 尾鷲に一泊した列車旅だった。 まだまだ、学生時代を背負っていた。
また四日市を去るとき、同期の連中と尾鷲と伊勢に「お別れドライブ」をした。 急に変なことを思い出した。渡辺、西尾、桜井、私に、女性が二人いた。 その一人と西尾が結婚したと、桜井から聞いた。 彼らは一番初めに配属された職場の連中だった。
いろいろあった。昔を思い出すには、まだまだ早い! 明日は、結婚で辞める藤井さんの送別会だ。
・・・・・・・・ 2004年06月15日(火) 1169, 秘境・異郷ツアーレッスン −1
過去にいろいろ秘境・異境ツアーを書いてきた。 この随想日記の引き出しのコーナに「秘境・異境コーナ」をつくる予定だ。 そのための前段として、このテーマで書いてみる。 このツアーから得たもの学んだものは、あまりにも多い。
今まで書いてきた文章を読み返してみると、想像をはるかに超えた自然や遺跡や文明に 出会い、感動をしてきた痕跡が記録してあった。 実際にこの目で見て肌で感じ取ったことは心の奥底に残るものである。 「うあ〜、何じゃこりゃ!、この地球上にこんな世界が実際にあるんだ、知らなかった!」 と何度も何度も思ったことか。
そこで何よりも感じたのは、世界の広さと、自分の小さな世界である。 自分の満足や不満のことなど、この広い世界からみれば些細なことでしかないと実感できる。 世界では人間の占める立場が、いかにささやかなものであるかをつくづく悟らされる。 旅行は人間を謙虚にさせてくれる。
10日から半月の旅行でも、秘境に行くには莫大のエネルギーをつかう。 一回の旅行の経験ごとに、間違いなく自分が成長していくのがわかる。 自分の世界が広がり、それだけ内面が深耕していくのがよく解るのだ。 そこの大自然に感動するのは、自分がそこに同化したことであり、自然の中にある 霊性と自分の霊性がつながることになるのだ。それが精神の若返りの秘薬になる。 多くの旅に出かけたところで人生観が変わっても、人格は変るわけではないが。
「世界は一冊の本と喩えると、旅をしないものはその本を一頁しか読めない」 という。まだまだ、これから先のページが多く残っている。 旅をするのは到着するためではなく、そのプロセスこそ意味がある。 そのすべて楽しみに引き上げることだ。人生と同じである。
秘境旅行という本を1ページごと読み続けている限り、連続線の旅行を していることになる。それだけ、私にとって強烈な体験でもある。 成田で、飛行機に乗ると逆に「ああ旅行に帰ってきた!」と思ってしまう。 それだけ私にとってインパクトの強い経験である。
ー10年前の文章をコピーしておきます。 この時16回と書いてあるから、現在41回とすると、10年で25回も旅行したことになる。 ーー H0603 海外旅行について
二年前まで五年つづけて年二回ずつ海外旅行に行った。 さすがこの二年は一回ずつだったが合計十六回になる。 私の大きな趣味の一つといってよい。 海外旅行より得た感激は私の人生を非常に豊かにしてくれた。 それぞれ全てがすばらしい。違う“とき”が流れていて、その中にはまりこむ、 その広がりと深さの味わいは旅行し、現実にその場に立ち感激しなければ理解できない。
初めて旅行したのは昭和四十二年、たしか海外旅行が自由化された翌年だった。 大学の海外旅行研究会が募集した三〇日間世界一周というコースであった。 当時はまだ年間二十万人しか旅行者はおらず、旅行先で日本人と出会う事はほとんどなく、 オーストリアなどでは見ず知らずの日本人を平気で自宅に招待してくれたり、 英国では留学生が日本人が恋しいのだろう、どこまでも市内を案内してくれた。
欧州の文化文明に大きなカルチャーショックを受けた。 帰国して数ケ月はただ呆然としていた。 二十才という年齢もあろうがオーバーに言えば人生の一大転機のきっかけになった。 それだけ感激とショックは大きかった。
・・・・・・・・・・ 2003年06月15日(日) 802, サッカー観戦記 先日、知人からサッカーの招待券を貰った。 アルビレックス新潟とサガン鳥栖の対戦である。 こういうチャンスはめったにない、行くことにした。 昨日ー6月14日、場所は新潟市の駅裏から数キロ先である。 去年のワールドカップの為につくった新潟スタジアム、一度見てみたかったから 丁度よかった。雨が気になったが終了後、車に乗ったと同時に降ってきた。 もっとも雨よけがあったが。
キックオフが14時、その30分前に着くように出かけたが、 車の渋滞で開始後30分後席に着く。 初回は一時間前につく予定を立てるべきであった。
やっとたどり着くと会場から、唸りのような歓声が聞こえてきた。 観客席に座った時には、アルビレックスがすでに一点を取られていた。 何とも会場の大きなウネリのような歓声が凄い。 その世界に一瞬に吸い込まれてしまった。 招待席は相手チームの席、といってほとんどが地元の人たちであった。 若い人ばかりかと思っていたが、年代層は広い。 3万4千人の入場者と場内放送でいっていた。
試合は一点リードされていた新潟が後半に逆転、2対1で勝った。 攻めまくった新潟がなかなか点が入らず会場が苛立っていたが。 それでも試合の後半に新潟が2点を入れて逆転、非常に面白い内容であった。 これで引き分けを挟んで四連勝である。サポータが熱くなるのも解るような気がした。 あの熱気の世界も一度経験しておくと良い。
最近は何事も経験と、チャンスがあれば何でも参加するよう心がけている。 今度は後楽園で巨人戦にいってみたいと思っている。
・・・・・・・・・・・ 002年06月15日(土) 438, 因縁についてー与三八さん
私の仲人の名前である。私が八郎ー兄が三郎。 兄は男で3番目、私が兄姉の8番目で八郎になった。 多くて最後の方は面倒だったのか、戦時戦後のドサクサで じっくり考えている余裕がなかったのだろうか? シンプルだ・
兄も私も嫁さんを与三八が紹介してくれた「仲人」である。 三八に与えるで与三八である。 そのことに気づいたのは、結婚して数年経ってからである。
本人に「自分の名を宿命と考えてか、ブラックジョークと考え意識して 紹介したのか」と聞いた。本人はエヘヘと笑って答えをはぐらかした。 まあ面白いものだ。 話が変わるが、最近はあまり行かなくなったが7〜8年までは、 よく経営セミナーに行った。 会場の席とか食事等で隣席の人と話すと何処かで因縁がある事が多い。 またかと思うほど何処かで繋がっている。 確率から考えて異常に多い。何かがあるのでは?目に見えない??
あるセミナーで聞いたが、「集まりで同じ姓名の人が集まる確率が、 理屈ぬきで多い」という。また誕生日も月単位で同じ人が集まるという。 会社も斎藤だったら斎藤が集まるという。 以前プロ野球で国鉄で、 「田」のつく人が異常に多くて話題になったことがある。 金田投手のいた頃だ。
自分の名前は大事だ。名前で無意識で縛られている事が多い。
・・・・・・・ 2001年06月15日(金) [53] 北欧ロシアに決定!
朝スイスに決まっていた旅行、急遽‘北欧・ロシア’に変更。 理由は「迷った場合は今先に行っていたほうがよいほう選定基準にする」である。 スイスも捨てがたかったが、 ‘モスクワとサンクトペテルブルグのエルミタージュ美術館’と ‘北欧の大自然’が捨てがたかった為だ! ぎりぎり迷い判断するから、後で後悔が少なくて済む。
ぎりぎり迷うのも旅行前の楽しみの一つだ それだけ多くの情報を真剣に探し、その世界に入るからだ。 あと三週間今からが呼吸を整える時期になる。
たまたま朝、決断後書いた文章で、一度ホームページに載せた後削除した内容である。 ーーーーー スイスーアルプスに決定 6月15日(金)06時52分33秒
かなりハードな10日間の旅行になりそうだ。 スイスの三大明峰(マッターホルン・モンブラン・アイガー)や多くの湖をめぐる。 ミニハイキングも織り込まれており、想像を絶した景色に出会えると期待できる。
ヨーロッパは60過ぎてから集中的に行く予定だったが、今回はどういう風のふきまわせか、 スイスに決まった。一度決めるてしまうと、このコースの、いやヨーロッパアルプスの 素晴らしさがわかってくる。
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